●昭和43(ワ)7003 商標権 民事訴訟「パーカー万年筆事件」

  先日、商標の並行輸入最高裁事件の「フレッドペリー事件」(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120726818352.pdf)を取上げましたが、真正商品の並行輸入事件といえば「パーカー万年筆事件」である『昭和43(ワ)7003 商標権 民事訴訟 昭和45年02月27日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/428F748532266D8249256A76002F8AE8.pdf)が有名ですので、本日は「パーカー事件」について紹介します。


 つまり、大阪地裁は、原告の行ったパーカー万年筆の真製品の並行輸入行為について、

『原告は、パーカー社によつて製造され、「PARKER」の商標を附して海外で拡布された万年筆等の指定商品を原告が輸入販売することは、なんら被告の右商標の専用使用権を侵害するものではない旨主張するに対し、被告はこれを争うので、以下この点について判断する。


(一) 本件登録商標の商標権者たるパーカー社は、米国に本社を有する有名な万年筆製造販売業者であつて、その製品に「PARKER」の商標を附した上世界各国の市場に輸出しており、右商標がパーカー社の製品に附される標識として世界的に著名な商標であることは公知の事実である。しかして、被告はカナダ国に本店を置き、東京都及び大阪市に営業所を設け、国際貿易、各種商品の製造販売を業としている外国会社であつて、パーカー社から日本における「PARKER」商標権につき専用使用権の設定を受け、昭和三九年以降その専用使用権者として現在に及んでいることは既述のとおり当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第八号証、日本において配布されているパーカー社作成にかかる宣伝パンフレツトであることにつき当事者間に争いのない検甲第一、二号証の各三、証人【B】の証言、原告代表者の供述、並びに右供述によつていずれもパーカー社の作成にかかる宣伝パンフレツトであつて、それぞれ米国と香港とにおいて配布されているものと認められる検甲第一、二号証の各一及び各二とを綜合すると、被告は日本において「PARKER」の商標を附した指定商品は全くこれを製造することなく、専ら、米国においてパーカー社により製造され且つ前記商標を附された完成品のパーカー万年筆その他の指定商品につきパーカー社から日本国における一手販売権を授与され、「パーカーペン日本総代理店」という肩書のもとにパーカー社製品の輸入販売を行なつているものであること、パーカー社が米国の市場で拡布している製品と、日本向けあるいは香港向けに輸出している製品とは、仕向け地の消費者の好みに応じた仕様の差異があるわけではなく、また、商品の性質上、保管取扱方法の如何による変質のおそれ等は常識的にまず考えられず、従つて、原告が香港経由で輸入しようとするパーカー社の製品と被告が米国から輸入している同社の製品とは、その品質において全く同一であつて、些かの差異もないものであることが認められる。


(二) 昭和四〇年条約第九号「工業所有権の保護に関する一八八三年三月二〇日のパリ条約」(以下単にパリ条約という)は、商標権についても、他の工業所有権と同様に属地主義、商標権独立の原則が支配することを認め、商標権は登録国ごとに互いに独占した存在であり、各別に譲渡または使用許諾ができることを一九三四年のロンドン改正において明らかにしている。


 商標権の独立性あるいは属地性の原則とは、外国商標権は内国における行為によつて、また内国商標権は外国における行為によつてそれぞれ侵害されることなく、また内国商標権は同一権利者によつて外国に登録された商標権の存続に依存することなく独立である趣旨に解されている。しかし、パリ条約が一九三四年のロンドン改正において第六条丁(リスボン改正により第六条(3)となる)の規定を設けて商標権属地主義の原則を確立した当時には、その頃の国際取引の実情に照らし本件のような問題の生ずることは予測されていなかつたと考えられるし、同条約が特許権については同条約第四条の二2の規定を設け、各国における特許権が独立であることは厳格に解釈すべきものとしながら、商標権については同旨の規定を設けなかつたことからみても、商標権の属地主義の原則がいかなる限度まで適用されるべきであるかは、同条約及びわが国の商標法上しかく自明のものではなく、この問題の解決のためには、商標保護の本質にさかのぼつて検討する必要があると考えられるのである。


 商標法は、その第一条において、「この法律は、商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もつて産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護することを目的とする。」と規定している。商標は、ある特定の営業主体の営業にかかる商品を表彰し、その出所の同一性を識別する作用を営むと共に、同一商標の附された商品の品位及び性質の同等性を保証する作用を営むものであり、商標法が商標権者に登録商標使用の独占的権利を与えているのは、第三者のなす指定商品又は類似商品についての同一又は類似商標の使用により当該登録商標の営む出所表示作用及び品質保証作用が阻害されるのを防止するにあるものと解される。


 商標法は、商標の出所識別及び品質保証の各機能を保護することを通じて、当該商標の使用により築き上げられた商標権者のグツドウイルを保護すると共に、流通秩序を維持し、需要者をして商品の出所の同一性を識別し、購買にあたつて選択を誤ることなく、自己の欲する一定の品質の商品の入手を可能ならしめ、需要者の利益を保護しようとするものである。


 右にみたように、商標保護の直接の対象は、商標の機能であり、これを保護することによつて窮極的には商標権者の利益のみならず公共の利益をあわせて保護しようとするもので、この点において、商標権は他の工業所有権と比べて極めて社会性、公益性の強い権利であるということができるのであつて登録主義の建前のもとでは、商標権が基本的には私的財産権の性質を有するとしても、その保護範囲は必然的に社会的な制約を受けることを免れないのは勿論であり、商標権属地主義の妥当する範囲も、商標保護の精神に照らし商標の機能に対する侵害の有無を重視して合理的に決定しなければならない。


 同一人が同一商標につき内国及び外国において登録を得ている場合に、外国において権利者により正当になされた商品の拡布による外国商標権の消耗は内国商標権についても同時に消耗の効果をもたらすと解し、これはパリ条約にいう商標権独立の原則とは関係がないとの見解に立つた裁判例がヨーロツパには相当数存し、原告は右理論を援用し、本件パーカー商品は、パーカー社が米国において、「PARKER」の商標を附して製造し、これを香港に輸出し、香港の取扱業者から同地のリリアンス・カンパニーに売り渡されたものであるから、右商品については、これに附された商標についての権利は、米国より香港に対する輸出の際に、又は少なくとも香港における取扱の際に消尽されたと主張するけれども、右の理論にはたやすく賛同することができない。


 しかし、権利者が商標権侵害を理由に第三者の行為を差止めるには、その行為が形式的に無権利者の行為であることのほか、実質的にも違法な行為であることが必要であると解すべきである。同一人が世界的に著名な商標につき、外国及び内国に登録を得ている場合に、第三者がその登録商標を附した商品を輸入する行為が実質的にも違法な行為であるかどうかを判断するに当つて、その商標が世界的に著名な商標であること、右商品が外国において権利者により製造され正当に商標が附されて譲渡されたものであるかなど、外国における事実ないし行為をしんしやくすることは、なんら商標権独立の原則にもとるものではないと解せられる。


(三) そこで、原告による真正パーカー商品の輸入販売行為が本件登録商標の機能及び関係諸利益にいかなる影響を及ぼすものであるかを次に検討する。


 現行商標法は商標権と営業とを不可分のものとせず、商標権につき専用使用権あるいは通常使用権の設定を認めているが、同一商標につき同一人が内国及び外国において商標権を有し、殊にその商標が本件「PARKER」商標のように世界的に著名な商標である場合には、商標権者が内国商標権につき専用使用権を設定するのは、殆んどの場合専用使用権者に対し外国において製造した商品の内国における一手販売権を与えるためのみの目的で行なわれるものであり、本件においてもその例外をなすものではないが、そのような場合には、当該著名商標によつて識別される商品の出所は、特別の事情のない限り右商品の生産源であつて、内国の販売源ではないと考えられる。

 既に明らかにしたとおり、被告は米国から商標権者たるパーカー社において「PARKER」なる商標を附した製品を輸入し、これを国内で販売しているだけであり、日本において「PARKER」の商標を附した指定商品を製造しているものではないし、わが国においては相当以前から「PARKER」の商標を附した万年筆といえば、右商標は専らパーカー社の製造販売にかかる舶来品の標識として需要者に認識されていたことは公知の事実であり、証人【B】の証言によると、被告は昭和三九年頃から大々的にパーカー万年筆、パーカーインク等のパーカー社製品の輸入を開始し、現在年間七〜八〇〇〇万円の費用を投じて同社製品の広告宣伝を行なつていることが認められるけれども、右の事実のみによつては、「PARKER」商標が日本における特定の輸入販売業者から出た商品の標識であることが国内の需要者の意識に浸透しているものとは未だ認めるに足りない。


 そうだとすれば、前述のように原告の輸入販売しようとするパーカー社の製品と被告の輸入販売するパーカー社の製品とは全く同一であつて、その間に品質上些かの差異もない以上、「PARKER」の商標の附された指定商品が原告によつて輸入販売されても、需要者に商品の出所品質について誤認混同を生ぜしめる危険は全く生じないのであつて、右商標の果す機能は少しも害されることがないというべきである。このように、右商標を附した商品に対する需要者の信頼が裏切られるおそれがないとすれば、少なくとも需要者の保護に欠けるところはないのみならず、商標権者たるパーカー社の業務上の信用その他営業上の利益も損なわれないことは自明であろう。


 また本件商標の如く世界的に著名な商標については、各国の需要者はその商標が内国の登録商標であるか外国のそれであるかを問題とせず、商標が製造元を表示する点を重視して当該商標の附された商品を購入するのが通常であり、被告が内国商標の専用使用権者として有する業務上の信用は、パーカー社が右商標の使用によつて築き上げたパーカー製品の世界市場における名声と表裏一体、不可分の関係にあつて、これとは別個の独立した存在であるとは解せられず、前顕検甲第一、二号証の各一ないし三、証人【B】の証言によつて窺われるつぎの事実、すなわち、パーカー社が、被告に対し商標専用使用権を設定した後においても、被告の日本においてなすパーカー製品の宣伝広告費用の六〇%を負担し、日本におけるパーカー製品の名声の保持に努め、且つ、米国及び香港において配布されている宣伝パンフレツトと言語、文字が異なるだけで文章の意味内容を同じくし、掲載写真、レイアウトその他の体裁はそつくりそのままの日本向け宣伝パンフレツトを米国において印刷したうえ、これを日本に送付して被告の手により配布させている事実は、被告の有する業務上の信用とパーカー社の有する業務上の信用とが一体不可分の関係にあることを裏付ける資料たるを失なわないのである。


 したがつて、原告のなす真正パーカー商品の輸入販売によつて、被告は内国市場の独占的支配を脅かされることはあつても、パーカー社の業務上の信用が損なわれることがない以上、被告の業務上の信用もまた損なわれないものというべく、むしろ、第三者による真正商品の輸入を認めるときは、国内における価格及びサービス等に関する公正な自由競争が生じ、需要者に利益がもたらせられることが考えられるほか、国際貿易が促進され、産業の発達が刺激されるという積極的利点があり、却つて商標法の目的にも適合する結果を生ずるのである。


 なお、原告のなす輸入販売が公正なる競業秩序を紊すものでないかどうかについて検討する。被告は昭和三九年頃から大々的にパーカー製品の輸入販売を始めたのであるが、パーカー製品の名声は夙に相当以前から国内にあまねく知れわたつていたし、原告代表者【A】は既に昭和三七年頃からその主宰する株式会社阿木商会によつて香港からパーカー製品を輸入し国内で販売してきたもので、昭和四〇年八月同会社を解散して原告会社を設立し、原告会社によつて事実上阿木商会の業務を継承してパーカー製品の輸入販売を続行しているものであることは従来説示したとおりである。このような経過に照らすと、原告が被告によるパーカー製品の宣伝活動の成果に只乗りして、不正競争の意図をもつてパーカー製品の輸入販売を企図したものとは認め難く、また右輸入の手段方法についても格別不公正な廉があるとも認められない。


(四) 以上検討したところを綜合して考察すると、原告のなす真正パーカー製品の輸入販売の行為は商標制度の趣旨目的に違背するものとは解せられず、被告の内国市場の独占的支配が脅かされるとの一事はこれをもつて原告の輸入販売行為を禁止すべき商標法上の実質的理由とはなし難い。畢竟、原告は形式的には本件登録商標につきなんらの使用の権限を有しないものであるが、同人のなす本件真正パーカー製品の輸入販売の行為は、商標保護の本質に照らし実質的には違法性を欠き、権利侵害を構成しないものというべきである。


 したがつて、原告の本訴請求中、原告のなす右輸入販売行為につき被告が差止請求権を有しないことの確認を求める部分は正当として認容すべきである。』

と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。


 追伸1;<新たに出された知財判決>

●『平成18(ワ)1806 損害賠償請求事件 不正競争 民事訴訟電解水生成器の形態」平成19年04月26日 大阪地方裁判所
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070427150336.pdf
●『平成18(ネ)10013 特許権侵害差止請求控訴事件 特許権民事訴訟「廃棄物の処理方法」平成19年04月25日 知的財産高等裁判所
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070427131803.pdf
●『平成17(行ケ)10770 審決取消請求事件 特許権行政訴訟「廃棄物の処理方法及びガス化及び熔融装置」平成19年04月25日 知的財産高等裁判所
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070427130834.pdf
●『平成17(行ケ)10769 審決取消請求事件 特許権行政訴訟「廃棄物の処理方法及びガス化及び熔融装置」平成19年04月25日 知的財産高等裁判所
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070427114008.pdf
●『平成17(行ケ)10700 審決取消請求事件 特許権行政訴訟「廃棄物の処理方法及びガス化及び熔融燃焼装置」 平成19年04月25日 知的財産高等裁判所
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070427113306.pdf
●『平成18(ネ)10048 特許権侵害差止請求控訴事件 特許権民事訴訟アンモニアサイクルと炭酸ガスサイクルとを組み合わせたヒートポンプシステム」 平成19年04月25日 知的財産高等裁判所
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070427112902.pdf


追伸2;<気になった記事>

●『公取委員会、知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針改定へ』
http://news.braina.com/2007/0429/enter_20070429_001____.html