●平成21(行ケ)10296審決取消請求事件 特許「赤身魚類の処理方法」

 本日は、『平成21(行ケ)10296 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟赤身魚類の処理方法」平成22年04月27日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100428101602.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許無効審決の取消しを求めた審決取消訴訟で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、特許法36条6項1号の明細書のサポート要件についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第1部 裁判長裁判官 塚原朋一、裁判官 東海林保、裁判官 矢口俊哉)は、

『1 特許法36条6項1号所定の要件について

(1) 特許法36条6項は,その柱書きにおいて「第2項の特許請求の範囲の記載は,次の各号に適合するものでなければならない。」とし,その第1号において,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定している(以下「サポート要件」ともいう。)。

 そして,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり,サポート要件の存在は,特許出願人又は特許権者が証明責任を負うと解するのが相当である。


(2) そこで,本件特許に係る特許請求の範囲の記載(甲36参照)が,明細書のサポート要件に適合するか否かにつき,以下検討する。

 なお,本件特許発明2は,本件特許発明1におけるパック収納工程の前に,捕獲した魚類をそのまま急速冷凍する旨の発明で,本件特許発明3は,本件特許発明1ないし2におけるパック収納工程において,パック内にトレーないしシートを入れる旨の発明であり,いずれも,その本質において本件特許発明1と同じである。


2 本件特許発明に係る明細書(甲36)の記載


 ・・・省略・・・


3 本件特許に係るサポート要件の充足の有無について

(1) 前記2のとおり,本件特許の特許請求の範囲に記載された発明は,赤身魚類の魚肉を,本件特許に係る特許請求の範囲の請求項1に記載された一連の工程に付することにより,「消費者にそのままで提供できる形態に切断した赤身魚であっても,長期間経過しても鮮度,色合い,食慾などが変わることがなく,また冷凍した魚肉を解凍しても組織や細胞が分解したり変化,変性することがなく,また色素が変化しないので黒ずんだような変色をすることがなく,生の魚とほとんど同様の外観と食感を供することができ,しかも解凍後に平均10℃以下の冷蔵庫に長期間(3〜5日程度)保存しておいても組織,細胞や色彩が変化したり変性することがなくて弾力性があって本来の色彩を有する肉質を維持するので,著しく商品価値の高いものにする」との課題を解決し得たとされるものである。


 まず,本件特許発明が,発明の詳細な説明の記載内容にかかわらず,当業者が,出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものかどうかを検討するに,本件での全証拠を精査してもなお,本件特許発明につき,当業者が,その出願時の技術常識に照らし,赤身魚類の魚肉を上記一連の工程に付することにより,上記課題を解決できると認識できる範囲のものであると認めることはできない。


 したがって,本件特許に係る特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するためには,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,同発明の詳細な説明の記載により当業者が上記課題を解決できると認識できる範囲のものであることが必要である。


(2) 本件特許に係る明細書(甲36)の発明の詳細な説明には,赤身魚類の魚肉を上記一連の工程に付することにより上記のような課題を解決し得ることを明らかにするに足る理論的な説明の記載はない。


 また,発明の詳細な説明において実施例とされる記載のうち,実施例1では,ガスの充填工程で用いる炭酸ガスと酸素ガスの比率につき,それぞれ「20〜50容積%」,「50〜80容積%」という範囲で表記するのみで,具体的な容積%を特定して開示しておらず,低温処理工程での温度と時間も,「5〜10℃」で「30分〜3時間」という範囲で表記するのみで,具体的な温度と時間を特定して開示しておらず,いずれも特許請求の範囲の記載を引き写したにすぎないとも解されるものである(段落【0017】及び【0020】参照)。そして,実施例2及び3では,ガスの充填工程及び低温処理工程に関する実施例1の上記記載を引用するのみであり(段落【0023】【0034】【0035】参照),実施例4では,ガスの充填工程に関しては,「70容積%の酸素ガスと30容積%の炭酸ガス」(図1,図3に関するもの)との記載があるものの,低温処理工程が実施されたとの記載はない(段落【0036】【0038】参照)。


 そうすれば,上記発明の詳細な説明において実施例とされた記載のうち,実施例1ないし3は,ガスの充填工程及び低温処理工程のいずれについても,実際の実験結果を伴う実施例の記載とはいえず,実施例4についても,低温処理工程については,実際の実験結果を伴う実施例の記載であるとはいえず,実施例1ないし4以外に,実施例の記載と評価し得る記載もない。


 このように,本件においては,前記一連の工程に該当する具体的な実験条件及び前記課題を解決したことを示す実験結果を伴う実施例の記載に基づき,前記課題が解決できることが明らかにされていない。以上からすれば,特許請求の範囲に記載された本件特許発明は,明細書の発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が前記課題を解決できると認識できる範囲のものではなく,明細書のサポート要件に適合するとはいえない。


(3) 原告は,本件特許発明の赤身魚類は,生身のものであり,色々な種類や条件によって異なるため,工業製品と同様なサポート要件を充たすことができず,先願主義下での出願であることをも考慮すれば,本件特許発明は,明細書の発明の詳細な説明に発明の課題が解決できる程度の記載はされており,サポート要件を充たすと解すべき旨主張する。


 しかし,本件特許発明の赤身魚類が生身のものであって,かつ,本件特許の出願が先願主義下の出願であることを前提としても,ガスの充填工程で用いる炭酸ガスと酸素ガスの比率や,低温処理工程での温度と時間は,実験を行うに際して必然的に特定の数値に設定するものであり,かつ,その数値を明細書に記載すること自体に技術的困難性は全くない。


 そして,これらの実際の数値を開示した実施例の記載のない明細書は,技術文献としての客観性を欠き,これに接した当業者は,特許請求の範囲に記載された発明が前記課題を解決できるものとは認識できないというべきである。

(4) このほか,原告は,本件特許発明の赤身魚類の処理方法は,所定の数値限定の範囲において,マグロが保存,食感,味覚,解凍時の色彩の点で効果を奏すること等が公的機関の証明書により証明されている旨主張する。

 明細書において,「公的機関」への言及があるのは実施例4のみであることからすれば,原告の上記主張は,実施例4の記載に基づくものと解されるが,前記(2)のとおり,実施例4の魚肉については,低温処理工程が施されたとの記載がないため,同実施例の記載によって,本件特許発明の課題が解決されたことが示されているとみることはできない。


4 以上のとおり,本件特許は,特許法36条6項1号所定の明細書のサポート要件を充たしていないから,これと同旨の審決に誤りはなく,原告の請求は棄却を免れない。』

 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。