●平成20(行ケ)10476 審決取消請求事件 特許権「有核顆粒事件」

Nbenrishi2009-05-30

 本日は、『平成20(行ケ)10476 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「有核顆粒およびその製造法事件」平成21年05月27日 知的財産高等裁判所(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090527165430.pdf』について取り上げます。


 本件は、特許権「有核顆粒およびその製造法」に係る延長登録出願の拒絶審決の取消しを求めた審決取消訴訟で、その請求が認容され、延長登録出願の拒絶審決が取り消された事案です。


 本件では、取消事由1(本件特許に係る特許発明の内容の認定の誤り)についての判断が参考になると共に、特に、飯村敏明裁判長裁判官より久しぶりに出された付言の内容が参考になります。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 齊木教朗、裁判官 嶋末和秀)は、


1 取消事由1(本件特許に係る特許発明の内容の認定の誤り)について


 原告は,審決には本件特許に係る特許発明の内容の認定を誤った違法があると主張するので,検討する。


(1) 本件特許に係る特許発明の内容について

ア 本件特許の出願公告時の特許請求の範囲の記載は,前記第2,2(1)のとおりである。

 証拠(甲40〜47)によれば,本件特許については,(i)出願公告後,特許異議の申立てがされたことから,原告は,平成9年4月7日付け手続補正書(甲45)により,特許請求の範囲の記載を補正したこと,(ii)その後,平成10年2月2日付け特許異議の決定(甲47)記載の理由により,同日付けの拒絶査定(甲46)を受けたことから,原告は,同年4月22日付けで同査定に対する不服の審判を請求し,同年5月21日付け手続補正書(甲42)により,特許請求の範囲の記載を補
正したこと,(iii)その後,同年7月3日付けで特許査定(甲44)を受けたことが,いずれも認められる。


 上記各事実及び弁論の全趣旨によれば,本件特許の設定登録時の特許請求の範囲の記載は,前記第2,2(2)のとおりであることが認められる(なお,上記各補正〔特に,平成10年5月21日付け手続補正書(甲42)による補正〕が補正の要件を欠くものであることから,その補正がされなかつた特許出願について特許がされたものとみなされる〔平成5年法律第26号による改正前の特許法42条参照〕旨の主張,立証はなく,また,本件特許の設定登録後,訂正審判請求又は訂正請求により,特許請求の範囲の記載が訂正されたことから,その訂正後における明細書等により特許権の設定の登録がされたものとみなされる〔特許法128条参照〕旨の主張,立証もない。)。


イ 特許法67条の3第1項1号は,「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と規定する。


 同号にいう「特許発明」とは,「特許法を受けている発明」(特許法2条2項)を意味するというべきであるから,本件出願について同号の規定する拒絶理由の有無を判断するに当たり,本件特許に係る特許発明の内容は,出願公告時の特許請求の範囲の記載ではなく,設定登録時の特許請求の範囲の記載に基づいて,確定されるべきであることは当然である


ウ 審決は,前記第2,3のとおり,本件処分が公告時発明(審決にいう「本件特許発明」)の実施に必要な処分であったとは認められないから,本件出願は特許法67条の3第1項1号の規定により拒絶すべきであると判断した。


 審決は,本件処分が本件特許に係る特許発明の実施に必要な処分であったか否かを判断するに当たり,設定登録時の特許請求の範囲の記載に基づくのではなく,公告時発明の特許請求の範囲の記載に基づいて,特許発明の内容を認定した点において,誤りがあるというべきである。


(2) 被告の主張に対し

ア 被告は,特許権の存続期間の延長登録の出願の審査及び審判は,その出願時に出願人が提出した資料に基づいて行われるのであるから,本件出願の願書に添付された本件公告公報の特許請求の範囲の記載に基づいてした審決の認定,判断に,違法はないと主張する。


 確かに,証拠(甲1,2,13,16,19)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件出願の願書に本件公告公報を添付し,また,同出願に係る審査,審判を通じ,本件公告公報の特許請求の範囲の記載に基づいて,本件特許に係る特許発明の実施に本件処分が必要であった旨説明したことが認められる。


 しかし,上記の経緯を前提としても,以下のとおり,被告の上記主張は失当である。

(ア) すなわち,特許法67条の2第2項は,特許権の存続期間の延長登録の出願に係る願書には,経済産業省令で定めるところにより,延長の理由を記載した資料を添付しなければならない旨を規定する。法がこのような規定を設けた趣旨は,出願人に,願書に資料を添付させることよって,迅速な審査や審判手続の実現を目指すことにあるのは明らかである。


 同条の上記の趣旨に照らすならば,このような規定があるからといって,審査及び審判において,存続期間延長登録出願に係る特許に係る特許発明の内容を認定するに当たって,出願人の提出に係る資料のみに基づいてされなければならないものではなく,また,出願人の提出に係る資料に基づいて,審査及び審判を実施しさえすれば,違法とはならないと解することもできない。


(イ) また,特許法施行規則38条の16第1号は,特許権の存続期間の延長登録の出願に係る願書に添付しなければならないとされている特許法67条の2第2項所定の「延長の理由を記載した資料」として,「その延長登録の出願に係る特許発明の実施に特許法第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であつたことを証明するため必要な資料」と規定している。


 これを受けて,特許庁は,「特許・実用新案審査基準」を作成,公表し,その「第VI部特許権の存続期間の延長」の「2.5 延長の理由を記載した資料の記載事項」の項には,特許法施行規則38条の16第1号所定の資料に該当するものの一つとして,「特許発明であること(登録日,満了日,特許料の納付状況等)」とし,それを裏付けるための資料が例示されている(当裁判所に顕著な事実)。


 しかし,そもそも,特許原簿のように特許庁に備えられているものまで,「証明するため必要な資料」に該当すると解することには疑問があるのみならず,そのことによって,審査,審判を担当する特許庁審査官,特許庁審判官が,特許原簿など特許庁に備えられている資料との照合を省略することが正当化される理由はない。


イ 被告は,「ランソプラゾール」はベンツイミダゾール骨格以外に特殊な官能基を有する化合物であるところ,登録時発明にいう「ベンツイミダゾール系薬物」は単にベンツイミダゾール骨格を有することを特定するものにすぎず,公告時発明にいう「主薬」と同様に,「ランソプラゾール」との同一性を論じるに足りる記載とはいえないから,本件特許に係る特許発明の要旨認定の誤りは,審決の結論に影響しないと主張する。


 しかし,登録時発明について,審決は何ら判断していないのであるから,被告の上記主張の当否については,再開されるべき審判手続において,原告に意見陳述の機会を与えた上で,審決において判断すべきものである。被告の上記主張は,審決を適法とする理由としては,主張自体失当というべきである。


(3) 小括

 以上検討したところによれば,審決は本件特許に係る特許発明の内容の認定を誤ったものであり,この誤りが審決の結論に影響することは明らかである。原告主張の取消事由1は理由がある。


2 結論

(1) 以上によれば,原告主張の取消事由2について検討するまでもなく,審決は取消しを免れない。


(2) 事案にかんがみ,再開されるべき審判手続における審理に資するよう,特許法67条2項及び67条の3第1項1号の解釈について,当裁判所の見解を付言する。


ア 特許法67条2項は,「特許権の存続期間は,その特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であつて当該処分の目的,手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明の実施をすることができない期間があつたときは,五年を限度として,延長登録の出願により延長することができる。」と規定している。


 また,同法67条の3第1項1号は,特許権の存続期間の延長登録の出願について拒絶をすべき場合の一つとして,「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と規定している。


 これらの規定の趣旨は,「その特許発明の実施」について,特許法67条2項所定の「政令で定める処分」(以下「政令で定める処分」ということがある。)を受けることが必要な場合には,特許権が存在していても,特許権者は特許発明を実施することができず,特許期間が侵食される事態が生ずるため,特許発明を実施することができなかった期間,5年を限度として,特許権の存続期間を延長することとしたものと解される。そして,「特許発明」とは「特許を受けている発明」(特許法2条2項)であり,「実施」とは特許法2条3項各号に掲げる行為をいうものである。


 そうすると,「その特許発明の実施」に「政令で定める処分」を受けることが必要であったというためには,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された行為と「その特許発明の実施」に当たる行為(例えば,物の発明にあっては,その物を生産等する行為)に重複部分があることが必要であるといえる。


 換言すれば,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された行為と「その特許発明の実施」に当たる行為に重複している部分がなければ,「その特許発明の実施」に「政令で定める処分」を受けることが必要であったとは認められないことになる。


イ 「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された行為と「その特許発明の実施」に当たる行為に重複している部分があるか否かを判断するには,まず,「政令で定める処分」が薬事法14条所定の医薬品の製造の承認や医薬品の製造の承認事項の一部変更に係る承認である場合には,当該承認を受けることによって禁止が解除された医薬品の製造行為が「その特許発明の実施」に当たる行為であるか否かを検討すべきである。


 なぜなら,薬事法14条所定の承認を受けることによって禁止が解除された医薬品の製造行為が「その特許発明の実施」に当たる行為である場合には,特許発明の当該実施行為をすることは,薬事法により禁止されていたということができるからである。


ウ 一方,特許法68条の2は,「特許権の存続期間が延長された場合(第六十七条の二第五項の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は,その延長登録の理由となつた第六十七条第二項の政令で定める処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては,当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には,及ばない。」と規定している。


 上記規定の趣旨は,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は,その特許発明の全範囲に及ぶものではなく,「政令で定める処分の対象」となった「物」(その処分においてその物に使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物)についてのみ及ぶというものである。


 これは,特許請求の範囲がしばしば上位概念で記載されるため,同記載によって特定される特許発明の範囲も「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された範囲よりも広いことが少なくないところ,「政令で定める処分」を受けることが必要なために特許権者がその特許発明を実施することができなかった範囲(「物」又は「物及び用途」の範囲)を超えて,延長された特許権の効力が及ぶとすることは,特許発明の実施が妨げられる場合に存続期間の延長を認めるという特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨に反することとなるからであると解される。


 ところで,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力が,「政令で定める処分の対象」となった「物」(又は「物」及び「用途」)についてのみ及ぶとする制度の下においては,特許権の存続期間満了後に当該特許発明を実施しようとする第三者に対し,不測の不利益を与えないという観点からの考慮が必要であることはいうまでもない。


 しかし,そのような観点から,「政令で定める処分」の対象となった「物」(又は「物」及び「用途」)が,客観的な要素によって特定され,かつ,「特許請求の範囲」,「発明の詳細な説明」の各記載及び技術常識に基づいて,十分に認識,理解できることが必要となるとはいい得ても,特許請求の範囲によって明確に記載されていることが必要となるとはいえない。


 したがって,「政令で定める処分の対象」となった「物」(又は「物」及び「用途」)が,特許請求の範囲に明確に記載されていないという理由で,特許権の存続期間の延長登録の出願を拒絶することは,許されないものというべきである。


(3) 以上のとおりであるから,原告の本訴請求は理由があるから,これを認容することとし,主文のとおり判決する。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。


 なお、当日に出された次ぎの2件、

●『平成20(行ケ)10477 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「有核顆粒およびその製造法事件」平成21年05月27日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090527165143.pdf

●『平成20(行ケ)10478 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「有核顆粒およびその製造法事件」平成21年05月27日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090527164818.pdf

 も同様の判決がされているようです。