●平成19(ワ)16025 損害賠償請求事件 特許権「調理レンジ事件」

 本日は、『平成19(ワ)16025 損害賠償請求事件 特許権 民事訴訟「調理レンジ事件」平成21年09月10日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090914161707.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許権に基づく損害賠償事件で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、特許請求の範囲の発明の構成が機能的,抽象的な表現で記載されている場合における特許発明の技術的範囲の解釈が参考になるかと思います。


 つまり、大阪地裁(第21民事部 裁判長裁判官 田中俊次、裁判官 北岡裕章、裁判官 山下隼人)は、


『1 争点1(被告製品は本件特許発明1の技術的範囲に属するか)について


 まず,被告製品が構成要件Cにいう「加減圧手段」を有し,同構成要件を充足するか否かについて検討する。

(1) 構成要件Cにいう「加減圧手段」の意義

ア 特許請求の範囲の記載

(ア) 特許請求の範囲第1項は,「レンジ室内を気密に保持し得るレンジ本体と,レンジ室に収容される調理材料を加熱する加熱手段と,レンジ室内と連通されレンジ室内の加圧及び減圧を繰り返す加減圧手段とを備えた調理レンジ。」というものである。


 上記記載によれば,本件特許発明1の調理レンジは「レンジ室内に収容される調理材料を加熱する加熱手段」と「レンジ室内と連通されレンジ室内の加圧及び減圧を繰り返す加減圧手段」とをそれぞれ備えているものとされている。

(イ) ところで,特許請求の範囲において,加減圧手段は,「レンジ室内と連通されレンジ室内の加圧及び減圧を繰り返す加減圧手段」というように,加減圧という作用,機能面に着眼して抽象的に記載されているだけであって,加減圧手段の具体的な構成は明らかにされていない。


 このように,特許請求の範囲の発明の構成が機能的,抽象的な表現で記載されている場合に,当該機能ないし作用効果を果たし得る構成がすべてその技術的範囲に含まれるとすれば,明細書に開示されていない技術的思想に属する構成までもが発明の技術的範囲に含まれることになりかねず,特許権に基づく独占権が当該特許発明を公衆に対して開示することの代償として与えられるという特許法の理念に反することになり,相当でない。


 そこで,本件特許発明1の技術的範囲を確定するに当たっては,本件明細書1の発明の詳細な説明及び図面を参酌し,そこに開示された加減圧手段に関する記載内容から当業者が実施し得る構成に限り,その技術的範囲に含まれると解するのが相当である。


イ 本件明細書1の記載

 本件明細書1には加減圧手段に関して以下の記載がある。


 ・・・省略・・・


 以上によれば,本件明細書1の発明の詳細な説明及び図面を参酌して,その記載内容等から当業者が実施し得る加減圧手段の構成は,ポンプ4のようなそれ自体の作動により加圧及び減圧を繰り返すことができるようなもの,すなわち,加熱手段によるレンジ室内の加熱に伴う圧力変化とは無関係にそれ自体の作動によりレンジ室内の加圧及び減圧を繰り返し行うものと解するのが相当である。


(イ) これに対し,原告A`は,本件明細書1に記載されている実施例に関して,調圧器5による気密室6内の圧力の調整である加減圧を行う場合及びポンプ4と調圧器5とを併用して気密室6内の圧力の調整(加減圧)を行う場合は,調圧器5が関与した消極的ないし受動的な動作態様を包含するから,本件特許発明1にいう加減圧手段とは,能動的であると受動的であるとを問わずレンジ室内の加減圧を繰り返すための手段を指すことは明白であると主張する。


 しかし,本件明細書1に記載されている調圧器5の構造,機能は上記のとおり明らかではなく,消極的ないし受働的な動作態様をもってレンジ室内を加減圧するという技術的思想が開示されているとはいえないから,原告A`の上記主張を採用することはできない。

(2) 構成要件Cの充足性

 以上のとおりの技術的範囲の解釈に従い,被告製品が構成要件Cを充足するか否かについて検討する。


 ・・・省略・・・


 そうすると,被告製品のマイコンは,圧縮バネ24の弁体23に対する付勢力を調整し,鍋5内の圧力の上昇及び減少に関与するものと認められるが,上記のとおり,鍋5内の圧力上昇は,あくまで誘導加熱コイルによる加熱によって発生した水蒸気に起因するものであるから,マイコン自体の構造で鍋5内の加熱に伴う圧力変化とは無関係に鍋5内の加圧及び減圧を行うものとはいえず,圧力センサ42及びマイコンも本件特許発明1にいう「加減圧手段」を構成するとは認められない。


オまとめ

 したがって,原告A`が主張する被告製品の?ないし?の構造を総合しても,被告製品は,加熱手段によるレンジ室内の加熱に伴う圧力変化とは無関係に,ポンプ4のようなそれ自体の作動によりレンジ室内の加圧及び減圧を繰り返し行う加減圧手段を備えているとはいえないから,構成要件Cを充足するとは認められない。


(3) 小括

 以上によれば,その余の構成要件充足性について判断するまでもなく,被告製品は本件特許発明1の技術的範囲に属するとは認められないから,被告製品を製造販売する被告の行為は本件特許権1を侵害するものとはいえない。』


 と判示されました。


  機能的記載のクレームの特許発明の技術的範囲について判示した特許事件としては、

●『平成15(ワ)19733 特許権 民事訴訟「アイスクリーム充填苺事件」平成16年12月28日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/D402E4412BAC70154925701B000BA3DE.pdf)


●『昭和50(ワ)2564 実用新案権 民事訴訟「貸しロッカー事件」昭和52年07月22日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/7AFF5138F57B06DF49256A76002F899E.pdf)


●『平成8(ワ)22124 実用新案権 民事訴訟「磁気媒体リーダ事件」平成10年12月22日判決 東京地方裁判所

 等が思い浮かびますが、明細書等の開示範囲以外には特許発明の技術的範囲の効力を及ぼさないと判示した、


●『平成18(ネ)10007 損害賠償請求控訴事件 特許権 民事訴訟 「図形表示装置及び方法事件」平成18年09月28日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060929110516.pdf

 等も思い浮かびました。


 詳細は、本判決文を参照してください。