●平成23(行ケ)10445 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 

  本日は、『平成23(行ケ)10445 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成24年12月5日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20121212115344.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許無効審判の棄却審決の取消しを求めた審決取消請求事件で、その請求が認容され、棄却審決が取り消された事案です。


 本件では、取消事由1(実施可能要件に係る判断の誤り)についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 土肥章大、裁判官 井上泰人、裁判官 荒井章光)は、


2取消事由1(実施可能要件に係る判断の誤り)について

(1)特許制度は,発明を公開する代償として,一定期間発明者に当該発明の実施につき独占的な権利を付与するものであるから,明細書には,当該発明の技術的内容を一般に開示する内容を記載しなければならない。平成8年6月12日法律第68号による改正前の特許法36条4項が実施可能要件を定める趣旨は,明細書の発明の詳細な説明に,当業者がその実施をすることができる程度に発明の構成等が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになるからであると解される。


 そして,物の発明における発明の実施とは,その物の生産,使用等をする行為をいうから(特許法2条3項1号),物の発明について上記の実施可能要件を充足するためには,明細書にその物を製造する方法についての具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその物を製造することができるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。


(2)本件審決は,本件明細書の方法2の実施可能性についてのみ検討した上で,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,実施可能要件を充足するものとする。


 そこで検討するに,方法2は,前記1(3)ア(イ)のとおり,補助溶剤を含む水中にアトルバスタチンを懸濁するというごく一般的な結晶化方法であるものの,補助溶剤としてメタノール等を例示し,その含有率が特に好ましくは約5ないし15v/v%であることを特定するのみであり,結晶化に対して一般的に影響を及ぼすpH,スラリー濃度,温度,その他の添加物などの諸因子について具体的な特定を欠くものであるから,これらの諸因子の設定状況によっては,本件明細書において概括的に記載されている方法2に含まれる方法であっても,結晶性形態?が得られない場合があるものと解される。


 そうだとすると,結晶化に対して特に強く影響を及ぼすpHやスラリー濃度を含め,温度,その他の添加物などの諸因子が一切特定されていない方法2の記載をもってしては,本件明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識を併せ考慮しても,当業者が過度な負担なしに具体的な条件を決定し,結晶性形態?を得ることができるものということはできない。

(3)この点に関し,被告は,?当業者であれば,撹拌により懸濁状態を維持するのに適した程度のスラリー濃度を採用することに何ら困難はなく,本件実験における懸濁物中の約15%の試料量も常識的な選択である,?方法2において,補助溶剤を使用しないこと自体は,本件明細書に記載された範囲内であるし,好ましい条件であるメタノール濃度(5〜15%)において,より短時間で確実に結晶性形態?が得られることも確認されている,?方法2において,撹拌温度は明示的に特定されていないが,温度の規定がなければ,室温付近で行うのが技術常識である,?本件明細書の実施例では,種晶を加えても17時間の撹拌が必要であったから,種晶を加えない場合,その数倍程度の時間が必要であると予測することは合理的であるなどと主張する。


 しかしながら,スラリー濃度は,結晶化の実現に関する重要な因子である以上,物の発明において,当該物の製造方法を開示するに当たり,具体的に記載される必要がある事項というべきところ,方法2については,補助溶剤の種類と好ましい濃度程度しか記載されていないのであるから,当該記載から,結晶性形態?が得られるスラリー濃度(例えば,本件実験の設定である試料約10g,溶媒56mℓ)を当業者が見いだすことは困難であるというほかない。


 しかも,方法2において具体的な条件として記載されている補助溶剤の種類と好ましい濃度についても,被告の依頼により行われた本件実験(甲16)においては,補助溶剤を用いずに実験が行われているものである。確かに,方法2において,補助溶剤を用いなくてもよいとされていることは,被告が主張するとおりであるが,好ましい条件であるメタノール濃度において,より短時間で確実に結晶性形態?が得られることが確認されているのであれば,方法2が具体的に開示した好ましい条件に基づくことなく,本件実験が行われたことは不合理であるというほかない。


 さらに,本件審決は,方法2に対応する前記1(3)エ(イ)の方法Bにおいて,撹拌温度が約40℃とされていることから,方法2においても,室温又はその前後において行われたものと理解されるとするが,約40℃という温度について,これを「室温又はその前後」と理解することは困難である。本件実験においても,室温とのみ記載され,具体的な撹拌温度が明示されていないから,当業者が,撹拌の要否すら特定していない本件明細書の方法2に係る記載をもって,そのほかの諸因子との相関関係において決定されるべき最適な撹拌温度を過度の負担なしに設定することができるものということはできない。


 加えて,結晶化に要する撹拌時間は,pH,スラリー濃度,温度,その他の添加物などの諸因子によって異なるものであるから,本件明細書に特定の条件下における撹拌時間が開示されていたとしても,当業者が方法2における撹拌時間を合理的に予測することができるとまでいうことはできない。


 したがって,被告の主張はいずれも採用できない。


(4)以上のとおり,本件明細書における方法2に係る記載は,結晶性形態?を得るための諸因子の設定について当業者に過度の負担を強いるものというべきであって,実施可能要件を満たすものということはできない。


 もっとも,本件明細書には,本件審決が判断した方法2のほかにも,方法1及び3として,結晶性形態Iの具体的製造方法が開示されているところ,本件審決は,本件明細書の方法2について検討するのみで,本件明細書のその余の記載により実施可能要件を充足するか否かについて審理を尽くしていないものというほかない。


 よって,実施可能要件について更に審理を尽くさせるために,本件審決を取り消すのが相当である。』

 と判示されました。

 詳細は、本判決文を参照して下さい。