●平成24(行ケ)10147 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「医薬」

 本日も、『平成24(行ケ)10147 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「医薬」 平成24年4月11日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120417155305.pdf)について取り上げます。


 本件では、サポート要件についての判断も参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 滝澤孝臣、裁判官 井上泰人、裁判官 荒井章光)は、


『(2)サポート要件について

ア本件各発明に適用されるサポート要件について

 本件特許は,平成9年12月26日出願に係るものであるから,法36条6項1号が適用されるところ,同号には,特許請求の範囲の記載は,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」でなければならない旨が規定されている(サポート要件)。


 特許制度は,発明を公開させることを前提に,当該発明に特許を付与して,一定期間その発明を業として独占的,排他的に実施することを保障し,もって,発明を奨励し,産業の発達に寄与することを趣旨とするものである。


 そして,ある発明について特許を受けようとする者が願書に添付すべき明細書は,本来,当該発明の技術内容を一般に開示するとともに,特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲(特許発明の技術的範囲)を明らかにするという役割を有するものであるから,特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには,明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきである。


 法36条6項1号の規定する明細書のサポート要件が,特許請求の範囲の記載を上記規定のように限定したのは,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利が発生することになり,一般公衆からその自由利用の利益を奪い,ひいては産業の発達を阻害するおそれを生じ,上記の特許制度の趣旨に反することになるからである。


 そして,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであるところ,前記1(2)に認定のとおり,本件各発明は,糖尿病治療に当たって,薬剤の単独の使用には,十分な効果が得られず,あるいは副作用の発現などの課題があった一方で,インスリン感受性増強剤でありほとんど副作用がないピオグリタゾンを,嫌気性解糖促進作用等を有するビグアナイド剤(フェンホルミン,メトホルミン又はブホルミン)や,あるいは膵β細胞からのインスリン分泌促進作用を有するSU剤であるグリメピリドと組み合わせた医薬については知られていなかったことから,ピオグリタゾンとそれ以外の作用機序を有するビグアナイド剤又はグリメピリドとを組み合わせることで,薬物の長期投与においても副作用が少なく,かつ,多くの糖尿病患者に効果的な糖尿病予防・治療薬又は医薬組成物とすることをその技術的思想とするものであるといえる。

 
 したがって,本件各発明のサポート要件の有無の判断に当たっては,特許請求の範囲に記載された発明が本件明細書に記載されているか,当該記載又は出願時の技術常識により当業者が本件各発明の上記課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否かについての検討を要する。


イ本件発明1ないし6について

(ア)本件発明1ないし3は,その特許請求の範囲に記載のとおり,ピオグリタゾン又はその薬理学的に許容し得る塩と,ビグアナイド剤(フェンホルミン,メトホルミン又はブホルミン)とを組み合わせてなる,糖尿病又は糖尿病性合併症の予防・治療用医薬であるところ,本件明細書は,前記1(1)エに記載のとおり,ピオグリタゾンと併用すべきビグアナイド剤としてフェンホルミン,メトホルミン又はブホルミンを明記しているものの,前記1(2)に認定のとおり,ピオグリタゾンとビグアナイド剤との併用実験に関する記載はなく,その記載のみからは,直ちに本件発明1ないし3が本件各発明の前記課題を解決できると認識できるとは限らない。


(イ)しかしながら,前記1(4)に認定のとおり,インスリン受容体の機能を元に戻して末梢のインスリン抵抗性を改善するインスリン感受性増強剤と,嫌気性解糖促進作用等を有するビグアナイド剤とでは,血糖値の降下に関する作用機序が異なることは,本件出願日当時の当業者の技術常識であったものと認められる。そして,作用機序が異なる薬剤を併用する場合,通常は,薬剤同士が拮抗するとは考えにくいから,併用する薬剤がそれぞれの機序によって作用し,それぞれの効果が個々に発揮されると考えられるところ,糖尿病患者に対してインスリン感受性増強剤とビグアナイド剤とを併用投与した場合に限って両者が拮抗し,あるいは血糖値の降下が発生しなくなる場合があることを示す証拠は見当たらない。むしろ,乙17(甲22)には,前記1(3)オ(イ)に記載のとおり,SU剤又はビグアナイド剤の単独投与を受けていた糖尿病患者に対してインスリン感受性増強剤であるトログリタゾンを併用投与した場合の試験結果が記載されているから,糖尿病患者に対するインスリン感受性増強剤とビグアナイド剤との併用投与という技術的思想は,それ自体,本件出願日当時の当業者に公知であったと認められるばかりか,前記1(4)に認定のとおり,臨床試験中のインスリン感受性増強剤としてピオグリタゾンが存在することや,ビグアナイド剤としてフェンホルミン,メトホルミン及びブホルミンが存在することは,同じく当時の当業者の技術常識であったものと認められる。


 以上によれば,当業者は,インスリン感受性増強剤であるピオグリタゾン又はその薬理学的に許容し得る塩の投与により血糖値の降下を発生させる場合に,併せてこれとは異なる作用機序で血糖値を降下させるビグアナイド剤であるフェンホルミン,メトホルミン又はブホルミンも投与すれば,ピオグリタゾンとは別個の作用機序で,やはり血糖値の降下を発生させることができ,もって本件各発明の課題である糖尿病に対する効果が得られることを当然想定できるものというべきである。


(ウ)したがって,本件明細書の記載は,本件出願日当時の技術常識に照らすと当業者が本件各発明の前記課題を解決できると認識できる範囲内のものであるから,本件発明1ないし3は,本件明細書に記載されたものであるということができる。


 また,本件発明4及び5は,本件発明1を引用しつつ,その構成を特定するものであるが,前記1(1)カに記載のとおり,本件明細書には,本件発明1を医薬組成物とすることや,当該医薬組成物を錠剤とすることについて記載があるから,特許請求の範囲に記載された発明が本件明細書に記載されているといえる。さらに,本件発明6は,本件発明1を引用しつつ,ピオグリタゾンの用量を特定するものであるが,本件明細書は,前記1(1)カに記載のとおり,当該用量について記載していることに加えて,ピオグリタゾンの作用機序は,前記1(4)に認定のとおり,本件出願日当時の技術常識であったから,本件発明6は,本件出願日当時の技術常識により当業者が本件各発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるといえる。


 よって,本件明細書は,本件発明1ないし6について,サポート要件に違反するものではないというべきであるから,被告の取消事由3の主張のうち,この点に関する本件審決の判断の誤りをいう部分も理由がある。

(エ)原告の主張について

 以上に対して,原告は,ビグアナイド剤と本件明細書に実施例が記載されているα−グルコシダーゼ阻害剤等とでは作用機序,臨床適応及び副作用の点でいずれも相違し,本件明細書の記載では,ピオグリタゾンとビグアナイド剤との併用投与(本件発明1ないし6)の効果について当業者が認識できなかったから,本件明細書は,サポート要件に違反するものである旨を主張する。


 しかしながら,ビグアナイド剤がインスリン感受性増強剤であるピオグリタゾンとは異なる作用機序を有することが知られており,両者が拮抗するなどの証拠が見当たらない以上,当業者が本件出願当時の技術常識に基づいてピオグリタゾンとビグアナイド剤とを併用することによって得られる効果の存在を認識できることに代わりはないから,ビグアナイド剤の実施例が記載されていないからといって,サポート要件に違反することになるものではない。


 よって,原告の上記主張は,採用できない。

ウ本件発明7ないし9について

(ア)本件発明7は,その特許請求の範囲に記載のとおり,特定量のピオグリタゾン又はその薬理学的に許容し得る塩と,SU剤であるグリメピリドとを組み合わせてなる,糖尿病又は糖尿病性合併症の予防・治療用医薬であるところ,本件明細書は,前記1(1)オに記載のとおり,ピオグリタゾンと併用すべきインスリン分泌促進剤としてグリメピリドを明記しているものの,前記1(2)に認定のとおり,ピオグリタゾンとSU剤であるグリメピリドとの併用実験に関する記載はなく,その記載のみからは,直ちに本件発明7が本件各発明の前記課題を解決できると認識できるとは限らない。


(イ)しかしながら,前記1(4)に認定のとおり,インスリン受容体の機能を元に戻して末梢のインスリン抵抗性を改善するインスリン感受性増強剤と,膵β細胞からのインスリン分泌を促進するSU剤とでは,血糖値の降下に関する作用機序が異なることは,本件出願日当時の当業者の技術常識であったものと認められる。そして,作用機序が異なる薬剤を併用する場合,通常は,薬剤同士が拮抗するとは考えにくいから,併用する薬剤がそれぞれの機序によって作用し,それぞれの効果が個々に発揮されると考えられるところ,糖尿病患者に対してインスリン感受性増強剤とSU剤とを併用投与した場合に限って両者が拮抗し,あるいは血糖値の降下が発生しなくなる場合があることを示す証拠は見当たらない(甲18参照)。むしろ,引用例4には,前記1(3)エ(イ)に記載のとおり,「空腹時血糖が140mg/dlから199mg/dlであれば,スルフォニール尿素剤単独投与,スルフォニール尿素剤とインスリン抵抗性改善薬との併用が試みられる。」との記載があることや,乙17(甲22)には,前記1(3)オ(イ)に記載のとおり,SU剤又はビグアナイド剤の単独投与を受けていた糖尿病患者に対してインスリン感受性増強剤であるトログリタゾンを併用投与した場合の試験結果が記載されていることから,糖尿病患者に対するインスリン感受性増強剤(インスリン抵抗性改善薬)とSU剤(スルフォニール尿素剤)との併用投与という技術的思想は,それ自体,本件出願日当時の当業者に公知であったと認められるばかりか,前記1(4)に認定のとおり,臨床試験中のインスリン感受性増強剤としてピオグリタゾンが存在することや,新たなSU剤としてグリメピリドが存在することは,同じく当時の当業者の技術常識であったものと認められる。


 以上によれば,当業者は,インスリン感受性増強剤であるピオグリタゾン又はその薬理学的に許容し得る塩の投与により血糖値の降下を発生させる場合に,併せてこれとは異なる作用機序で血糖値を降下させるSU剤であるグリメピリドも投与すれば,ピオグリタゾンとは別個の作用機序で,やはり血糖値の降下を発生させることができ,もって本件各発明の課題である糖尿病に対する効果が得られることを当然想定できるものというべきである。


(ウ)したがって,本件明細書の記載は,本件出願日当時の技術常識に照らすと当業者が本件各発明の前記課題を解決できると認識できる範囲内のものであるから,本件発明7は,本件明細書に記載されたものであるということができる。また,本件発明8及び9は,本件発明7を引用しつつ,その構成を特定するものであるが,前記1(1)カに記載のとおり,本件明細書には,本件発明7を医薬組成物とすることや,当該医薬組成物を錠剤とすることについての記載があるから,特許請求の範囲に記載された発明が本件明細書に記載されているといえる。

 よって,本件明細書は,本件発明7ないし9について,サポート要件に違反するものではないというべきであるから,原告の取消事由1の主張のうち,この点に関する本件審決の判断の誤りをいう部分も理由がない。


(エ)原告の主張について

 以上に対して,原告は,血糖降下作用に違いがあるグリベンクラミドとグリメピリドとを同視することはできないし,他のインスリン感受性増強剤と他のSU剤との併用投与との効果の違いも本件明細書に記載がないほか,ピオグリタゾンとグリメピリドとを併用投与する際の用量も記載されていないから,本件明細書は,サポート要件に違反するものである旨を主張する。


 しかしながら,グリベンクラミドとグリメピリドとで血糖降下作用の大小に相違があり,あるいは本件明細書に他の薬剤間の併用投与について記載がないとしても,グリメピリドがSU剤としてインスリン感受性増強剤であるピオグリタゾンとは異なる作用機序を有することが知られており,両者が拮抗するなどの証拠が見当たらない以上,当業者が本件出願日当時の技術常識に基づきピオグリタゾンとグリメピリドとを併用することによって得られる効果の存在を認識できることに代わりはない。また,本件発明7ないし9は,いずれも,ピオグリタゾンと特定の用量のグリメピリドを併用することについて記載したものではないから,グリメピリドの用量について記載がないからといって,サポート要件に違反することになるものではない。


 よって,原告の上記主張は,いずれも採用できない。

(3)小括

 以上によれば,本件各発明は,そのいずれについても実施可能要件及びサポート要件を満たすものと認められるから,本件審決のうち,本件発明7ないし9に関するこれと同旨の判断については,これを取り消すべき理由がない。


 他方,本件審決のうち,本件発明1ないし6については,実施可能要件についての理由の説示を欠き,かつ,実施可能要件及びサポート要件についての判断を誤るものというほかないから,実施可能要件違反及びサポート要件違反を理由として本件発明1ないし6を無効とした部分は,取消しを免れない。』

 と判示されました。