●平成17(行ケ)10796 審決取消訴訟「機械室レスエレベータ装置事件」

  今日は、『平成17(行ケ)10796 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「機械室レスエレベータ装置事件」平成18年11月30日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061201140553.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許無効の棄却審決の取消しを求めた審決取消し訴訟で、知財高裁は、本件分割出願に係る「機械室レスエレベータ装置」の訂正発明が、「リニアモータ駆動方式エレベータ装置」に係る原出願当初の明細書に記載されていない発明であり、本件分割出願日は現実の出願日で、原出願の公開公報(本件刊行物)は本件出願前に頒布された刊行物に該当し、新規性の判断で審決に誤りがあるので、棄却審決を取消しました。


 ここで、本件分割出願に係るの訂正発明は、以下の通りです(請求項1のみ例示します)。

「【請求項1】昇降路内を昇降するかごおよび釣合おもりと,前記昇降路内に設置され,前記釣合おもりをガイドする釣合おもり用レールと,前記昇降路内に設置され,前記かごをガイドするかご用レールと,前記かごを吊るとともに前記釣合おもりの頂部を一箇所の支持で吊るロープと,前記昇降路内に設けられ,前記かごから前記釣合おもりに至る間のロープの一部分が巻き掛けられる巻掛手段とを有し,当該巻掛手段は,平面図において,前記かごと離れて配置され,当該巻掛手段の回転面を前記昇降路壁に対して傾斜させて配置したことを特徴とする機械室レスエレベータ装置。」



 また、審決では、次のように判断して訂正発明は原出願に包含されていると判断しました。


『平成12年3月23日に原出願の分割出願として特許出願された本件出願が分割出願の要件を満たすかどうかを検討するに当たって,原明細書の段落【0041】の記載事項について,次のとおり認定判断し,原明細書の実施例1に関する記載事項及び段落【0041】の実質的な記載事項等を勘案すれば,訂正発明は原出願に包含されていると判断した。

(1) 原明細書の段落【0041】には,「【発明の効果】以上のように,この発明によれば吊り車を釣合おもり用レールの中心線に対して90度未満の角度をもって設置することにより,かごと釣合おもりを近接して設置することができるので昇降路の寸法を低減できる。」との記載がある。

(2) 原明細書の段落【0041】に記載される「この発明」は,原明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載される発明を指すものであって,「釣合おもりに配設したリニアモータの電機子と,上記リニアモータの電機子と係合して推力を発生するリニアモータの二次導体とを備えたリニアモータ駆動方式」エレベータ装置の発明である。

 しかしながら,原明細書の段落【0041】に記載された「吊り車を釣合おもり用レールの中心線に対して90度未満の角度を持って設置することにより,かごと釣合おもりを近接して設置することができるので昇降路の寸法を低減することができる。」という技術思想(以下,審決と同様に「本件技術思想」という。)自体は,吊り車の釣合おもり用レールに対する配置により達成される作用・効果を示すものであり,エレベータの駆動方式に直接関わるものとも,特定のエレベータの駆動方式を前提にするものともいえず,原明細書の全記載を参酌しても,本件技術思想がリニアモータ駆動方式以外のエレベータ装置には適用し得ないものであるとする技術的根拠を見いだすことはできない。

 むしろ,リニアモータ駆動方式以外に,エレベータ駆動装置の形状寸法や配置場所に制約されることなく,「吊り車を釣合おもり用レールの中心線に対して90度未満の角度をもって設置する」ようにすることができ,「かごと釣合おもりを近接して設置」し得るような巻上機駆動方式や油圧駆動方式のエレベータ装置は,原出願の出願日以前に当業者に当然に知られた事項である(例えば,乙第1号証,甲第5号証)ところ,かかる原出願の出願時点における技術水準に照らせば,本件技術思想は,リニアモータ駆動方式のエレベータ装置のみならず,それ以外の駆動方式のエレベータであっても,吊り車の釣合おもり用レールに対する配置により,昇降路の寸法を低減し得るエレベータ装置であれば,適用し得るものと解するのがより合理的である。

 そうすると,原明細書には,リニアモータ駆動方式のエレベータ装置への適用を前提とする発明とは別に,上述の巻上機駆動方式や油圧駆動方式等を含め,駆動方式に関わりなく本件技術思想を適用することにより成立する発明が包含されていると解するのが相当である。

 また,実施例1として「本件技術思想」の構成(部品)間の相互の関連を詳細に述べた原明細書の段落【0031】にも,上記判断を覆すような事項は記載されていない。」



 これに対し、知財高裁は、分割出願の要件の充足性の判断について

『(1) 原明細書において,発明の名称は「リニアモータ駆動方式エレベータ装置」であり,特許請求の範囲には,次の記載がある。

「【請求項1】
 かごと、釣合おもりと、昇降路に設置され、上記釣合おもりをガイドする釣合おもり用レールと、上記釣合おもりに配設したリニアモータの電機子と、昇降路に設置され、上記リニアモータの電機子と係合して推力を発生するニアモータの二次導体と、上記かごの上記釣合おもりの対向面より上記釣合おもり側の昇降路上部に配設した吊り車と、一端を上記かごの上記釣合おもりとの対向面側に固定し、上記吊り車を介して他端を釣合おもりに固定したロープとを備えたリニアモータ駆動方式エレベータ装置において、吊り車を釣合おもり用レールの中心線に対して90度未満の角度をもって設置したことを特徴とするリニアモータ駆動方式エレベータ装置。

  ・・・

 また,原明細書の「発明の詳細な説明」欄には,次の記載がある。

「【産業上の利用分野】この発明は、リニアモータ駆動方式エレベータ装置に関するものである。」(段落【0001】)

 ・・・

「【作用】この発明におけるリニアモータ駆動方式エレベータ装置は、吊り車を釣合おもり用レールの中心線に対して90度未満の角度をもって設置することにより、かごと釣合おもりを近接して設置することができる。」(段落【0021】)

「【発明の効果】以上のように,この発明によれば吊り車を釣合おもり用レールの中心線に対して90度未満の角度をもって設置することにより,かごと釣合おもりを近接して設置することができるので昇降路の寸法を低減できる。」(段落【0041】)


 原明細書の段落【0031】ないし【0040】に記載の実施例1ないし8は,いずれも「リニアモータ駆動方式エレベータ装置」についてのものである。


(2) 上記のとおり原明細書の特許請求の範囲の請求項1ないし3においては,吊り車を釣合おもり用レールの中心線に対して90度未満の角度をもって設置するものとして,請求項1に「…リニアモータ駆動方式エレベータ装置において,吊り車を釣合おもり用レールの中心線に対して90度未満の角度をもって設置したことを特徴とするリニアモータ駆動方式エレベータ装置。」が記載され,請求項1を引用する形式で請求項2,請求項3に,それぞれ,「リニアモータ駆動方式エレベータ装置」が記載されている。


 これらの記載からすれば,原明細書の段落【0041】にいう「この発明」とは,原明細書の請求項1ないし3に係る「リニアモータ駆動方式エレベータ装置」を意味するものと解すべきである。


 また,原明細書の段落【0041】に,原明細書の請求項1ないし3に係る「リニアモータ駆動方式エレベータ装置」に限らず,それ以外の駆動方式のエレベータであっても吊り車を上記構成とすることにより同様の効果を奏するとの記載はない。


 審決は,「本件技術思想は,リニアモータ駆動方式のエレベータ装置のみならず,それ以外の駆動方式のエレベータであっても,吊り車の釣合おもり用レールに対する配置により,昇降路の寸法を低減し得るエレベータ装置であれば,適用し得るものと解するのがより合理的である。」(審決書9頁8行〜12行)として,「原明細書には‥‥‥リニアモータ駆動方式への適用を前提とする発明とは別に,上述の巻上式駆動方式や油圧駆動方式等を含め,駆動方式に関わりなく本件技術思想を適用することにより成立する発明が包含されていると解するのが相当である。」(同24行〜29行)と判断しているが,原明細書には,リニアモータ駆動方式以外の駆動方式のエレベータに関して言及した記載は一切存在しないし,リニアモータ駆動方式以外の駆動方式のエレベータであっても吊り車を当該構成とすることで同様の効果を奏するとの記載もない。

(3) 本件出願は原出願の分割出願として出願されたものであり,分割出願として適法であるためには,本件出願に係る訂正発明が原明細書に包含されていたものでなければならない(特許法44条1項)。

 訂正発明はリニアモータ以外の駆動装置を具体的に特定するものではなく,訂正発明の技術的範囲に駆動装置がリニアモータ以外のエレベータも含まれる(このことは,当事者間に争いがない。)。

 前記(1)のとおり,原明細書には,「リニアモータ駆動方式エレベータ装置」についての記載があるのみで,これ以外の駆動方式(例えば,巻上機駆動方式や油圧駆動方式)の機械室レスエレベータ装置についての記載は一切存在しない。


(4) 被告は,原明細書の記載から吊り車を傾斜させてA3(図1(b))<A2(図15(b))とすることが「昇降路の寸法を低減できる」という効果の理由であることを当業者が理解することは容易であり,このことは,エレベータをどのような駆動方式で駆動するかとは無関係であり,原明細書には,訂正発明1ないし4の構成と効果の関係が当業者に容易に理解できるように記載されているから,本件出願は適法な分割出願であると主張する。

 しかし,原明細書に訂正発明が包含されるかどうかは,原明細書の記載に基づいて定められるべきものである。仮に,吊り車を傾斜させて昇降路の寸法を低減できるという効果を奏することがエレベータの駆動方式と関係しないとしても,そのことと原明細書に訂正発明が開示されているか否かとは別問題であるから,そのことから原明細書に訂正発明の開示があるということはできない。

 前記(1)のとおり,原明細書には,「機械室レスエレベータ装置」として「リニアモータ駆動方式エレベータ装置」のみが記載されているのであり,吊り車を傾斜させることにより他の駆動方式によるエレベータにおいても昇降路の寸法を低減できるという効果を奏することができることを示す記載や,「リニアモータ駆動方式エレベータ装置」が「機械室レスエレベータ装置」の例示にすぎないことを示す記載は存在しない。


 また,原明細書では,産業上の利用分野,従来の技術,発明が解決しようとする課題,課題を解決するための手段,実施例を通じて,終始「リニアモータ駆動方式エレベータ装置」について説明されている。


 これらの記載によれば,原明細書記載の発明は,従来の「リニアモータ駆動方式エレベータ装置」につき吊り車の構成の工夫により昇降路の寸法を低減する改良を加えたものであって,その対象となるエレベータを駆動方式として「リニアモータ駆動方式」を用いるものに限定した発明というべきである。


(5) 以上のとおり,駆動方式を限定しない「機械室レスエレベータ装置」に係る訂正発明が原明細書に包含されているということはできないから,本件出願は分割出願の要件を満たさないものである。


2 結論
 そうすると,本件出願の出願日は,本件出願が実際に出願された日である平成12年3月23日であり,平成6年に頒布された刊行物である本件刊行物は本件出願前に頒布された刊行物に該当するから,審決が訂正発明の新規性を判断するに当たり,訂正発明を本件刊行物に記載された発明と対比しなかったことは誤りである。そして,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,審決は取消しを免れない。

 よって,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。』

と判断しました。


 原明細書に一言、「本発明は、リニアモータ駆動方式エレベータ装置に限定されない。」等の記載があれば、結果は、逆になったのでは思われます。