●平成12(ワ)186 特許権 民事訴訟「カード発行システム」

 本日は、『平成12(ワ)186 特許権 民事訴訟「カード発行システム」平成13年01月30日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/638A1B5722B787BD49256ACA001C2397.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許権侵害差止等請求事件で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、均等侵害の第1要件の判断などが参考になるかと思います。


 つまり、東京地裁(民事第四六部 裁判長裁判官 三村量一、裁判官 和久田道雄、裁判官 田中孝一)は、


二 争点2(被告システムが本件特許発明と均等であるか)について

 1 右一で検討したとおり、本件特許発明の特許請求の範囲に記載された構成中の「運転免許証などの身分証明書が貼付され、署名がなされたシート」を「ハードコピー化」し、「得られたハードコピー」を親局に伝送する、という部分(以下「本件相違部分」という。)が、被告システムにおける構成(スキャナ32による申込書の読み取りと、スキャナ32による免許証の読み取りとは別に行うものであるという構成、及び、スキャナ32でシート等を読み取り、得られた画像データをオペレータ端末(親局)に伝送するという構成)と異なっているということができる。


 ところで、特許請求の範囲に記載された構成中に他人が製造する製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)と異なる部分が存する場合であっても、
(1)右部分が特許発明の本質的部分ではなく、
(2)右部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、
(3)右のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、
(4)対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、
(5)対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、右対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成六年(オ)第一〇八三号同一〇年二月二四日第三小法廷判決・民集五二巻一号一一三頁参照)。


 そこで、本件において、本件相違部分の存在にもかかわらず、右の(1)ないし(5)の要件(以下、それぞれの要件を「要件(1)」などという。)を満たすことにより、被告システムが本件特許発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、その技術的範囲に属するということができるかどうかを検討する。


 2 要件(2)について

(一)証拠(甲二)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1)本件明細書の発明の詳細な説明の欄には、次の記述がある。
 ア 産業上の利用分野
  「本発明は各種の会員券、会員証などを発行するためのカード発行システムに関するものである。特に本発明は、無人化されたビデオテープなどのレンタル店において、そのレンタル店の本店の側からの遠隔操作により会員証を発行するためのカード発行システムに関するものである。」(本件公報3欄19行〜24行)

 イ 従来の技術
  「近年、ビデオテープの利用者が増加するに伴い、ビデオテープのレンタル店の数も増加し、複数の支店を有するレンタルチェーン店も出現している。このようなレンタル店においては、利用者に運転免許証などを提示してもらい、身分を特定した後に、会員証を発行し、以後は会員券の提示のみでレンタルが行われるようになっている。」(本件公報3欄26行〜32行)

 ウ 発明が解決しようとする課題
  「しかしながら、会員証の発行は依然として人手に頼っているのが現状である。これは、会員証の発行に際しては利用者の身分を確認するために運転免許証などの身分証明書を目視により確認する必要があるからである。このために、ビデオテープ等のレンタル店を完全に無人化することは困難である。」(本件公報3欄39行〜44行)

  「本発明の課題は、この点に鑑みて、複数の支店を備えたビデオ等のレンタル店において、各支店において完全に無人化した状態で会員証の発行を行うことが可能なシステムを実現することにある。」(本件公報3欄45行〜48行)

 エ 作用
  「本発明のシステムにおいては、まず子局側(レンタル店の支店)において利用者が運転免許証などの身分証明書が貼付され署名がなされたシートを複写機等を用いて複写する。これにより得たハードコピーをファクシミリ装置を介して親局側(レンタル店の本店)に送信する。送信済みのハードコピーは回収することが好ましい。親局側では、受信したシートの内容、すなわち利用者の身分を確認する。確認して問題が無ければ、ファクシミリ装置を用いて、子局側のファクシミリ装置を呼び出す。子局側の駆動制御手段は、子局側のファクシミリ装置を介して呼出し信号音を受け取ると、カード発行手段を駆動して、カードの発行を行わせる。このように、子局の側において店員を置くことなくカードの発行が行われる。」(本件公報4欄28行〜41行)

 オ 発明の効果
  「以上説明したように、本発明のカード発行システムにおいては、支店の側において運転免許証などの身分証明書が貼付され署名がなされたシートを読み取って、ハードコピーを得て、これを本店の側に送信する構成を採用している。本店の側では受信した情報に基づきカードの発行の許否を判別して、カードを発行する場合にはカード発行許可信号を支店側に送信して、支店側のカード発行機を駆動してカードの発行を行わせるように構成されている。したがって、本発明によれば、人手に頼ることなく本店から離れた支店において適格者に対してのみ会員カード等の発行を行うことが可能になる。」(本件公報6欄50行〜7欄11行)


(2)被告システムにおいては、顧客が、タッチパネル付きCRT25に表示された「お取り引きの選択」画面表示上の「新規のご契約」ボタンをタッチすると、顧客端末3は、続いて「証明書類を確認させていただきます」の画面を表示し、顧客の選択により顧客の持参した身分証明書の種別を認識する。そして、所定の入力・確認処理を経た後に表示される「申込書をセットして下さい」の画面表示に従い、顧客が申込書を書類挿入口31にセットして「セット完了」のボタンをタッチすると、スキャナ32でその読取り面上の申込書の画像をデジタルデータ化して読み取り、それを顧客端末内の記憶装置に上書して一時的に記憶し、該記憶した画像データをISDN回線6を介してオペレータ端末8に伝送する。その後、オペレータ端末8から身分証明書読取指示がなされると、顧客端末3は、さらに所定の入力・確認処理を経た後、タッチパネル付きCRT25に「免許証をセットしてください」と表示して、顧客に免許証のセットを促す。顧客がこれに従い、免許証をスキャナ32の証明書類セット部33にセットしてタッチパネル付きCRT25に表示されている「セット完了」のボタンをタッチすると、スキャナ32で読取面上の免許証の画像をデータ化して読み取り、それを顧客端末3内の記憶装置に上書きして一時的に記憶するとともに、該記憶した画像データをISDN回線6を介してオペレータ端末8に伝送する。身分証明書として保険証が選択されている場合には、顧客端末3は、保険証をセットするように操作を促す。


(二)右によれば、被告システムは、子局において、顧客がスキャナ32の読取り面上にセットした申込書及び運転免許証などの身分証明書について、スキャナ32でそれらの画像をデジタルデータ化して読み取り、それを顧客端末内の記憶装置に上書して一時的に記憶し、該記憶した画像データをISDN回線6を介して親局に当たるオペレータ端末8に伝送することによって、人手に頼ることなく本店から離れた支店において適格者に対してのみ会員カード等の発行を行うことが可能になっているのであって、本件特許発明と同一の作用効果を奏し、本件特許発明の目的を達成しているということができる。


(三)この点につき、被告及び被告補助参加人は、前記第二、二2(二)のとおり、被告システムは本件特許発明と同一の作用効果を奏していない旨主張している。


 しかしながら、被告システムのように、「メモリに一時的に記憶させるだけ」であっても、人手に頼ることなく本店から離れた支店において適格者に対してのみ会員カード等の発行を行うことが可能になっているということに変わりはない。


 確かに、被告システムは、スキャナで得られた画像データをISDNを用いて親局に送り、そのデータから利用者の身分証明書の内容を確認する仕組みを用いており、ハードコピー化された情報を親局に伝送するという本件特許発明の構成と異なっていることは前述したとおりであるが、被告システムのメモリに一時的に記憶するという構成と本件特許発明のハードコピー化した情報を伝送するという構成とは、ともに、人手に頼ることなく本店から離れた支店において適格者に対してのみ会員カード等の発行を行うことを可能にするものと考えられ、被告システムが、スキャナで得られた画像データをISDNを用いて親局に送るという構成をとることにより、正確性、迅速性等の点において、本件特許発明の特許請求の範囲に記載された構成を採った場合に見られない作用効果を果たしているとしても、右の点は、本件特許発明の作用効果を奏した上で、これにさらに付加されたものにすぎないというべきであるから、これを理由に被告システムの作用効果が本件特許発明と同一であるとの認定が妨げられるものではない。


 また、被告システムでは申込書及び身分証明書の内容をメモリに一時的に記憶させるだけであるので、子局側で、利用者が確かに来店して会員になったことの証明を得ることはできず、その点において、本件特許発明と異なりうるが、単にその事実をもって、本件において、被告システムが本件特許発明と同一の作用効果を奏していないとまではいいがたい。


 したがって、被告及び被告補助参加人の右主張は採用できない。


(四)右によれば、本件相違部分を被告システムにおけるものと置き換えても、本件特許発明の目的を達することができ、これと同一の作用効果を奏するものと認められる。


 3 要件(1)について

(一)均等が成立するためには、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分が特許発明の本質的部分ではないことを要するが、右にいう特許発明の本質的部分とは、特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで、当該特許発明特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的部分、言い換えれば、右部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解するのが相当である。


 すなわち、特許法が保護しようとする発明の実質的価値は、従来技術では達成し得なかった技術的課題を実現するための、従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を、具体的な構成をもって社会に開示した点にあるから、明細書の特許請求の範囲に記載された構成のうち、当該特許発明特有の解決手段を基礎付ける技術的思想の中核をなす特徴的部分が特許発明における本質的部分であると理解すべきであり、対象製品等がそのような本質的部分において特許発明の構成と異なれば、もはや特許発明の実質的価値は及ばず、特許発明の構成と均等ということはできないと解するのが相当である。


 そして、発明が各構成要件の有機的な結合により特定の作用効果を奏するものであることに照らせば、対象製品等との相違が特許発明における本質的部分に係るものであるかどうかを判断するに当たっては、単に特許請求の範囲に記載された構成の一部を形式的に取り出すのではなく、特許発明を先行技術と対比して課題の解決手段における特徴的原理を確定した上で、対象製品等の備える解決手段が特許発明における解決手段の原理と実質的に同一の原理に属するものか、それともこれとは異なる原理に属するものかという点から、判断すべきものというべきである。


(二)これを本件についてみるに、証拠(甲二、乙三、四)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。


(1)本件明細書に記載された、本件特許発明が解決しようとする課題は、前記2(一)(1)ウのとおりである。

(2)カード発行システムとしては、本件特許の出願がされた平成三年八月二四日当時、次のものがあった。

 ア 取引用カード発行システムにおいて、自動発行ユニットから、電子カメラ装置で影像した利用者の顔及び運転免許証の画像信号、並びにキーボードで入力した氏名などの顧客情報を管理センタへ伝送し、管理センタではオペレータが利用者の顔写真と免許証の写真とを照合して本人確認を行い、自動発行ユニットに取引用カードの発行命令を送出することにより、本人確認を経たカードの発行を無人で行うもの(公開公報一の発明)が公知であった。


 イ 自動取引処理システムにおいて、営業店で顧客が記入した伝票のイメージを通信回線により母店に送信し、母店のオペレータの操作により自動取引処理を行うものであって、営業店で顧客の記入した伝票のうち、一部の項目は文字認識してコード化してイメージデータと共に母店に伝送するもの(公開公報二の発明)が公知であった。


(三)右によれば、本件特許の出願当時の技術水準に照らすと、カード発行システムにおいて、カードの発行を集中的に制御する親局と、親局の制御のもとにカードを発行する無人化された子局という構成や、そのような構成に基づき、子局から親局に対し、電子カメラ装置で撮像した利用者の顔及び運転免許証の画像信号、キーボードで入力した氏名などの顧客情報や、営業店で顧客が記入した伝票のイメージ、その一部を文字認識してコード化したものを伝送する仕組み自体は、すでに公知であったというべきである。そして、右公知技術を前提として、複数の支店を備えたビデオ等のレンタル店の各支店において完全に無人化した状態で会員証の発行を行うことが可能なシステムを実現するという技術的課題を達成するために、従来技術であったカードの発行を集中的に制御する親局と、親局の制御のもとにカードを発行する無人化された子局という構成に基づいて、子局から親局に対し、子局において身分証明書が貼付され署名がなされたシートを読み取ってハードコピー化したものを伝送するという構成を採用したことが、従来技術に見られない本件特許発明に特有の解決手段であったということができる。


 これを言い換えれば、本件特許発明の特徴的原理は、既に公知であったカードの発行を集中的に制御する親局と、親局の制御の下にカードを発行する無人化された子局という仕組みを前提として、そのようなシステムの中で従来になかった一つの具体的なシステムである、身分証明書が貼付され署名がなされたシートをハードコピー化した上で親局に伝送するという手段を取り入れた点にある。すなわち、本件特許発明は、カメラを介して得られた画像を伝送したり、通信回線とISDNを利用するようなシステムとは異なる一つの具体的なシステムを構築し、それにより、支店を完全に無人化した上でカード発行を可能にするという課題を解決するとともに、システムを廉価に構成でき、しかもハードコピー化された情報を目視することにより情報内容の確認を正確に行うことができるという既存の他のシステムにない利点を備えた具体的なシステムを開示したものである。


 そうすると、本件特許発明の中核をなす特徴的部分は、子局において身分証明書が貼付され署名がなされたシートを読み取りハードコピー化し、得られたハードコピーを親局に伝送するという構成にあると解するのが相当である。


 右によれば、構成要件c及びdのうち、本件相違部分は、これを他の構成に置き換えれば、全体として本件特許発明の技術的思想と別個のものと評価されるものというべきであるから、右相違部分は本件特許発明の本質的部分に当たるといわなければならない。


(四)この点につき、原告は、本件特許発明の中核をなす特徴的部分は、「・ ・・ ・親局」と「・ ・・ ・子局」の配置という構成にあり、本件特許発明と被告システムとの相違点は、情報伝達手段の相違にすぎないから、本質的部分に該当しない旨主張する。しかしながら、前判示のとおり、本件特許の出願当時の技術水準に照らすと、カード発行システムにおいて、カードの発行を集中的に制御する親局と、親局の制御のもとにカードを発行する無人化された子局という構成は、既に公知であったというべきであるから、ハードコピー化とスキャナによる読み取りという本件特許発明と被告システムとの本件相違部分が、単なる情報伝達手段の相違にすぎないということはできない。原告の右主張を採用することはできない。


(五)以上によれば、本件相違部分は、本件特許発明の本質的部分であるというべきであるから、本件においては、均等が成立する要件を欠いている。


4 以上によれば、被告システムは、その余の点を判断するまでもなく、本件特許発明と均等であるとは認められない。


 したがって、被告による被告システムの使用行為は、その余の点を判断するまでもなく、本件特許権を侵害するものではないというべきであるから、原告の請求はいずれも理由がない。


三 よって、主文のとおり判決する。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。