●平成15(ワ)19733民事訴訟「アイスクリーム充填苺事件」

  本日は、『平成15(ワ)19733 特許権 民事訴訟「アイスクリーム充填苺事件」平成16年12月28日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/D402E4412BAC70154925701B000BA3DE.pdf)について紹介します。


 「アイスクリーム充填苺事件」は、機能的記載された特許発明の技術的範囲を、明細書(実施の形態)の記載に基づいて限定解釈した判決であり、機能的記載な請求の範囲の明細書を作成する上でも、かかる請求の範囲の技術的範囲を解釈する上でも、重要は判決ではないかと思います。


 本件特許発明の特許請求の範囲は、「芯のくり抜かれた新鮮な苺の中にアイスクリームが充填され、全体が冷凍されているアイスクリーム充填苺であって、該アイスクリームは,外側の苺が解凍された時点で、柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していることを特徴とするアイスクリーム充填苺」で、「外側の苺が解凍された時点で、柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有している」という機能的表現の解釈が争点となりました。


 判決では、「この機能的表現は、本件特許発明の目的そのものであり,かつ,「柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性」という文言は,本件特許発明におけるアイスクリーム充填苺の機能ないし作用効果を表現しているだけであって,本件特許発明の目的ないし効果を達成するために必要な具体的な構成を明らかにするものではない。


 このように,特許請求の範囲に記載された発明の構成が作用的,機能的な表現で記載されている場合において,当該機能ないし作用効果を果たし得る構成であれば,すべてその技術的範囲に含まれると解すると,明細書に開示されていない技術思想に属する構成までもが発明の技術的範囲に含まれ得ることとなり,出願人が発明した範囲を超えて特許権による保護を与える結果となりかねない。しかし,このような結果が生ずることは,特許権に基づく発明者の独占権は当該発明を公衆に対して開示することの代償として与えられるという特許法の理念に反することになる。

 したがって,特許請求の範囲が,上記のような作用的,機能的な表現で記載されている場合には,その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず,当該記載に加えて明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきものと解するのが相当である。」と指摘した上で、


 「本件特許発明の目的は,アイスクリーム充填苺について糖度の低い苺が解凍された時にも,苺の中に充填された糖度の高いアイスクリームが柔軟性と形態保持性を有することにあるところ,本件明細書においては,これを実施するために,通常のアイスクリームの成分以外に「寒天及びムース用安定剤」を添加することを明示し,それ以外の成分について何ら言及していない。さらに,寒天をアイスクリームに添加する点について,形態保持性を与えるだけの量の寒天を添加しただけではアイスクリームの食感が失われてしまうこと,アイスクリーム中の寒天の割合が0.1重量%未満であると,苺の解凍時にアイスクリームが流れ出るので好ましくなく,0.4重量%を超えるとアイスクリームの食感がプリプリとした弾力性が増し好ましくないこと(【0012】本件公報4欄19行ないし23行参照)を指摘し,ムース用安定剤を添加する点についても,ムース用安定剤が2.0重量%未満であると,寒天のプリプリ感を減殺する効果がなく,3.0重量%を超えるとアイスクリームが固くなり,クリーミー感がなくなること(【0014】本件公報4欄39行ないし43行参照)を指摘するなど,その用法について詳細な説明を施している。加えて,後記2(1)記載のとおり,「芯のくり抜かれた新鮮な苺の中にアイスクリームが充填され,全体が冷凍されているアイスクリーム充填苺」自体は,本件特許発明の特許出願前の平成5年に既に広く販売されて,公知であったことに照らせば,本件特許発明に進歩性を認めるとすれば,充填されている アイスクリームが「外側の苺が解凍された時点で,柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していること」を実現するに足りる技術事項を開示した点にあるというべきである。


 上記によれば,本件特許発明における「外側の苺が解凍された時点で,柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していることを特徴とする」アイスクリームに該当するためには,通常のアイスクリームの成分のほか,少なくとも「寒天及びムース用安定剤」を含有することが必要であると解するのが相当である。


 これに対して,被告製品は,前記(1)ウ(イ)に記載の工程を経て製造されるもので,その成分の構成は,別紙「苺アイス成分配合表」に記載のとおりであるから,その成分に「寒天及びムース用安定剤」が含まれていないことは明らかである。


 したがって,被告製品は,本件特許発明のアイスクリーム充填苺における「アイスクリームは,外側の苺が解凍された時点で柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していること」(構成要件b,c)を充足しないから,本件特許発明の技術的範囲に含まれない。


 なお,上記のように本件特許発明における「外側の苺が解凍された時点で,柔軟性を有し且つクリームが流れ出ない程度の形態保持性を有していることを特徴とする」アイスクリームについて,通常のアイスクリームの成分のほか,少なくとも「寒天及びムース用安定剤」を含有することを要するものと解釈しないのであれば,後記2(1)記載のとおり,本件特許発明は,特許法29条1項1号ないし2号に違反して特許された無効理由を有することになるというべきである。」

 と判示されています。


 判決文をコピーしたため長くなりましたが、要は、特許請求の範囲を機能的表現により広く記載して特許になっても、権利化後は、機能的、すなわち作用効果的な記載のみで構成が明確でない請求の範囲は、明細書中の記載を参酌してその作用効果を達成するために必要な構成を構成要件として特許発明の技術的範囲を判断する、ということだと思います。


 その意味で、・・・手段。・・・手段という表現は用いていませんが、米国特許法112条第6パラグラフのmeans plus functionクレームの解釈に類似しているような感も受けます。

 なお、機能的記載を請求の範囲を限定解釈した昔の有名判例として、「コインロッカー事件」や「磁気媒体リーダ事件」等があります。