●平成13(ワ)7196 特許権譲渡対価請求事件「細粒核事件」民事訴訟

 ここのところ、職務発明関連の補償金請求事件を取上げてきましたので、本日は、『平成13(ワ)7196 特許権譲渡対価請求事件「細粒核事件」民事訴訟 平成14年08月27日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/97908D3CD5D50AB749256C64000DFB49.pdf)について取上げます。


 本件は、職務発明に基づく特許権譲渡対価請求事件で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、原告が本件発明の共同発明者に該当するか否かの判断が参考になるかと思います。


 つまり、東京地裁(民事第46部 裁判長裁判官 三村量一、裁判官 村越啓悦、裁判官 青木孝之)は、


 『(9) 上記のような経過を経て,被告会社は,平成4年5月15日に本件発明を特許出願した。


   当時,被告会社においては,国内出願の優先権に基づく米国出願を行う可能性のある発明については,国内出願の段階から願書に記載する発明者として真の発明者を表示することを厳格に行っていたが,そうでない場合には,社内において,特許部に対して特許出願を依頼する文書が管理職を共同発明者として提出されれば,特許部において特段の確認を行うこともなく,その者を共同発明者として願書に記載して出願を行っていた。


 本件発明については,米国における出願は予定されておらず,国内においてのみ出願するものであったので,新薬開発センターから提出されていた米国ファイザーあての特許出願依頼書(乙2の2)に原告とBが共同発明者として記載されていたことから,被告会社特許部は,この両名を共同発明者とし,さらに実験プロトコールを案出して本件発明の特許出願に貢献したCをも共同発明者の1人に加え,結局,願書に共同発明者としてこの3名を記載して,本件発明についての特許出願を行った(乙2の1,D証人)。


  イ 上記の事実関係を前提として,原告が本件発明の共同発明者かどうかを検討する。


  (1) まず,本件明細書の記載に基づいて,本件発明の内容をみるに,本件明細書における特許請求の範囲には,前記「前提となる事実関係」欄(前記第2,1(2))に記載のとおり,請求項1ないし6が記載されている。


    そして,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には,「本件発明の細粒核は,結晶セルロースを26%以上用いたところにその主たる特徴がある。」(段落【0011】)と記載され,また,発明の効果として,「本発明は,主薬と少なくとも26重量%の結晶セルロースを含み,かつ80〜400μmの平均粒子径を有する細粒核であるので,真球度が高く,粒度分布の小さい主薬を含有する細粒核を提供するという効果を奏するものであり,より精密で効率のよいコーティングができるという効果を有するものである。」(段落【0046】)と記載されているのであって,これらの記載によれば,本件発明の特徴は,結晶セルロースを26重量%以上用いることにより,真球度が高く,粒度分布の小さい主薬を含有する細粒核を提供するという効果を得られることを見いだした点にあるというべきである。


    しかしながら,このうち結晶セルロースの重量パーセントを「少なくとも26パーセント」と定めた点は,前記認定のとおり,公知例との抵触を避け,かつ,特許発明の範囲を最大とすることのみを目的として,机上で決定されたものであり,実験による技術上の裏付けを全く欠いたものである。すなわち,本件明細書中の「結晶セルロースが26重量%より少ない場合には,従来の核と同様,核表面が粗く,摩損し易いため,コーティングとの均一性が損なわれ,過剰のコーティング材料を必要とし,作業時間も長いなどの問題点が生じ,効率が悪いという問題を有する。」(段落【0011】)との記載は,実験により確認されたものではなく,上記の目的から机上で決定された「26パーセント」という数値を,あたかも技術的な理由があるかのように見せるために,根拠なく作成された文章である。


  上記のとおり,「少なくとも26%の結晶セルロースを含み」(特許請求の範囲【請求項1】)という点は,その理由として明細書に記載された内容は事実に反するもので,実際には全く根拠を有しない架空の数値であるから,この数値の決定をもって,「技術的思想の創作」(特許法2条1項)と評価することはできず,当該数値の決定に関与したことをもって,本件発明の共同発明者と認めることもできない(もっとも,前記認定のとおり,「26%」という数値は,原告ではなく,被告会社特許部のD部長及びCにより実質的に決定されたものである。)。


 (2) そうすると,仮に本件発明に何らかの特許性を認め得るとすれば,それは,「本発明において,結晶セルロースは,‥‥‥60重量%以上用いることが特に好ましい。」(本件明細書段落【0012】)という点,すなわち,「結晶セルロースの含有量が60重量%以上であることを特徴とする」(特許請求の範囲【請求項2】)という点にあるというべきである。しかるに,この点は,原告が着想したものではない(原告自身も,本人尋問において,結晶セルロース(アビセル)を多量に使用する点はBからサジェスチョンがあったこと,結晶セルロースが多いと細粒収率が劇的に向上するという報告をBから受けていたことを述べている〔原告本人尋問調書59頁〕。)。賦形剤として,このように多量の結晶セルロースを用いるという着想は,深江工業での実験において,賦形剤である結晶セルロース(アビセル)を,69重量%という従来例に比して格段に多量に処方した場合に,真球度の高い細粒核を高収率で造粒できたことによって,得られたものと認められるが,前記認定のとおり,同実験において,結晶セルロース(アビセル)を69%用いたこと,アジテーター及びチョッパーの回転速度を前記認定のように設定したことは,いずれも深江工業の専門技術者であるEの発案に基づくものであった。


 これらの事情に照らせば,本件発明について,もっとも大きな寄与をしたのはEであって,本件発明については,Eの発明又はEとBの両名による共同発明ということはできても,原告が共同発明者の1人として関与したということはできない。


  (3) 原告は,主薬と賦形剤を混合して細粒核を製造する技術と,寺下論文に開示された真球度の高いコーティング用細粒核を高収率で得る技術とを組み合わせる着想が本件発明の特徴であるから,この着想を提供した原告は共同発明者であると主張する(前記第3,1(原告の主張)欄)。


 しかしながら,主薬と賦形剤を混合して細粒核を製造すること,及び,寺下論文に開示されたように,結晶セルロース(アビセル)等数種の賦形剤を混合し,アジテーターの回転速度を300〜500rpmにするなどの条件設定をした上,高速撹拌造粒機を用いて造粒すれば,真球度の高い細粒核が高収率で得られることは,いずれも公知であった。また,寺下論文において示された条件設定の下で,主薬を含む真球状の核の造粒実験をすること自体は,さほど困難なことではなかった。


 しかしながら,実際の実験においては,各種混合物の比率,温度,アジテーターの回転速度,撹拌条件等の違いで結果が左右されることから,真球度の高い細粒核を高収率で得るための最適な実験条件を見つけ出すことは,困難であった(このことは,原告自身も本人尋問において認めている。原告本人尋問調書45頁)。


    上記によれば,平成元年当時被告会社が抱えていた課題(真球度の高い細粒核を高収率で得ること)の解決のためには,撹拌造粒法における最適な実験条件を見つけ出すことが重要であり,当時公知であった主薬と賦形剤を混合して細粒核を製造する方法と,寺下論文に開示された真球度の高いコーティング用細粒核を高収率で得る方法とを組み合わせて主薬を含む真球状の細粒核を製造しようとすることは,それ自体が発明と呼べる程度に具体化したものではなく,課題解決の方向性を大筋で示すものにすぎない。


 したがって,原告が上記着想を得たからといって,本件発明の成立に創作的な貢献をしたということはできず,原告を共同発明者と認めることはできない。


    なお,一般に,発明の成立過程を着想の提供(課題の提供又は課題解決の方向付け)と着想の具体化の2段階に分け,(i)提供した着想が新しい場合には,着想(提供)者は発明者であり,(ii)新着想を具体化した者は,その具体化が当業者にとって自明程度のことに属しない限り,共同発明者である,とする見解が存在する。


 上記のような見解については,発明が機械的構成に属するような場合には,一般に,着想の段階で,これを具体化した結果を予測することが可能であり,上記の(i)により発明者を確定し得る場合も少なくないと思われるが,発明が化学関連の分野や,本件のような分野に属する場合には,一般に,着想を具体化した結果を事前に予想することは困難であり,着想がそのまま発明の成立に結び付き難いことから,上記の(i)を当てはめて発明者を確定することができる場合は,むしろ少ないと解されるところである。


 本件についても,上記のとおり,主薬と賦形剤を混合して細粒核を製造する方法と寺下論文に示された方法を組み合わせるという着想は,それだけでは真球度の高い粒核を高収率で得られるという結果に結び付くものではなく,また,当該着想自体も当業者であればさほどの困難もなく想到するものであって,創作的価値を有する発想ということもできないのであるから,原告をもって,本件発明の共同発明者と認めることはできない。


 2 結論

   以上によれば,本件発明について,原告が共同発明者であると認めることはできない。したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がない。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。