●平成18(ワ)15425等 特許権差止請求権不存在確認請求事件 「害虫

  今日は、先日報道された大日本除虫菊会社とアース製薬株式会社との特許係争事件である『平成18(ワ)15425等 特許権差止請求権不存在確認請求事件 特許権 民事訴訟「害虫防除装置」 平成19年03月20日 東京地方裁判所 』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070322165748.pdf
について紹介します。


 本件は、判決文の「事案の概要」に記載されているように、

『本件は「KINCHO」の表示を用いて,「カトリス」の商品名を有する害虫防除用器具(原告器具,9種類)及び同器具の各取り替えカートリッジ(原告カートリッジ,8種類)を製造・販売する原告が,害虫防除装置に関する特許権を有する被告に対し,原告各製品の製造販売が同特許権を侵害する旨の告知,流布行為の中止を求め(本訴),被告が,原告に対し,上記特許権に基づき,原告各製品の製造,販売の差止め及び廃棄を求めた(反訴)』

事案で、原告の本訴請求及び被告の反訴請求ともに棄却された事案です。



 今日は、まず、判決文の最初に書かれている、本件特許が進歩性を有するかについて紹介すると、この点につき、東京地裁(第46部 設樂隆一裁判長裁判官)は、


『1 本件特許が公開特許公報WO96/04786(甲6)に記載された発明に周知技術を組み合わせて当業者が容易に発明することができたものといえるか(争点3。)

(1) 甲6によれば,甲6公報には次の記載がある。

・・・

(2) 以上によれば,甲6公報には,原告主張のA1’ないしD’の構成を有する甲6発明が開示されており,甲6発明と本件特許発明は,原告主張のとおり次の三つの相違点を有することが認められる。(この点については当事者間に争いがない。)

(i)本件特許発明では無負荷時における直流モータの消費電力が25mA以下であるが(構成要件A4 ,甲6発明では無負荷時における直流モータ)の消費電力が記載されていないこと(相違点1)

(ii) 本件特許発明ではファンの重量が30gよりも軽量であるが(構成要件B ,甲6発明ではファンの重量が記載されていないこと(相違点2))

(iii)本件特許発明では排気される風量が0.2リットル/sec〜6リットル/secであるが(構成要件C ,甲6発明では排気風量が明示されていないこと(相違点3))


(3) 相違点1(無負荷時の消費電流量)について

アそもそも,駆動装置において消費エネルギーの低減は,一般的な課題であるところ,モータで駆動する装置においては無負荷時の消費電流量が小さいほど消費エネルギーが低減されていることは明らかであるから,甲6発明の装置において,所定の風量を確保できる範囲内において,無負荷時の消費電流量を所定の数値以下とすることは当業者が適宜行い得ることである。


また,以下に述べるとおり,本件特許発明と同じ乾電池によって小型のファンを駆動させることにより薬剤を拡散する害虫防除装置において,電圧3Vで無負荷時の消費電流量を6mAとするモータを採用する実施態様が,本件特許出願前に公開された特許公報に記載されている。


イ 甲7の1によれば,「揮散性薬剤の拡散方法及びそれに用いる薬剤拡散用材」に関して平成5年3月23日に公開された特開平5−68459公報(甲7公報)には次の記載がある。

・・・

エ 前記イ及びウによれば,甲7公報には,揮散性薬剤を保持したファンを駆動させて揮散性薬剤を拡散させる害虫防除装置が記載されており,当該ファンは乾電池などで動く小型モータにより駆動されるものであること,及び,その実施例として,ファンを駆動させるモータに甲7モータを採用する例が記載されていることが認められる。そして,甲7モータは,電圧3Vで,無負荷時の消費電流量は6mAであることが認められる。


 そうすると,本件特許出願前に公開された甲7公報により,小型のファンの駆動により,薬剤を気中に拡散させるタイプの害虫防除装置に用いられるファンを,直流電圧3Vで,無負荷時の消費電流量が25mA以下の直流モータで駆動する技術は公知であったと認められる。


オ 甲6発明に甲7モータを組み合わせて相違点1にかかる構成に想到することの容易性について


 前記のとおり,そもそも,所定の風量を確保できる範囲内において,無負荷時の消費電流量を所定の数値以下とすることは,当業者が適宜なし得ることである。


 また,甲6発明と甲7発明は,いずれも乾電池によって小型のファンを駆動させることにより薬剤を拡散する害虫防除装置に関する発明であり,いずれも通常の家屋の居室に対して500ないし10000rpmの回転数のモータによりファンを回転させて送風することを推奨しているまた両者は同じ動力源により,同様の大きさのファンを同程度の回転数で駆動させるものである。そして,甲7公報は害虫防除装置のファンを駆動するためのモータの一例として甲7モータを記載しているのであるから,同じくファンを用いた害虫防除装置である甲6発明においてファンを駆動するためのモータとして,電圧3Vで無負荷時の消費電流量が6mAである甲7モータを採用し,本件特許発明の相違点1にかかる構成(無負荷時の直流モータの消費電力を25mA以下とすること)に想到することは容易であるといえる。


 被告は,モータには数多くの種類があることを指摘する。しかし,甲7モータはカタログに記載されるほど汎用のモータである。甲7公報において,種々のモータの中から甲7モータが実施例として選択され記載されているのであるから,モータの種類が多いからといって甲6発明に甲7モータを採用することが容易ではないということはできない。また,甲7公報には甲7モータ以外のモータも記載されているが,このことから,甲6発明に甲7モータを採用することが容易ではないということはできない。


(4) 相違点2(ファンの重量)について

ア 前記のとおり,そもそも,駆動装置において消費エネルギーの低減は,一般的な課題であるところ,ファンをモータで駆動して送風する装置においては,ファンの重量が軽いほど消費エネルギーが低減されていることは明らかであるから,所定の風量を確保できる範囲内において,甲6発明の装置においてファンの重量を所定の数値以下とすることは当業者が適宜行い得ることである。


 また,以下に述べるとおり,本件特許発明と同じ乾電池によって小型のファンを駆動させることにより薬剤を拡散する害虫防除装置において,ファンの重量を30g以下とする実施態様が,本件特許出願前に公開された特許公報に記載されている。


イ 甲7の1によれば,甲7公報には,上記(3)アに記載したほか,次のような記載がある。

・・・

ウ 前記イによれば,甲7公報には,揮散性薬剤を保持したファンを駆動させて揮散性薬剤を拡散させる害虫防除装置が記載されており,実施例として直径74mm以下のファンを採用する複数の例実施例1 3及び6が記載されている。このうち一つの例においては当該ファンの重量が5.3gであることが記載されている(実施例6) 。また,別の例では,中心部材に4枚のブレード(羽根)を折り付けたファンを採用したことが記載されており,かつ,当該ブレードの重量が合計1.7973gであることが記載されている(実施例3)。


 そうすると,甲7公報には,揮散性薬剤を保持したファンを駆動させて揮散性薬剤を拡散させる害虫防除装置において,直径74mm以下で,かつ,重量が30gよりも軽量のファンを用いる技術が開示されているといえる。


 なお,甲7発明は,ファンと薬剤保持材を一体として回転させる構成を採用した発明である。この場合には,ファンの重量が開示されるのみでは足りずファンと薬剤保持材を併せた直径と重量が記載されていなければ,本件特許発明の構成要件Bの構成が開示されているとはいえないのではないかとの疑問も生じ得る。


 しかし,仮に,本件特許発明において,ファンと薬剤保持材が一体をなして回転する場合には,ファンと薬剤保持材の双方の直径及び重量が構成要件Bの数値範囲を満たしていなければならないものと解釈したとしても,甲7公報の図1には薬剤袋をファンの内側に設置する構成が開示されているから,薬剤保持材とファンとを一体とした上で,上記直径の数値範囲内とする技術は開示されているといえる。また,重量については,甲7公報の図5ないし図7には薬剤を封入した封入体重量について揮散前の状態で最大で8 5gから2 0g以下の実施例が記載されていることから甲7公報に記載された実施例3及び6においてはファンと薬剤保持材(封入体)の重量を合計しても30g以下になることは明らかである。したがって,甲7公報には,揮散性薬剤を保持したファンを駆動させて揮散性薬剤を拡散させる害虫防除装置において,ファンと薬剤保持材を併せても直径74mm以下で,かつ,重量が30gよりも軽量となる技術が開示されているといえる。


エ 甲6発明に甲7発明を組み合せて相違点2にかかる構成に想到することの容易性について


 前記のとおり,そもそも,所定の風量を確保できる範囲内において,ファンの重量を所定の数値以下とすることは当業者が適宜なし得ることである。


 また,甲6発明と甲7発明は,いずれも乾電池で動く,小型のファンの駆動により薬剤を拡散する害虫防除装置に関する発明であり,上記のとおり,いずれも通常の家屋の居室に対して500ないし10000rpmの回転数のモータによりファンを回転させて送風することを推奨している。


 そして,甲7公報は害虫防除装置に用いるファンとして上記各実施例のファンを記載しているのであるから,同じく害虫防除装置の甲6発明において当該ファンを採用し,相違点2にかかる構成(ファンの重量を30gよりも軽量とすること)に想到することは当業者にとって容易であるといえる。


(5) 相違点3(排気風量)について

ア そもそも,どの程度の排気風量を確保するかは,当該装置の目的とする害虫防除効果の強弱に応じて当業者が適宜設定できる事項である。当業者は,装置の目的に応じて排気風量を設定した上で,当該排気風量を実現するために装置の構成を決定するのが通常である(装置の構成の決定においては,当該排気風量を実現できる範囲内で可能な限り消費エネルギー量を低減させるために,モータの無負荷時における消費電流量を低減させ,ファンの重量を軽減しようとすることは当業者が適宜なし得ることであることは,前記のとおりである。)。


 また,以下に述べるとおり,本件特許発明と同じ乾電池によって小型のファンを駆動させることにより薬剤を拡散する害虫防除装置において,排気風量を0 2リットル/sec〜6リットル/secとする実施態様が本件特許出願前に公開された特許公報に示唆されている。

イ 甲8によれば「ファン式殺虫・防虫方法」に関して,平成7年5月2日に公開された特開平7−111850公報(甲8公報)には,次のような記載がある(以下,甲8公報に記載された発明を「甲8発明」という。)。

・・・

ウ 前記イによれば,甲8公報には,ファン式殺虫・防虫機器において起動中の薬剤保持材を通過する空気量が1.47リットル/secである実施例が記載されていることが認められる。


エ 甲6発明に甲8発明を組み合せて相違点3にかかる構成に想到することの容易性について

 甲6発明と甲8発明は,いずれも乾電池で動く小型のファンの駆動により薬剤を拡散する害虫防除装置に関する発明であり,いずれも通常の家屋の居室程度の空間に対する使用を前提としている(甲8公報にも,上記のとおり,家屋の居室内での使用を前提とした記載がある。)。そして,甲8発明は,均質な送風により,乾電池で長時間使用可能で,かつ安定して十分な揮散を実現することを目的として,薬剤保持材に風を当てる際に,薬剤保持材を通過する風量が1.47リットル/secになるようにする構成を開示している。また,甲6公報においても,前記のとおり,ファン式害虫防除用装置を30日という長期間にわたり安定して送風することが記載されている。このように,通常の家屋の居室程度の空間に対し,乾電池で長時間使用可能で,かつ安定して十分な揮散を実現することは,送風による害虫防除装置にかかる両発明に共通する課題であるから,甲6発明において薬剤保持材を通過する風量を1.47リットル/secとすることは当業者が適宜採用し得る設計的事項の範囲内のものといえる。なお,この点に関連して,被告は,甲8発明でいう「長時間使用可能」とは,薬剤の有効成分が残留したままで揮散しなくなったりしないという意味である旨主張する。しかし,薬剤の有効成分が残留したままで揮散しなくなったりしないようにすることも,甲6発明においても共通する課題であることに変わりはない。


 そして,チャンバ内において薬剤保持材に風を当て,これによって薬剤を揮発させ,かつ,排気口を通じて揮発した薬剤をチャンバ外に拡散させる装置においては,薬剤保持材を通過する空気を効率よくチャンバ外に拡散して十分な害虫防除効果が得られることを目的としているのであるから,薬剤保持材を通過する空気量は,排気口から排気される風量より若干大きいとしても,概ね等しいものといえる。


 そうすると,甲6発明に甲8発明を組み合せて,甲6発明において薬剤保持材を通過する風量を1.47リットル/secとすることは当業者にとって容易であり,かつ,薬剤保持材を通過する風量を1.47リットル/secとした場合には,排気口から排気される風量が1.47リットル/secに近い値,すなわち,少なくとも0.2リットル/sec〜6リットル/secの範囲内の値になることは明らかである。


 したがって甲6発明に甲8発明を組み合せて相違点3にかかる構成排気口の排気風量を,(0.2リットル/sec〜6リットル/sec)に想到することは,当業者にとって容易であるといえる。


(6) 三つの相違点をすべて組み合わせることの容易性について

 被告は,甲6発明について,個々の相違点を甲7発明,甲7モータないし甲8発明と組み合せることによって解消することが容易であったとしても,消費電力を極力抑え,かつ,所定の風力を確保するという二つの要請を調整するという課題を解決するために,上記三つの事項に着目してその範囲を限定したところに本件特許発明の進歩性があるところ,そのような構成を採用することは当業者にとって容易ではない旨主張するので,この点について判断する。


 甲6発明と甲7発明は,いずれも乾電池で動く小型のファンの駆動により薬剤を拡散する害虫防除装置に関する発明であり,いずれも通常の家屋の居室に対して500ないし10000rpm の回転数のモータによりファンを回転させて送風することを推奨するものであるから,甲6発明におけるモータ及びファンとして,甲7公報に記載された無負荷時の消費電流量の直流モータ及び甲7公報に記載された重量のファンを採用することが容易であることは前記のとおりである。また,甲8発明も,乾電池で動く小型のファンの駆動により薬剤を拡散する害虫防除装置に関する発明であり,通常の家屋の居室程度の空間に対する使用を前提としているものであるから,甲6発明において,甲8公報に記載された通気風量のファンを採用することも容易であることは前記のとおりである。


 そして,甲6公報の前記各記載(例えば「害虫防除成分を含む薬剤を担体に保持した薬剤保持剤に気体を送風する手段としては,電池で駆動することができる簡単なファンのようなものでも良いが,送風を開始した直後から,30日後といった長期間にわたり,安定して一定濃度の薬剤をリリースさせるに適する送風方法などを挙げることができる(11頁12行ないし15行),「実際の使用についてみてみると,通常の家屋の居室程度の空間に対しては小型の送風機を使用すれば十分に足りるものである。具体的には,ファンの回転数としては500から10000rpm程度であればよく・,・・上記の居室程度の空間に対しては,太陽電池二次電池,乾電池などで動く小型のモーターにより駆動する程度のファンを使用しても効果は十分に奏するものである。」(19頁19行ないし25行等の記載),甲7公報の前記各記載(例えば「本発明は,揮散性薬剤を保持した揮散用材を駆動させると,その揮散が著しく増大することを見出すことによってなされたものであって,下記の手段によって,上記の目的を達成した。」【0005】)及び甲8公報の前記記載(例えば「本発明は,均質な送風を達成すると共に均質な送風ができないため失われていた経済性を回復しようとするものであり,乾電池で長時間使用が可能で,かつ安定して十分な揮散ができるファン式殺虫・防虫方法を提供するものである。」【0004】)からすれば,このような小型の送風機により薬剤を拡散する害虫防除装置においては,長期間持続して使用できるように消費電力を抑えること,及び,通常の家屋の居室において害虫防除の効果を奏し得る程度に所定の風力を確保するという二つの要請を調整するという課題は,一般的な課題であるということができる。


  そうすると,甲6公報において,長期間継続して使用できるように消費電力を極力抑えること,及び,通常の家屋の居室において害虫防除の効果を奏し得る程度に所定の風力を確保するという二つの要請を調整するという上記一般的課題を解決するために,同じく乾電池で動く小型のファンの駆動により薬剤を拡散する害虫防除装置である甲8発明で採用された風量に設定した上,同じく乾電池で動く小型のファンの駆動により薬剤を拡散する害虫防除装置である甲7発明及び甲8発明におけるモータ及びファンを組み合せて,無負荷時のモータの消費電流量,ファンの重量,ファンの排気口の風量の三つの事項についてその数値範囲を定めることは,当業者が容易になし得たことであるというべきであり,本件特許発明におけるこれらの数値範囲について,特段の臨界的意義があるとは到底認められない。


 また,本件特許発明によって奏される効果のうち,設置場所の制約を受けない点,加熱を要しない点については甲6発明において既に実現されていた効果であり,電池駆動により十分な薬剤拡散量及び長時間運転が可能となり経済性を向上させる点についても,前記1(1)エに記載されているとおり,甲6発明において既に実現されていたものであって,本件特許発明によって従来にない顕著な効果が実現されたということもない。


(7) 小括

 以上によれば,本件特許発明は,当業者が,本件特許出願前に日本において公然知られた発明である甲6発明,甲7発明及び甲8発明に基づいて容易に発明をすることができたものといえるから,本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものと認められる(特許法29条2項,123条1項2号)。したがって,被告は,原告に対し,本件特許権を行使することができない(特許法104条の3第1項。)  』

と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。


 なお、原告の本訴請求に係る争点である「甲14文書の配布行為ないし本件情報提供行為が不正競争防止法2条1項14号の虚偽事実の告知,流布行為に当たるか(争点5)。」については、明日、紹介します。