●平成18(ワ)8836 不当利得金返還請求事件 特許権「太陽電池装置」

 本日は、『平成18(ワ)8836 不当利得金返還請求事件 特許権 民事訴訟太陽電池装置」平成20年02月18日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080219143647.pdf)について取り上げます。


 本件は、原告の製品等が被告の特許権の技術的範囲に属すると誤認して通常実施権許諾契約を締結したが、実際には抵触していなかったことを前提とし,同契約は(i)被告が虚偽の説明をしたため誤認したことにより締結したものであるから詐欺により取り消した,(ii)要素の錯誤により無効である,として同契約により通常実施料及び経常実施料として支払った金額の不当利得金返還及びこれに対する遅延損害金支払を請求し、棄却された事案です。


 つまり、大阪地裁(第26民事部 裁判長裁判官 山田知司、裁判官 高松宏之、裁判官 村上誠子)は、

1 争点(1)(詐欺)について

 本件全証拠によっても,被告ないしP3において,本件特許権の通常実施権許諾契約をするについての商取引のセールストークとして許容される限度を超えた「虚偽の説明」をしたと認めることはできない。その理由は次のとおりである。


(1) 事業者の調査義務

 特許権者,専用実施権者(以下「特許権者等」という。)から特許権の通常実施権等の許諾を受けるのは,許諾なく特許権を侵害する製品を製造販売する事業を行った場合,差止請求や損害賠償請求を受けるため,これを避ける必要があるからである。そして,特許権を侵害する行為については過失が推定されるから(特許法103条),特許権を侵害するか否かについての調査は,上記推定を覆すに足りる程度に行わなければならない。


 したがって,ある製品を製造販売する事業を行おうとする事業者には,特許公報等の資料を検討し,その製品と特許権との抵触関係(侵害するか否か)を判断して,特許権者等からの許諾を受けるか否かを決定することが求められているというべきである。


 証拠(甲2)によれば,本件特許公報を検討すれば,本件発明に係る技術分野の製品を製造販売する事業を行おうとする事業者として普通の知識を持つ者であれば,本件特許が「周囲の照度が設定値を越える場合には前記太陽電池からの電力を前記電気二重層コンデンサに充電し,周囲の照度が設定値以下の場合には前記電気二重層コンデンサに蓄積された電力を負荷に供給して毎日充放電を繰り返すという制御を前記太陽電池の出力を検出することに基づいて行う負荷制御回路」を用いて電圧方式による制御をするものであることを容易に知ることができることが認められる。


(2) 原告らの立場

 弁論の全趣旨によれば,原告サンライトは,本件契約1の当時は有限会社であって,太陽電池を利用した電気機器の販売等を業としていた者であること,原告マルフクは,清涼飲料水等の製造販売を業とする株式会社であったが,本件契約2に際して,照明器具の研究開発を目的に追加したことが認められる。そして,原告らは,太陽電池を利用した電気機器を製造販売する事業を今後行おうとしていたのであるから,原告サンライトは本件契約1の当時において,原告マルフクは本件契約2の当時において,いずれも商人であって,かつ「ある製品を製造販売する事業を行おうとする事業者」であった。


(3) 本件契約1と本件放送及びP3の言動について

 証拠(甲15)によれば,本件放送には,本件特許を紹介するとともに,P1教授が「太陽電池と電気二重層コンデンサを組み合わせたものが特許だ」「コンデンサ太陽電池で発電した電気を蓄えるのが特許だ」と説明している映像や,「この基本特許を管理しているのがP3さんです。」「本件特許について外国から多くの引き合いがある。」「日本の業界の団体が二十数億円で本件特許の権利を取得した。」との内容の映像が含まれていることが認められる。また,P6は,P3が本件放送の録画をP6に見せた後「このとおりである」旨述べたと供述し,甲第17,第18号証には,P3が「本件特許は世界に2つとない基本特許である」旨述べていたとの記載がある。


 しかし,証拠(甲15)によれば,本件放送(ニュースステーション)は,ごく限られた時間枠の範囲内で一般大衆向けに作られて放送されているものにすぎず,太陽電池装置のメーカーに対する正確な技術的説明でないことが明らかである。

 したがって,特許権者側が,本件放送の録画を見せ,「このとおりである」「本件特許は世界に2つとない基本特許である」旨述べたとしても,「ある製品を製造販売する事業を行おうとする事業者」としては,それは本件特許が素晴らしいものである旨を特許権者が宣伝している趣旨であって,技術的な判断は,自ら特許公報等の資料により検討した結果によるべきであると理解すべきものである。換言すれば,本件放送の内容及びP3の上記言動は,事業者が特許公報等の資料を検討して本件特許の技術内容を判断するに当たり,技術的範囲の判断を誤らせたり,内容を誤認させたりするようなものということはできない。


 まして,証拠(乙11,P6・36〜37頁)によれば,P3は,技術的なバックグランドがなく,非常に大雑把な人であり,そのことはP3と10分も話をすれば分かることであって,P6もP3に技術的なバックグランドがないことは認識していることが認められるから,「ある製品を製造販売する事業を行おうとする事業者」の代表者であるP6としては,P3が見せた本件放送の録画やその言辞によるのではなく,特許公報等の資料を検討した結果によるべきであることは,なおさら容易に認識できるところである。


 P6は,P3から「本件特許がなかったら商品はできないというような言い方をされた」「まあ言われたんやないかと思う」と供述する。上記供述は,内容自体曖昧であるうえ裏付けを欠くものであって採用できないが,仮にP3において,P6との会話のやりとりの中でそういう言葉を発したとしても,以上に述べたことからすれば,セールストークとして許容される限度を超えた「虚偽の説明」ということはできない。なお,原告らは,P3において原告らが,「太陽電池と電気二重層コンデンサを利用する太陽電池装置はすべて本件特許に抵触する」と誤認していることを知っていたと主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。また,前記第2の1(8)ア記載の本件特許の査定に至る経緯も,以上の認定を左右するものではない。


 また,P6は,原告サンライトは,本件契約1締結に当たり,本件特許公報を見ていないと供述する。1000万円以上の金員を支払って特許権実施許諾契約を締結するに当たり特許公報すら見ないというのは不自然であるけれども,仮にそうであるとしても,原告サンライトが「ある製品を製造販売する事業を行おうとする事業者」であることに照らし,被告側において原告サンライトが本件特許公報を見ることを妨げた等の特段の事情のない本件においては,以上の認定を左右するに足りるものではない。


(4) 本件契約2と本件放送及びP3の言動について

 本件契約2についても,上記(3)と同様であって,被告ないしP3において,セールストークとして許容される限度を超えた「虚偽の説明」をしたとすることはできないし,他にこれを認めるに足りる証拠はない。


2 争点(2)(錯誤)について

(1) 要素の錯誤について

 原告らにおいて,「太陽エネルギーを利用した発光機器を製造販売するには本件特許の実施許諾を得ることが不可欠,太陽電池と電気二重層コンデンサを利用する太陽電池装置はすべて本件特許に抵触する」との錯誤に陥っていたとしても,それは動機の錯誤であってそのことを被告に表示し,これを前提として本件契約1,2が締結されたものでなければ,要素の錯誤とすることはできない。


 ところが,特許権者側が,本件放送を見せ,「このとおりである」として「本件特許は世界に2つとない基本特許である」旨述べたとしても,「ある製品を製造販売する事業を行おうとする事業者」としては,本件特許が素晴らしいものである旨を特許権者が宣伝している趣旨であって,技術的な判断は,自ら特許公報等の資料により検討した結果によるべきであると理解すべきものであることは前示のとおりである。また,P6は,P3から「本件特許がなかったら商品はできないというような言い方をされた」「まあ言われたんやないかと思う」と供述するが(上記供述は裏付けを欠くものであって採用できないものの),仮にP3において,P6との会話のやりとりの中でそういう言葉を発したとしても,セールストークとして許容される限度を超えたものということはできないことも前示のとおりである。


 そうだとすると,P3のこれらの言動を前提としても,そのことだけで,本件契約1,2の締結において,原告らが「太陽エネルギーを利用した発光機器を製造販売するには本件特許の実施許諾を得ることが不可欠,太陽電池と電気二重層コンデンサを利用する太陽電池装置はすべて本件特許に抵触する」と認識している旨の表示をし,これが前提となっていると評価することはできない。他に,原告らが,原告ら主張の錯誤に係る認識を表示し,これが前提となって本件契約1,2が締結されたと認めるに足りる証拠はない。


 よって,原告らの錯誤の主張は,これを契約の要素とすることができないから理由がない。

(2) 原告らの重過失について

 ある製品を製造販売する事業を行おうとする事業者には,特許公報等の資料を検討し,その製品と特許権との抵触関係を判断して,特許権者等からの許諾を受けるか否かを決定することが求められていることは前示のとおりである。この時の注意義務は,我が国において有効なあらゆる特許を対象として調査し,その製品とそれらの特許権との抵触関係を判断すべき義務であって,非常に広範囲に及んでいる。


 他方,特定の特許権の通常実施権許諾契約を締結しようとする場合には,特許権はすでに特定されており,当該特許権についてだけ調査判断すれば足り,極めて容易に行えることである。そして,本件特許公報を読めば,太陽電池と電気二重層コンデンサを利用する太陽電池装置はすべて本件特許に抵触するわけではないことは容易に認識できるのであるから,この認識をしなかったことについて,原告らには事業者としての重大な過失がある。したがって,原告らの錯誤の主張は,重過失に基づくものとして許されないから理由がない。


3 結論

 以上の次第で,原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。