●平成20(ワ)8086特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟(1)

 本日は、『平成20(ワ)8086 特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟「量子井戸半導体レーザ素子」平成22年02月24日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100312103659.pdf)について取り上げます。

 
 本件は、特許権侵害差止等請求事件で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、まず、争点(2)−ア(明細書の要旨変更の有無)についての判断基準が参考になるかと思います。


 つまり、東京地裁(民事第29部 裁判長裁判官 清水節、裁判官 坂本三郎、裁判官 岩崎慎)は、


『1 争点(2)−ア(明細書の要旨変更の有無)について

(1) 明細書の要旨変更について

ア 旧特許法40条は,「願書に添附した明細書又は図面について出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前にした補正がこれらの要旨を変更するものと特許権の設定の登録があつた後に認められたときは,その特許出願は,その補正について手続補正書を提出した時にしたものとみなす。」と規定するところ,同条にいう「明細書又は図面」の「要旨」(以下,単に「明細書の要旨」という。)とは,特許請求の範囲に記載された技術的事項をいうものと解される。


 そして,発明とは,「自然法則を利用した技術的思想の創作」であること(特許法2条1項参照)及び平成5年法律第26号による改正前の特許法41条が「出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前に,願書に最初に添附した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において特許請求の範囲を増加し減少し又は変更する補正は,明細書の要旨を変更しないものとみなす。」と定めていることに照らして,その技術的事項の解釈に当たっては,明細書における発明の詳細な説明欄の記載や図面を総合的に考慮すべきである。


 また,明細書の要旨が変更されているかどうかを判断するに当たっては,特許請求の範囲の記載の文言上の形式的な対比のみに限定されず,実質的に見て,補正後の特許請求の範囲に記載された技術的事項が,当初明細書に記載された技術的事項の範囲内といえるか否かによって判断すべきものと解される。


 ・・・省略・・・


イ 原告の主張について


(ア) 原告は,本件発明と本件当初明細書の請求項1とを対比すると,特許請求の範囲は,純粋に減縮されており,拡張されてはいないと主張する。


 しかしながら,明細書の要旨が変更されているかどうかを判断するに当たっては,特許請求の範囲の記載の文言上の形式的な対比のみに限定されず,実質的に見て,補正後の特許請求の範囲に記載された技術的事項が,当初明細書に記載された技術的事項の範囲内といえるか否かによって判断すべきものと解されることは,(1)ア記載のとおりであるから,原告の前記主張は,理由がない。


(イ) また,原告は,本件当初明細書の〔作用〕欄や〔実施例〕欄における活性層の平均格子定数をInPの格子定数と等しくする旨の記載は,単なる例示にすぎず,本件当初明細書全体を貫いて,活性層の平均格子定数をInPの格子定数と等しくせずに,量子井戸層の格子定数をInPの格子定数より大きくし,バリア層の格子定数をInPの格子定数よりも小さいものとすることで,歪を緩和するとの技術思想が記載されているから,第2回補正は,本件当初明細書の要旨を変更するものではないと主張する。


 しかしながら,前記(2)イのとおり,本件当初明細書には,格子定数関係式?に係る発明につき,活性層の平均格子定数をInPの格子定数と等しくする場合の記載があるのみであって,活性層の平均格子定数をInPの格子定数と等しくせずに,格子定数関係式?を採用した場合に,転位の発生の防止という本件発明の課題に関して,どのような効果が生じるかは,歪の緩和ということを含めて,何ら記載はないことや,本件特許出願当時の技術水準に照らして,本件当初明細書の記載に接した当業者は,格子定数関係式?に係る発明が,活性層の平均格子定数をInPの格子定数と等しくすることを前提とした発明であると理解するものと認められる。


 したがって,本件当初明細書の〔作用〕欄及び〔実施例〕欄の記載が,単なる例示にすぎないということはできないとともに,本件当初明細書には,活性層の平均格子定数をInPの格子定数と等しくすることを前提とせずに,量子井戸層の格子定数をInPの格子定数より大きくし,バリア層の格子定数をInPの格子定数よりも小さいものとすることで,歪を緩和するとの技術思想が記載されていたということもできないから,原告の前記主張は,理由がない。


(ウ) さらに,原告は,本件当初明細書に,活性層の平均格子定数をInPの格子定数と等しくすることを前提とせずに,量子井戸層の格子定数をInPの格子定数より大きくし,バリア層の格子定数をInPの格子定数よりも小さいものとする発明が記載されていたことの根拠として,他の特許出願人や特許庁の審査官等が,本件当初明細書と同一内容の本件公開公報には,「バリア層に引張歪を加え,歪を補償する」ことが記載されていると理解していると主張する。


 確かに,証拠(甲20ないし24(枝番号を含む。))及び弁論の全趣旨によれば,本件公開公報より後に出願された特許出願(特願平5−136359(平成5年6月8日出願))並びに同様の特許出願に対する特許庁審査官の拒絶理由通知等(特願平3−220613(平成3年8月30日出願)に対する拒絶理由通知及び出願人の意見書,特願平3−196339(平成3年8月6日出願)に対する拒絶理由通知及び出願人の意見書)及び特許異議の申立手続(特許第3204969号(平成2年10月17日出願)に対する異議申立手続,特公平7−118571(平成5年2月12日出願)に対する異議申立手続)においては,本件公開公報には,活性層の平均格子定数を問題とすることなく,量子井戸層とは逆の引張歪をバリア層に加えることで,歪を補償することが記載されていると理解されているものと認められる。


 しかしながら,当初明細書に記載された技術的事項がいかなるものであるかは,当該特許が出願された当時の当業者の認識を前提に解釈すべきであるところ,前記の特許出願等に記載された当業者の認識は,いずれもこれらの各特許出願時(最も早いものでも平成3年の出願(特許異議の対象となった特許(甲22の1)については,平成2年の出願)であって,本件特許出願時から約3年が経過している。)における当業者の認識を示すものであって,本件特許出願時における当業者の認識を示すものではない。


 したがって,原告の前記主張は,理由がない。


(5) 結論

 以上のとおり,第2回補正は,本件当初明細書の要旨を変更するものと認められ,また,証拠(乙2の9)によれば,第2回補正の手続補正書は,平成9年8月11日に提出されたと認められることから,本件特許出願は,旧特許法40条により,平成9年8月11日にされたものとみなされる。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。