●平成15(行ケ)104行政訴訟「タキキニン拮抗体の医学的新規用途」

 本日は、『平成15(行ケ)104 特許権 行政訴訟「タキキニン拮抗体の医学的新規用途」平成15年12月26日 東京高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/48220456CC41E97049256E4B001E9757.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許異議の申立てがされ,これに対し本件訂正の請求し訂正を認めた上で、請求項1ないし9に係る特許を取り消すとした特許取消決定の取消しを求めた特許取消決定取消請求事件で、一部が認容され、請求項8に係る特許を取り消すとした取消し決定が取り消された事案です。


 本件では、医薬についての用途発明にける明細書の記載事項についての判断等が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第13民事部 裁判長裁判官 篠原勝美、裁判官 岡本岳、裁判官 早田尚貴)は、


1 取消事由1(明細書の記載事項に関する認定判断の誤り)について


(1) 本件明細書における特許請求の範囲の記載は,上記第2の2のとおりであり,本件訂正発明1〜7及び9は,原告も自認するとおり,いずれも,「NK1 受容体拮抗体を有効成分とする嘔吐治療剤」として,有効成分をその機能によって規定する構成を採用しているものと認められる。原告は,上記第3の1のとおり,上記各発明の特定方法は,その発明の本質を的確に規定したものであり,上記方法以外によって当該発明を適切に特定することはできない(上記第3の1(6))などとして,上記各発明に係る本件明細書の記載につき改正前特許法36条4項,5項及び6項に規定する要件を満たさないとする本件決定の認定判断は誤りである旨主張する。


(2) そこで,本件明細書(甲4)の記載について検討すると,発明の詳細な説明には,有効成分である「NK1受容体拮抗体」と医薬用途である「嘔吐治療剤」に関連するものとして,・・・省略・・・との記載が認められる。


(3) ところで,改正前特許法36条4項は,「発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない」と規定しているところ,本件訂正発明のような医薬についての用途発明においては,一般に,有効成分として記載されている物質自体から,それが発明の構成である医薬用途に利用できるかどうかを予測することは困難であるから,当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されているというためには,明細書において,当該物質が当該医薬用途に利用できることを薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載により裏付ける必要があり,出願時の技術常識を考慮しても,それがされているものとはいえない発明の詳細な説明の記載は,改正前特許法36条4項の規定に違反するものといわなければならない(東京高裁平成8年(行ケ)第201号,平成10年10月30日判決参照)。


 また,いわばその裏返しとして,医薬についての用途発明においては,特許請求の範囲に記載された発明が発明の詳細な説明において裏付けられた範囲を超えるものである場合には,その特許請求の範囲の記載は,発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえないし,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものであるともいえないから,改正前特許法36条5項1号及び2号に規定する要件を満足しないものと解するのが相当である。


(4) 以上の見地から,上記(2)で認定した本件明細書の発明の詳細な説明の記載を見ると,医薬用途の裏付けとなる記載は,段落【0102】の記載のみであると認められるところ,同段落には,(i)(±)シス−3−(2−メトキシベンジルアミノ)−2−フェニルピペリジンのうち,(2S,3S)鏡像異性体はNK1受容体拮抗体としての効力があり,嘔吐を抑制する効果が認められたのに対し,(2R,3R)鏡像異性体はNK1受容体拮抗体としての効力が(2S,3S)のものの1/1000しかなく,嘔吐試験でも不活性であったこと,(ii)式(I)で表される化合物である(エキソ,エキソ)−2−(ジフェニルメチル)−N−〔(2−メトキシフェニル)メチル〕−1−アザビシクロ〔2.2.1〕ヘプタン−3−アミンは,嘔吐を抑制したこと,(iii)N−〔N1 −〔L−ピログルタミル−L−アラニル−L−アスパルチル−L−プロリル−L−アスパラギニル−L−リシル−L−フェニルアラニル−L−チロシル〕−4−メチル−1−オキソ−2S−(6−オキソ−5S−1,7−ジアザスピロ〔4.4〕ノナン−7−イル)ペンチル〕−L−トリプトファナミドも嘔吐を抑制したことが記載されている。


 ところで,上記のうち,(ii)に記載された化合物については,段落【0058】において「NK1受容体拮抗作用をもつ」とされているが,そのことを明らかにするデータは示されておらず,(iii)に記載された化合物については,そもそもNK1受容体拮抗活性を有することを示唆する記載自体が存しないから,結局,本件明細書の発明の詳細な説明において,NK1受容体拮抗活性と嘔吐治療活性との双方が確認されているのは,上記(i)の(±)シス−3−(2−メトキシベンジルアミノ)−2−フェニルピペリジンのうち,(2S,3S)鏡像異性体についてのみであると認められる。


 そうすると,明細書の発明の詳細な説明に,構造類似性のない相当多種類のNK1受容体拮抗作用を有する物質が嘔吐治療に有効であることを確認できる記載があるなど,NK1受容体拮抗活性と嘔吐治療活性との相関関係を当業者が客観的に把握できると認められる場合であれば別論,本件明細書の発明の詳細な説明においては,NK1受容体拮抗体である(2S,3S)−3−(2−メトキシベンジルアミノ)−2−フェニルピペリジンが嘔吐治療に利用できることは裏付けられているといえるものの,それ以外のNK1受容体拮抗体については,そもそもNK1受容体拮抗活性と嘔吐治療活性の相関関係を裏付ける記載がないのであるから,それらを有効成分とする嘔吐治療剤について,当業者が容易に実施可能な程度に発明の詳細な説明の記載がされているものとは認められないというべきである。


(5) この点について,原告は,本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0102】の記載を根拠として,嘔吐治療効果を有する化合物であるか否かは,化合物の構造類似性を指標とするのではなく,NK1受容体拮抗作用を有するか否かにより決定されているのであり,ある化合物がNK1受容体拮抗作用を示せばその化合物は抗嘔吐作用を示すことが証明されている旨主張する(上記第3の1(5))。


 しかしながら,原告のこの主張は,上記段落【0102】に記載された3種の化合物のすべてがNK1受容体拮抗活性を有することが確認されているとの前提に立つところ,そもそもその前提において誤りを含むものであることは上記のとおりであるから,採用の限りではない。


 また,原告は,本件明細書は,「NK1受容体拮抗体が嘔吐の治療に有効である」との知見を新たに提供するものであるとの前提に立って,本件訂正発明1〜7及び9の特許請求の範囲の記載は,その知見から的確に導き出されるものであるとも主張する(上記第3の1(6))。


 しかし,上記(4)のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明においては,ただ一つの化合物についてNK1受容体拮抗活性と嘔吐治療活性の双方が確認されているにすぎず,原告のいうような「NK1受容体拮抗体が嘔吐の治療に有用である」という包括的な知見を提供するものとは到底認められないから,原告の上記主張は誤った前提に基づくものであって失当であるというほかはない。


(6) 以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明は,(2S,3S)−3−(2−メトキシベンジルアミノ)−2−フェニルピペリジン以外のNK1受容体拮抗体につき,それが嘔吐治療剤として有効であることを裏付ける記載を欠くものであると認められるから,本件訂正発明1〜7及び9に係る本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されているとはいえず,改正前特許法36条4項に規定する要件を満たさないというべきである。


 さらに,同様の理由により,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1〜7及び9の記載は,発明の詳細な説明において裏付けられた範囲を超えた発明が記載されているものというほかはなく,発明の詳細な説明に記載された発明を記載したものとはいえず,かつ,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものともいえないから,改正前特許法36条5項1号及び2号に規定する要件を満たさないというべきである。


 そうすると,本件訂正発明1〜7及び9に係る特許は,改正前特許法36条4項,5項及び6項に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものであるとして,これを取り消した本件決定の判断は,結論において相当であるということができるから,その余の点について検討するまでもなく,原告の取消事由1の主張は理由がない。


2 取消事由2(本件訂正発明6の進歩性に関する認定判断の誤り)について


 上記1のとおり,改正前特許法36条4項,5項及び6項の規定に違反することを理由に本件訂正発明6に係る特許を取り消した本件決定の判断は,結論において相当であるから,原告の取消事由2の主張については検討を要しない。


3 取消事由3(本件訂正発明8の進歩性に関する認定判断の誤り)について

 ・・・省略・・・

ウ 上記イのとおり,甲5文献及び甲8公報においては,P物質拮抗体が嘔吐を抑制することについても,(2S,3S)−シス−3−(2−メトキシベンジルアミノ)−2−フェニルピペリジンがP物質拮抗体であってP物質の関連する疾病の治療剤として利用できることについても,これを裏付ける記載はないのであるから,上記物質を嘔吐治療剤として利用することは,これらの刊行物の記載から推測される膨大な可能性の一つにすぎないものというべきである。


 そうであるとすれば,特定の有効成分が嘔吐治療剤という特定の医薬用途に利用できることが発明の詳細な説明において裏付けられている本件訂正発明8について,そうした裏付けを欠き,単に膨大な可能性の中の一つとして本件訂正発明8に特定された物質に嘔吐治療剤としての用途があり得ることを推測させるにすぎない甲5文献及び甲8公報の記載に基づいて,その進歩性を否定することはできないというほかはない。

(3) そうすると,本件訂正発明8について,甲5文献及び甲8公報に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした本件決定は,本件訂正発明8の容易想到性の判断を誤ったものというべきであり,原告の取消事由3の主張は理由がある。


4 以上によれば,原告の請求は,本件決定の結論のうち,本件訂正発明8に係る特許を取り消すとの部分の取消しを求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。