●平成17(行ケ)10205「結晶ラクチュロース三水和物とその製造法」

 本日は、『平成17(行ケ)10205 特許権 行政訴訟「結晶ラクチュロース三水和物とその製造法」平成18年02月16日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/23F45E68F058DCB749257118000E5CB7.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許無効審判の棄却審決の取消しを求め、その請求が認容された事案で、昨日取り上げた『平成19(行ケ)10308 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「被覆硬質部材」平成20年06月12日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080612154141.pdf)において、被告が実施可能要件違反の主張にて引用していた判決です。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 三村量一、裁判官 嶋末和秀、裁判官 沖康人)は、


1 原告主張の取消事由について


(1) 原告は,審決には本件明細書の記載に特許法旧36条4項又は5項及び6項の規定に違反する不備はないと誤って判断した違法がある旨をいうが,その主張する内容は,審決が「本件明細書の記載によっては,ラクチュロース三水和物は得られないから,当業者は本件発明1ないし3を容易に実施することができない。」との原告(審判請求人)の主張を退けたことを非難するものであるから,特許法旧36条4項違反についての審決の判断を誤りを主張するものと解するのが相当である。


(2) 特許法旧36条4項は,「発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない。」と規定している(なお,現行の特許法においては,36条4項1号が明細書の発明の詳細な説明の記載について「経済産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること」との要件に適合するものでなければならないことを規定しており,旧36条4項とほぼ同様の内容が規定されているということができる。以下,「実施可能要件」ということがある。)。


 特許制度は,発明を公開する代償として,一定期間発明者に当該発明の実施につき独占的な権利を付与するものであるから,明細書には,当該発明の技術的内容を一般に開示する内容を記載しなければならないというべきである。


 特許法旧36条4項ないし現行特許法36条4項1号が上記のとおり規定するのは,明細書の発明の詳細な説明に,当業者が容易にその実施をできる程度に発明の構成等が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになるからである。


 特許法旧36条4項ないし現行特許法36条4項1号が上記のような趣旨の規定であることに照らせば,特許出願が実施可能要件を満たすものであることは,特許出願に際して出願人が立証すべきものであることは明らかであるところ,拒絶査定不服審判,無効審判や,これらの審判の審決に対する取消訴訟等においても,出願人ないし特許権者がその主張立証責任を負担するものと解するのが相当である。


 そして,物の発明については,その物をどのように作るかについての具体的な記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づき当業者がその物を製造できる特段の事情のある場合を除き,発明の詳細な説明にその物の製造方法が具体的に記載されていなければ,実施可能要件を満たすものとはいえない。物を製造する方法についても,同様である。


(2) そこで,上記の観点に立って,以下,本件について検討する。

 本件明細書の発明の詳細な説明には,実施例1〜3として,ラクチュロース三水和物を種晶としてラクチュロース三水和物を製造する方法が具体的に記載されているから,種晶となるべきラクチュロース三水和物を製造することができれば,当業者は,これを用いて実施例1〜3に記載された手法によりラクチュロース三水和物を製造することができ,「ラクチュロース三水和物」に係る本件発明1,2及び「ラクチュロース三水和物の製造法」に係る本件発明3を容易に実施することができると認められる。


 しかし,最初に,種晶となるべきラクチュロース三水和物をどのようにして製造するのかについて,発明の詳細な説明には,具体的な記載は存在しない。


  被告は,本件出願前には,ラクチュロースといえば,ラクチュロース無水物しか存在しなかったから,本件明細書の段落【0012】の「濃縮ラクチュロース・シロップを2〜20℃の温度に冷却し,ラクチュロースを種晶添加し,攪拌して結晶を析出させる」との記載は,ラクチュロース無水物を種晶としてラクチュロース三水和物が得られることを明記したものであると主張する。


 しかしながら,本件明細書(甲3)の段落【0012】には,被告の指摘する記載に続いて「結晶を析出させるには,可及的に低い温度が望ましく,しかも徐冷して大きな結晶を析出させるのが望ましい。種晶添加(シーディング)するラクチュロースは,三水和物を使用する。」と記載されている。すなわち,段落【0012】においては,「ラクチュロースを種晶添加し」との記載に続いて「種晶添加(シーディング)するラクチュロースは,三水和物を使用する」と記載され,種晶添加するラクチュロースの種類が限定されているのであるから,「ラクチュロースを種晶添加し」の「ラクチュロース」は「三水和物」を意味するものと認められる。


 したがって,本件出願時に「ラクチュロース」として「無水物」しか知られていなかったとしても,被告の挙げる本件明細書の段落【0012】の記載をもって,ラクチュロース無水物を種晶としてラクチュロース三水和物が得られることが記載されていると認めることはできない。


 したがって,本件明細書の記載及び本件出願時の技術常識に基づき,当業者が種晶となるべきラクチュロース三水和物を容易に製造できる特段の事情が存在しない限り,本件出願は,実施可能要件を満たすものということができない。


(4) 被告は,仮に本件明細書の段落【0012】の「‥‥‥ラクチュロースを種晶添加し,攪拌して結晶を析出させる。」における「ラクチュロース」をラクチュロース三水和物と読んだとしても,また,実施例にラクチュロース三水和物を種晶として使用することが記載されていても,種晶として使用するラクチュロース三水和物を得る方法が与えられていないのであれば,当業者としては,従来唯一知られているラクチュロース無水物を種晶として使用することが当然であると主張する。


 しかしながら,ラクチュロース結晶として唯一知られていたのが無水物であったというだけの理由で,当業者にとって,ラクチュロース無水物を種晶として使用することが当然のことであったということはできない。また,仮に,当業者がラクチュロース無水物を種晶として使用することを試みるとしても,そうすることにより,ラクチュロース三水和物を当然に製造できるとはいえない。


(5)(ア)被告は,本件明細書の実施例1〜3には,ラクチュロース三水和物を過飽和にする条件,ラクチュロース三水和物を析出するための諸条件が余すところなく記載されており,その条件は,従来公知のラクチュロース無水物を得るための発明(乙33〜35)における条件と異なるから,本件明細書を見た当業者は,実施例に記載された溶液中にラクチュロース無水物を種晶として添加しても,ラクチュロース無水物ではなく,ラクチュロース三水和物が結晶として析出すると予想し,実施例1〜3記載の溶液からは,結晶として析出するきっかけさえあれば,ラクチュロース三水和物が析出することを直ちに認識すると主張し,この点に関する証拠として,乙20,乙36(いずれも陳述書)を提出する。


 従来公知のラクチュロース無水物を得るための発明の一つである乙34(異議申立手続において提示された文献2(甲12)の対応日本出願の公開公報)の実施例と本件の実施例との製造条件の違いとして被告が挙げるのは,以下の5点である(乙36陳述書3〜4頁)。

 ・・・省略・・・

 したがって,上記の点からも,本件明細書の実施例における条件と従来公知のラクチュロース無水物を得るための条件とが上記(イ)において被告の挙げる?〜?の点で異なるとして,本件明細書を見た当業者が,実施例に記載された溶液中にラクチュロース無水物を種晶として添加した場合に,ラクチュロース無水物は結晶として析出せず,ラクチュロース三水和物が析出すると予想することができるという被告の主張は,採用できない。


(6) また,被告は,乙21のラクチュロース無水物とラクチュロース三水和物の溶解度を示す図から,20℃以下ではラクチュロース三水和物の溶解度が低く結晶化するが,ラクチュロース無水物は溶解度が高いので結晶化しない,あるいは溶解していることが分かるとも主張するが,乙21は,本件出願後に発行された文献であり,本件出願時の技術常識を示すものではないから,この文献の記載内容を参酌することはできない(なお,乙21の溶解度曲線を根拠に,無水物を種晶とした場合でも三水和物のみの過飽和領域から無水物ではなく三水和物が生じるとすると,濃縮後にラクチュロースを68〜70%含有し13〜15℃に冷却されている乙34の実施例においても三水和物が生ずることとなり,乙34では三水和物が得られないとする被告の主張と矛盾することとなる。)。


(7) 被告は,同じ物質でなくとも既に過飽和状態にある溶液が種晶として添加された物質をきっかけとして結晶化することは,当業者に広く知られており,ラクチュロース三水和物を種晶としてラクチュロース三水和物を得るとの記載に接した当業者が,ラクチュロース三水和物を有しない場合にそのまま実施不能になることは有り得ないと主張し,これに関する証拠(乙2,乙11〜13)を提出する。


 しかしながら,乙2には「異質種上での結晶成長は極めてよく知られた現象である(例えば,砂粒子が種として働くDHVの粒状反応体を参考にされたい)」(4.の3段落)と記載され,乙11には「種晶‥‥‥溶質と同一成分の微小小片結晶で,この結晶は溶液の一部をとり濃縮して作成したものを用いる。ときには構造や結晶形の似ているもので代用することもある。」と記載され,乙12には「結晶の核発生‥‥‥同じ物質の小結晶か,他の物質でも類似の結晶構造を持ったものが種となりうる」と記載され,乙13には「結晶化の核 結晶を形成するであろう溶液中に置かれる小さな固形の粒子。溶解している物質の結晶,それと異種同形である他の物質の結晶,ほこりの粒等が核として役立つ。」と記載されているものであって,これらの記載によれば,目的物質と同じ物質でなくとも種晶として使用できる場合のあることが認められるものの,ラクチュロース三水和物がラクチュロース三水和物以外の種晶を使用して製造できることまでを認めることはできない。


(8) 被告は,本件明細書の記載に基づいて実際にラクチュロース無水物を種晶として使用しても,ラクチュロース三水和物が得られることは,追試実験(被告による甲5,6,原告による甲4)からも裏付けられると主張する。


 しかしながら,上記のとおり,本件出願時の技術常識を考慮しても,本件明細書の記載から,当業者が種晶としてラクチュロース無水物を使用してラクチュロース三水和物を製造する方法を知り得るものと認めることはできないのであるから,被告の挙げる追試実験の結果を本件明細書の記載を補完するものとして参酌することはできない。


(9) 以上検討したところによれば,被告の主張はいずれも採用できず,本件明細書の記載及び本件出願時の技術常識に基づいて,当業者が種晶として使用するラクチュロース三水和物を容易に製造できる特段の事情が存在すると認めることはできないから,本件明細書の発明の詳細な説明の記載には,特許法旧36条4項に違反する不備があるというべきである。


2 結論


 以上によれば,本件明細書に特許法旧36条4項に違反する不備がないとした審決の判断は誤りであり,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,審決は取消しを免れない。


 よって,原告の本訴請求は,理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。  』

 と判示されました。


 上記判決文における、

 『特許制度は,発明を公開する代償として,一定期間発明者に当該発明の実施につき独占的な権利を付与するものであるから,明細書には,当該発明の技術的内容を一般に開示する内容を記載しなければならないというべきである。


 特許法旧36条4項ないし現行特許法36条4項1号が上記のとおり規定するのは,明細書の発明の詳細な説明に,当業者が容易にその実施をできる程度に発明の構成等が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになるからである。


 特許法旧36条4項ないし現行特許法36条4項1号が上記のような趣旨の規定であることに照らせば,特許出願が実施可能要件を満たすものであることは,特許出願に際して出願人が立証すべきものであることは明らかであるところ,拒絶査定不服審判,無効審判や,これらの審判の審決に対する取消訴訟等においても,出願人ないし特許権者がその主張立証責任を負担するものと解するのが相当である。


 そして,物の発明については,その物をどのように作るかについての具体的な記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づき当業者がその物を製造できる特段の事情のある場合を除き,発明の詳細な説明にその物の製造方法が具体的に記載されていなければ,実施可能要件を満たすものとはいえない。物を製造する方法についても,同様である。


 という判示は、とても説得力がありますね。

  
 詳細は、本判決文を参照してください。


 追伸;<気になった記事>

●『LG電子、ワールプールとの特許争いで機先制する』http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=101372&servcode=300§code=320
●『冷蔵庫の特許訴訟、LG電子が米ワールプールに勝利』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=3724
●『ITC、「ブロードコムはSiRFの特許権を侵害していない」と仮決定』http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/media/djCFJ2098.html
●『米マイクロソフト、日本で特許使用権を提供 新たな収益源に』http://www.nikkei.co.jp/news/sangyo/20080616AT1D130BE14062008.html
●『地域ブランド活用事例を収録「地域団体商標2008」発刊(特許庁)』http://www.jcci.or.jp/cgi-news/jcci/news.pl?3+20080616112838
●『NEC富士通など10社、セキュリティ技術向上を目指す業界団体を設立』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=3729
●『ソニー松下電器産業ら4社、リモコン通信技術の新規格策定へ』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=3727
●『任天堂WiiアクセサリーメーカーNykoを意匠特許侵害で提訴』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=3725
●『グーグル vs. ルイ・ヴィトンAdWordsを巡る商標権侵害裁判は欧州裁判所へ 』http://www.computerworld.jp/topics/legal/110709.html
●『ブルーレイにも著作権料を課金へ 文科省経産省が合意』http://www.asahi.com/digital/av/TKY200806160327.html