●平成11(ネ)2198 「注射液の調製方法及び注射装置事件」大阪高裁

本日は、『平成11(ネ)2198 特許権 民事訴訟「注射液の調製方法及び注射装置事件」平成13年04月19日 大阪高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/34C1F4D5B612FA9E49256A7100092BE1.pdf)について紹介します。

 
 本件は、方法の特許発明に関し均等侵害が認められた控訴審の事案です。なお、一審の『平成8(ワ)12220 特許権 民事訴訟 平成11年05月27日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/BBA4523C738FA47149256A7700082E36.pdf)でも同様に方法の特許発明に関し均等侵害が認められています。



 つまり、大阪高裁は、

『二 本件方法発明について(争点二の結論)

 当裁判所も、被告方法は、アンプルの前端部を水平やや斜め上向きにして注射液の調製を行う点で本件方法発明の構成要件Bのうち「アンプルが前端部を上にしてほぼ垂直に保持された状態で」を充足せず、本件方法発明を文言上侵害するものということはできないが、他の構成要件についてはこれを充足しており、右の相違点は、「ほぼ垂直に保持する」に代わって置換された方法として、本件方法発明の技術的範囲と均等であり、結局、被告方法は本件方法発明を侵害するものであると考える。

 そして、被告装置は、本件方法発明を均等論上侵害する被告方法の実施のみに使用されるものと認められるから、被告装置の製造等は、本件方法発明を間接的に侵害すると考える。

 ・・・省略・・・


八 被告方法が本件方法発明と均等の範囲にあるか(争点二6)について

1 前記一で引用した原判決が説示するとおり、特許請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造等をする製品又は用いる方法(「対象製品等」)と異なる部分が存する場合であっても、i) 右部分が特許発明の本質的部分ではなく、ii) 右部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、iii) 右のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(「当業者」)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、iv) 対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、v) 対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、右対象製品等は、特許請求の範囲に記載された製品と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である最高裁判所平成一〇年二月二四日判決・民集五二巻一号一一三頁参照)。


 そして、右各要件のうち、i)ないしiii)は、特許請求の範囲に記載された発明と実質的に同一であるというための要件であるのに対し、iv)及びv)はこれを否定するための要件であるというべきであるから、これらの要件を基礎付ける事実の証明責任という意味においては、i)ないしiii)については均等を主張する者が、iv)及びv)についてはこれを否定する者が証明責任を負担すると解するのが相当である。

 そこで、被告方法が右各要件を充足するかを、以下検討する。
 なお、被告方法が本件方法発明の構成要件と異なる部分は、前記5のアンプルの保持方法の点だけであり、残りの構成要件については、前述したとおり、全て充足することが認められる。

2 本質的部分について

  (一) 被告方法が特許発明の方法と均等であるというためには、本件方法発明の特許請求の範囲に記載された構成中の被告方法と異なる部分が特許発明の本質的部分でないことを要する。右にいう特許発明の本質的部分とは、特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで、当該特許発明特有の作用効果を生じるための部分、換言すれば、右部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解するのが相当である。

 特許法は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的としており(特許法一条)、特許を受けることができる発明は、自然法則を利用した技術的思想のうち高度なものであって(同法二条一項)、特許出願前に公知ではなく、かつ公知の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができなかったものに限られる(同法二九条)。


 そして、発明は何らかの技術的課題を解決することを目的とし、その発明の構成が有機的に結合することによって特有の作用効果を奏するところに特徴がある。


 これらのことからすれば、特許法が保護しようとする発明の実質的価値は、公知技術では達成し得なかった目的を達成し、公知技術では生じさせることができなかった特有の作用効果を生じさせる技術的思想を、具体的な構成をもって開示した点にあるといえる。


 このように考えると、明細書の特許請求の範囲に記載された構成のうち、当該特許発明特有の作用効果を生じさせる技術的思想の中核をなす特徴的部分が当該発明の本質的部分であると理解すべきであり、被告方法がそのような本質的部分において特許発明の構成と異なれば、もはや特許発明の実質的価値は及ばす、特許発明の構成と均等であるとはいえない。そして、右の特許発明における本質的部分を把握するに当たっては、単に特許請求の範囲に記載された一部を形式的に取り出すのではなく、当該特許発明の実質的価値を具現する構成が何であるのかを実質的に探求して判断すべきである(以上の点も、前記引用の原判決と同旨である。)。


(二) これを本件についてみると、前記六4のとおり、本件特許発明の優先権主張日において、多室シリンダアンプルの構成、注射装置においてネジ機構を用いる構成は公知であり、ネジ機構により注射液を調製する方法についても周知技術であったということができるから、本件方法発明は、これらの構成を結合して、後側可動壁部材をネジ機構によりゆっくりと押すことにより敏感な薬剤を簡易に調製する方法を開示した点に特徴的部分があるというべきであり、このような構成を採用したことが本件特許発明の本質的部分であると解される。

(三) 他方、注射液を調製する際に「ほぼ垂直に保持された状態」とする点については、本件公報中に右構成を採用することの格別の技術的意味や作用効果を示唆する記載は見当たらないが、原告製造に係る本件装置発明の実施品(検甲二の1)添付の取扱説明書には、注射液を調製する際に、「注射針側を下に向けて本体(本件装置発明でいう管状部材のうちの一つに相当する。)を回しながら取り付けると中の液が出てしまいますので必ず注射針を上に向けたまま操作して下さい。」との注意書があり、被告装置の取扱説明書(乙一)にも同様に、「カートリッジホルダーグリップ(原判決別紙物件目録(一)の操作ノブ34に相当する。)を回しているときに、針先を下に向けると薬液がこぼれますから注意して下さい。」との注意書があることからすると、注射液を調製する際に針先から液が漏れないようにする点にその技術的意義があるものと考えられる。そして、注射液を調製する際に、針先から液が漏れないように針先を上に向けること自体は、公知技術に関する公報の記載(乙二二の4の第五図一〇頁右上欄末行及び乙二二の5の第九図11欄41行目。ただし、後者については本件特許発明の優先権主張日より後の文献であるが、同内容の公開公報が右優先権主張日前に公刊されていたと認められる。)においても格別技術的意義を有する事柄として記載されていないことからして、通常に行われている常套手段にすぎないと認められるから、注射液の調製方法として特段新規性、進歩性がある部分とは考えられず、これは、多室シリンダアンプルを使用した注射液の調製方法であっても異なるところはない。

 なお、被告は、本件方法発明においては、注射液の調整に際し、アンプルの前端部をシールする「膜」が針によって開通されるステップは存在しないから、針先から液が漏れるということはあり得ないと主張するが、前記三のとおり、注射液の調製に際し、アンプルの前端部の膜を貫通する時点については限定されていないと認められる。


(四) 被告は、本件方法発明の核心は、水性相を静かに上昇させて薬剤を溶解し、活発な混合を起こさないようにすることであるから、ネジ機構により「ゆっくり」と混合させるだけでなく、「アンプルの前端部を上にしてほぼ垂直に保持された状態(垂直保持状態)」とすることが必要となるから、アンプルの垂直保持は、本件方法発明において本質的部分をなすと主張する。

 たしかに、本件方法発明の構成を採用することにより、ネジ機構によって、重力に反して水性相を「ゆっくり」と上昇させ、薬剤を溶解し、活発な混合は起さないことができるため、敏感な薬剤の調製の際に容易に生ずる薬剤の変性を減少させることができるという作用効果を奏すると考えられる。そのことから、アンプルの前端部を上にすることは重要であるといえても、アンプルの前端部を上にしている限り、「ほぼ垂直に保持」する必要はなく、水平からやや上向きに保持しても、前記の作用効果は達成される。

 そうすると、アンプルの前端部を上向きに保持することが本件方法発明の本質的部分であるといえたとしても、アンプルをほぼ垂直に保持することまでは要求されず、ほぼ垂直に保持すること自体は、本質的部分とはいえず、被告方法と本件方法発明における構成は、本質的部分において異ならないといえる。


3 置換可能性について

 本質部分を前記2のとおり考える以上、「ほぼ垂直に保持」を「水平からやや上向きに保持」することに置き換えても、その作用効果を奏することができる。

 被告装置は、針先を水平に近い斜めの状態に保持して注射液を調製するものであるが、「ほぼ垂直に保持」するという本件方法発明の構成をこのように置き換えても、二室シリンダアンプルの後側可動壁部材をネジ機構を用いてゆっくり押すことにより、敏感な薬剤の簡易な調製を可能としたという本件方法発明の目的を達することは被告も認めるところであって、本件方法発明と同一の作用効果を奏するものということができるから、置換可能性があると認められる。


4 置換容易性について

 本件方法発明の「ほぼ垂直に保持する」との構成を、被告方法のように、水平に近い斜め状態に保持する構成に置き換えても、水平よりも針先を上に向けておれば、注射液がこぼれることがないことは明らかであり、また、二室シリンダア
ンプルにおいて、注射器を垂直に保持すれば、ネジ機構によるピストンの移動に関係なく前室に薬液が流入することがないが、これを斜め状態に保持した場合でも、連絡通路の大きさが極端に大きい場合でなければ、ピストンの移動に関係なく急激に薬液が前室に流入することがないことは被告も認めるところであって、このことは被告装置の構造上明らかであるから、右部分の置換は、当業者が被告装置の製造時点において容易に想到することができたものであるということができる。


5 公知技術からの容易推考性について

(一) 被告は、被告方法と本件方法発明とが一致する点については、本件優先日において周知の多室シリンダアンプル(乙二二の4、5)に、同じく周知のネジ機構による前進構成(乙六ないし九、二五の1、三九、四〇)を寄せ集めたものにすぎず、本件優先日において、当業者が極めて容易に推考できたものであると主張する。

 しかし、これらの公知技術を組み合わせることを示唆するものが当時存したことを窺わせる証拠はなく、これらを組み合わせることが容易に推考できたと認めるに足りない。そして、被告方法については、本件特許発明の方法を得ない限り、公知技術から容易に推考できたと認めることはできない。

(二) 被告は、本件特許を維持した特許庁審決において、本件方法発明が「アンプルの前端部を膜でシール」したもの(可動壁部材の前進に伴って圧力上昇を発生する)であることを理由に、公知技術の結合容易性を否定したと主張するが、甲一三によると、むしろ、前側スペース内の圧力上昇による可動壁の圧力破壊を前提とした公知技術と、前側スペース内の圧力上昇を伴わず、連絡通路を介して調整をする公知技術の組み合わせ(本件方法発明)が、当業者といえども容易に想到し得ないと判断しているのであって、被告の主張は理由がないというべきである。


6 本件方法発明における、垂直保持以外の態様の意識的除外について

(一) 本件全証拠によっても、被告方法が本件特許発明の出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情があると認めるに足りる証拠はない。

(二) なお、被告は、本件方法発明における「ほぼ垂直に保持された状態で」との要件が、拒絶理由通知に対する出願人の手続補正により付加されたものであることを主張している。


 しかし、右の拒絶理由通知には、進歩性欠如(特開昭62-14863号公報を引用)と新規性欠如(特開昭64-25872号公報を引用)を理由として、備考に「注射液を調製する際、空気の混入を防ぐようにすることは、常套手段である。」との拒絶理由通知が発せられたが(乙三の13)、その際の請求項1は「‥‥の方法において、振盪および空気の混合を回避して水性相(11)を薬剤(10)を通して下方から上向きに静かに流すようにしたことを特徴とする前記方法」であった(乙三の12)。

 右拒絶理由通知に対する意見書(乙三の15)において、原告は、「本発明は‥‥水性相または液体成分を薬剤又は固形成分に混合するために操作される後側可動壁部材が、ねじ機構またはホルダ手段の相互に螺合する管状部材のねじ操作により前進させて、連絡通路を解放することを特徴とするものです。これに対して、特開昭62-14863号公報に記載の発明は‥‥ねじ機構により液相成分の固相成分側への流入量を精密に制御する技術思想は存在せず、また、注射器のピストンにより後側可動壁部材を押圧する構成となっているため、ねじ機構を用いることは実質上不可能と謂わざるをえません。‥‥また、特開昭64-25872号公報の発明は移動防止膜により分離された二室にそれぞれ収容された薬剤を移動防止膜の破断により混合して注射液を形成する構成となっており、移動防止膜の破断はプランジャにより一方の室に収容された薬剤を加圧することにより行われます。従いまして、本引用例の構成は、本願特許請求の範囲に記載されたバイパス通路及びねじ機構による流量調整機能の記載を欠くものです。」と記載している。そして、手続補正によって、請求項1を「‥‥の方法において、アンプルが前端部を上にしてほぼ垂直に保持された状態で、後側可動壁部材がネジ機構によりアンプル内を前進して、水性相を振盪または空気の混入を防止しつつ静かに下側から上側に流通させるようにしたことを特徴とする薬剤の水溶液、水エマルジョンまたは水懸濁液を調製する方法。」と補正されたことが認められる(乙三の16、17)。


 これによると、右拒絶理由に対して、出願人が手続補正によって付加した重要な点は、ネジ機構により、アンプル内において後側可動壁部材を前進させることであり、下方から上向きに水性相を静かに流すという点は、出願当初の明細書に記載されており、アンプルの保持の態様については、上向きであることは当然必要とされていたことは認められるが、少なくとも「ほぼ垂直」であるとまでは限定されていなかった。


 したがって、右手続補正により「ほぼ垂直」というアンプルの保持態様を付加したことにより、これに入らない被告方法は、文言上本件方法発明の構成を充足しないことになるが(前記五参照)、手続補正により付加された「ほぼ垂直に保持された状態で」との要件は、右の拒絶理由通知における特許拒絶理由を回避するために付加された要件ではないというべきである。


 また、拒絶理由の備考として、注射液を調製する際に空気の混入を防ぐようにすることは常套手段であると記載されていた点については、これ自体は前述したように注射液を調製する際の常套手段を記載したにすぎないし、この点を回避するために「ほぼ垂直に保持された状態で」との要件を付加したとも考えられない。


7 まとめ

 以上によると、被告方法は、本件明細書の請求項1に記載された方法と均等なものとして、本件方法発明の技術的範囲に属すると解すべきである。


九 被告装置の製造等による本件方法発明の間接侵害の成否(争点二7)について

1 乙一、一八、一九の1ないし4、二〇、二一の1ないし4、検乙三、弁論の全趣旨によれば、被告装置を用いて行う注射液の調製方法については、取扱説明書等によって詳細な指示がなされており、特に、注射液を調整する際、針先を下に向けることについては、薬液が漏れるためこれを禁止する注意がなされており、被告方法以外にはないことが認められる。


 そうすると、被告方法は、前記五のとおり、「ほぼ垂直に保持された状態で」使用することを予定していないものの、前記八のとおり、本件方法発明と均等であり、その技術的範囲に属すると認められるのであるから、被告装置は、本件方法発明の技術的範囲内に属する方法の実施にのみ使用するものということができ、したがって、被告装置の製造等は、本件方法発明を間接的に侵害するというべきである。


2 被告は、均等論と間接侵害を併せて適用することは、特許請求の範囲による第三者の予測可能性を二重に否定することになり、許されないと主張する。


 しかし、当該特許方法又は当該特許方法と均等の範囲にある方法の実施にのみ使用する物の製造、販売等は、直接特許権を侵害する場合と同じく特許権の効力を及ばしめるものとするのが特許法一〇一条の趣旨に適合するものというべきであるから、当該特許方法と均等の範囲にある方法の実施にのみ使用される物を製造、販売する行為を間接侵害に含ましめないとする根拠はなく、被告の主張を採用することはできない。


一〇 結論

 以上によると、原告の請求は理由があるからこれを認容すべきところ、これと同旨の原判決は相当である。よって、本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。 』


 と判示されました。


 被告製品との相違点である本件特許発明の「ほぼ垂直に保持された状態」の構成は、本件発明の本質的部分でないにしても、拒絶理由通知に対する出願人の手続補正により付加されたものであるので、第5要件の意識的除外の点では少し、被告に酷な結果ではないかな、と思います。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。


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