●平成28(ワ)7185 意匠権侵害差止請求事件「植木鉢」民事訴訟

 本日は、『平成28(ワ)7185 意匠権侵害差止請求事件「植木鉢」民事訴訟 平成29年5月18日 大阪地裁』(http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/839/086839_hanrei.pdf)について取り上げます。


 本件は、意匠権侵害差止請求事件でその請求が棄却された事案です。


 本件では、意匠の類否の判断が参考になるかと思います。


 つまり、大阪地裁(第26民事部 裁判長裁判官 �癲松宏之、裁判官 田原美奈子、林啓治郎)は、

『1 登録意匠とそれ以外の意匠との類否の判断は,需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行うものとされており(意匠法24条2項),この類否の判断は,両意匠を全体的に観察することを要するが,意匠に係る物品の用途,使用態様,更には公知意匠にない新規な創作部分の存否等を参酌して,当該意匠に係る物品の看者となる需要者が視覚を通じて注意を惹きやすい部分を把握し,この部分を中心に対比した上で,両意匠が全体的な美感を共通にするか否かによって類否を決するのが相当であると解される。


2 本件意匠及び被告意匠

 添付公報,甲5及び6並びに弁論の全趣旨によれば,本件意匠は,別紙「本件意匠の形状」の「裁判所の認定」欄記載の,被告意匠は,別紙「被告意匠の形状」の「裁判所の認定」欄記載のとおりであると認められる。なお,本件意匠が特定されていない旨の被告の指摘は,添付意匠公報の図面を合理的に解釈すれば,背面図における外側枠体部の下端が下に向かって凸状となっている部分は誤記と理解されることから,特定を欠くものではない。


3 本件意匠の要部
(1) 本件意匠に係る物品である植木鉢の用途,使用態様等

 本件意匠に係る植木鉢は,給水用のボトルを倒立状態で保持するための保持孔が背面側のフランジ部に形成されたものである。(甲4)


 そして,本件意匠に係る植木鉢が,主として,学童向けのあさがお等の育成に用いられるものであることからすれば,本件物品の需要者は,学童あるいは初等教育機関の教員であるといえる。これらの需要者は,植物の世話をしたり,給水用の容器であるペットボトル等を入れ替えたりすることから,植木鉢を背面の斜め上から見下ろすことになるため,本件意匠においては,その上部に主として注目するものと考えられる。


(2) 公知意匠

 乙3公報ないし乙10公報には,本件意匠の登録出願前に,植木鉢へ給水するための給水容器,給水容器のホルダー,給水容器の保持具等として,給水容器挿入用の円形孔部を形成したものが記載されていることから,給水容器の挿入部の形状が円形孔部である意匠は公知であったと認められ,また,ペットボトル等本体が円柱状の給水容器を差し込む用途の物である以上,円形孔部はありふれた形状であるといえる。他方,これらの公報に記載された植木鉢へ給水を行うためのペットボトル等の給水容器やそのホルダー等は,植木鉢と連結された別の容器に設置されるもの(乙3公報,乙8公報,乙9公報,乙10公報),植木鉢のフランジ部にホルダー等別部材を引っかけるもの(乙4公報,乙5公報),植木鉢内の土に差し込むもの(乙6公報)であり,乙7公報に記載されている植物栽培器は,栽培容器に溜めた養液において植物を栽培するもので,土を入れる栽培床に給水するものではないが,細長い形状の植物栽培器の上部に設置する細長い栽培枠体の一端に養液収納容器(養液タンク)の取付部が形成され,酸素供給手段を装着する部分を置いて隣接するその余の部分に土入れ部である栽培床が形成されており,養液収納容器の取付部と土入れ部である栽培床が,栽培枠体として一体となっているものであることが認められる。


(3) 要部の認定

 本件意匠の物品にかかる植木鉢の用途,需要者の注目する部分のほか,上記(2)の公知意匠からすれば,本件意匠の基本的構成態様における給水ボトル挿入用の円形孔部は,公知の意匠であって新規な形態とは認められず,また,公知の意匠として,土を入れる容器と水分を供給する容器を取り付ける部分とが同一の枠内で一体となったものがあることからすれば,本件意匠において新規で創作性の認められる部分は,給水容器の保持部が植木鉢の内側に入り込む形で一体となっている形状,すなわち,円形孔部が植木鉢の背面の上方に内側に侵入する状態で内側枠体部及び土入れ部背面部が形成され,円形孔部の一部が外側に突出する状態で外側枠体部が形成されている点にあるといえる。


 そして,上記(1)のとおり,本件意匠の物品に係る植木鉢において,需要者は通常植木鉢の背面の斜め上から見るもので,本件意匠の上部である円形孔部及びその周辺の意匠に注目することからすれば,枠体部の奥になって見えなくなる土入れ部背面部を除いた,植木鉢の背面上方に形成された給水ボトル保持部を形成する枠体部の形状が要部であるといえる。


 この点,原告は,本件意匠の要部は,円形孔部の中心が植木鉢の背面の両角を結んだ線上付近に位置するように形成され,かつ,植木鉢の背面の中央付近で円形孔部の内側への侵入範囲と外側への突出範囲とが概ね同程度となっている点である旨主張する。確かに,本件意匠は,それまでの公知意匠にない,給水容器の保持部が植木鉢に入り込む形で一体となった形状である点において新規であるが,給水ボトル保持部の内側が円形孔部であることはありふれた形態であることからすれば,原告の主張は植木鉢の背面と枠体部の位置関係だけをいうに等しいものであり,上記のとおり,需要者が斜め上から見る場合,原告が主張するような円形孔部と植木鉢のフランジ部との位置関係だけでなく,給水ボトルの保持部がどのような形をしているかについても注目するはずであり,それを加味して全体として美感を形成しているといえることからすれば,原告の主張は採用できない。


 また,被告は,外側枠体部の下端の形状についても要部である旨主張するが,植木鉢の背面上方から見た場合,外側枠体部の下端は死角となる部分であり,上から給水ボトルを差し込む際も下端の形状を見ることはないから,この点を要部とみることはできない。


4 本件意匠と被告意匠との対比

 ・・・

(3) 類否

ア 以上を踏まえて検討すると,上記のとおり,本件意匠と被告意匠は,基本的構成態様が共通しているところ,土入れ部背面部自体は要部ではないが,植木鉢の背面上方に円形孔部が形成された枠体部は本件意匠の要部であることからすれば,円形孔部が形成された枠体部が植木鉢背部の内側に侵入して形成された枠体部を有する本件意匠と被告意匠とは,一定の美感の共通性が生じているといえる。


 しかし,本件意匠の要部である枠体部の具体的形状において,両意匠は多くの点で異なっている。すなわち,本件意匠と被告意匠は,内側枠体部,外側枠体部がある点については共通するものの,本件意匠においては内側枠体部も外側枠体部も円形孔部の円弧に沿うようにほぼ円形であるのに対し,被告意匠は,平面視において,内側枠体部は略台形状で直線的な形状であり,外側枠体部についてもなだらかな山状の形で,その稜線部分が直線状であることから,その印象は異なっている。また,本件意匠においては,内側枠体部の上面が外側枠体部の上面に比して低い段差状に形成されているのに対し,被告意匠においては,内側枠体部の上面が外側枠体部の上面より高く,しかも,両者の間に中央枠体部が構成され,中央枠体部の上面が内側枠体部の上面から外側枠体部の上面を連結する外側に凸の円弧状に形成されていることから,両者の枠体部の上面の凹凸は異なっており,上から見た印象を異なるものとしている。


イ 以上の点をふまえ,本件意匠と被告意匠を全体としてみると,両意匠はいずれも植木鉢背面内側に入り込む給水ボトル挿入用の円形孔部を形成する枠体部が存在することによって一定の印象の共通性は生じるものの,その枠体部の構成,枠体部を構成する各部の高さやその形状が異なることにより,本件意匠は,枠体部が円形孔部に沿ってほぼ円形で,背部から見た場合,奥まった内側枠体部が手前に見える外側枠体部の上面より低い形状になっていたとしてもさほどの段差感を受けることがないから,全体的に丸くシンプルな印象を受けるのに対し,被告意匠は,内側枠体部が略台形,外側枠体部が山形といった直線的な形状をしており,さらに,外側枠体部が内側枠体部の上面より低くなっていることから,内側枠体部の形状がより看取しやすく,また,枠体部の上部において内側,中央,外側部分が凸凹になっていることとも相まって,直線的でごつごつした印象を受けるものであるから,それぞれの意匠を全体として観察したときに,本件意匠と被告意匠とが類似の美感を生じるとまでは認められず,両意匠が類似しているということはできない。


5 結論

 以上によれば,被告製品は本件意匠と類似しないから,原告の意匠権を侵害するものではなく,原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用し,主文のとおり判決する。』

 と判示されました。

  詳細は、本判決文を参照して下さい。