●平成21(行ケ)10175 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟

 本日は、『平成21(行ケ)10175 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「高断熱・高気密住宅における深夜電力利用蓄熱式床下暖房システム」平成22年01月28日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100128171342.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許無効審判の無効(認容)審決の取消しを求めた審決取消し訴訟で、その請求が認容された事案です。


 本件では、出願当初明細書に記載のない「熱損失係数が1.0〜2.5kcal/m ・h2・℃の高断熱・高気密住宅」という限定を特許請求の範囲に追加する補正が新規事項の追加ではない、と判示した点で、知財高裁の考える、特許法17条の2第3項の新規事項の追加の判断基準について、とても参考になる事案であると思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 中平健、裁判官 上田洋幸)は、


『1 はじめに

 当裁判所は,「高断熱・高気密住宅」との構成を「熱損失係数が1.0〜2.5kcal/m2 ・h・℃の高断熱・高気密住宅」との構成とした本件補正は, 特許法17条の2第3項の規定に反するものではないと判断する。その理由は,以下のとおりである。


 特許法17条の2第3項は,補正について,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面(以下「出願当初明細書等」という場合がある。)に記載した事項の範囲内においてしなければならない旨を定める。


 同規定は,出願当初から発明の開示を十分ならしめるようにさせ,迅速な権利付与を担保し,発明の開示が不十分にしかされていない出願と出願当初から発明の開示が十分にされている出願との間の取扱いの公平性を確保するとともに,出願時に開示された発明の範囲を前提として行動した第三者が不測の不利益を被ることのないようにするなどの趣旨から設けられたものである。


 そして,発明とは,自然法則を利用した技術的思想であり,課題を解決するための技術的事項の組合せによって成り立つものであることからすれば,同条3項所定の出願当初明細書等に「記載した事項」とは,出願当初明細書等によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提になる。


 したがって,当該補正が,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入したものと解されない場合であれば,当該補正は,明細書,特許請求の範囲の記載又は図面に記載した事項の範囲内においてされたものというべきであって,同条3項に違反しないと解すべきである。


 ところで,特許法36条5項は,特許請求の範囲には,「・・・特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない」と規定する。同規定は,特許請求の範囲には,「・・・特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載」すべきとされていた同項2号の規定を改正したものである(平成6年法律第116号)。従来,特許請求の範囲には,発明の構成に不可欠な事項以外の記載はおよそ許されなかったのに対して,同改正によって,発明を特定するのに必要な事項を補足したり,説明したりする事項を記載することも許容されることとされた。


 そこで,これに応じて,特許請求の範囲に係る補正においても,発明の構成に不可欠な技術的事項を付加する補正のみならず,それを補足したり,説明したりする文言を付加するだけの補正も想定されることになる。


 したがって,補正が,特許法17条の2第3項所定の出願当初明細書等に記載した「事項の範囲内」であるか否かを判断するに際しても,補正により特許請求の範囲に付加された文言と出願当初明細書等の記載とを形式的に対比するのではなく,補正により付加された事項が,発明の課題解決に寄与する技術的な意義を有する事項に該当するか否かを吟味して,新たな技術的事項を導入したものと解されない場合であるかを判断すべきことになる。


 上記の観点から,本件補正の適否を判断する。


2 本件補正の適否について
(1) 事実認定


 ・・・省略・・・


(2) 判断

ア本件発明の内容

 本件出願当初明細書,特許請求の範囲及び図面によれば,本件発明の内容は,次のとおりと理解される。


 すなわち,本件発明は,当初出願に係る特許請求の範囲(請求項1)AないしFの構成からなる蓄熱式床下暖房システムである。


 従来,床材直下にコンクリート等の蓄熱層を形成し,該蓄熱体に埋設等された温水循環用の配管や電熱線の発熱により蓄熱層に蓄熱され,その熱の放射により暖房を行っていたが,このようなシステムでは,施工に手間がかかる,床面に温度むらができるなどの問題があり,また,床下空間を利用して暖房装置と床面の間に密閉された空間を設けたものでは,空間の距離調整が難しく,空間内に熱がこもり床面のみが高温となるという問題があった。


 本件発明は,この問題を解決するために,高断熱・高気密住宅において,熱源をユニット化されたシーズヒータとすることで施工を容易にするとともにヒータの寿命が長く,施工後のメンテナンスが容易にし,また床下空間を利用して蓄熱層と床面の間に空間を設け,床面に床下空間と室内とを貫通する通気口を形成して床面による輻射熱による暖房と,床下空間で蓄熱層により暖められた空気が通気孔を介して家屋全体を対流する対流暖房の2方式の暖房方法を利用した深夜電力利用のシステムとするものである点に,その技術的な特徴がある。


イ「高断熱・高気密住宅」及び「熱損失係数が1.0〜2.5kcal/m ・h・℃の高断熱・高気密住宅」の本件発明における意義について2(ア) 本件当初出願に係る特許請求の範囲(請求項1)においては,「高断熱・高気密住宅において」(構成A)と記載されていた。


 前記アの認定によれば,同構成は,本件発明の解決課題及び解決機序と関係する技術的事項とはいい難く,むしろ,本件発明における課題解決の対象を漠然と提示したものと理解するのが合理的である。そして,本件補正によって,「高断熱・高気密住宅」については「熱損失係数が1.0〜2.5kcal/? ・h・℃」との事項が付加され,「熱損失係数が1. 20〜2.5kcal/? ・h・℃の高断熱・高気密住宅」との構成とされた。


 ところで,「熱損失係数が1.0〜2.5kcal/? ・h・℃の高断熱・高気密住宅」との構成について,本件発明全体における意義を検討すると,形式的には,数値を含む事項によって限定されてはいるものの,熱損失係数の計算精度は高いものとはいえないと指摘されていること等に照らすならば,同構成は,補正前と同様に,本件発明の解決課題及び解決機序に関係する技術的事項を含むとはいいがたく,むしろ,本件発明における課題解決の対象を漠然と提示したものと理解するのが合理的である。


 本件補正の適否についてみてみると,仮に本件補正を許したとしても,先に述べた特許法17条の2第3項の趣旨,すなわち,?出願当初から発明の開示を十分ならしめ,発明の開示が不十分にしかされていない出願と出願当初から発明の開示が十分にされている出願との間の取扱いの公平性の確保,?出願時に開示された発明の範囲を前提として行動した第三者が被る不測の不利益の防止,という趣旨に反するということはできない。


 そうすると,本件補正は,本件発明の解決課題及び解決手段に寄与する技術的事項には当たらない事項について,その範囲を明らかにするために補足した程度にすぎない場合というべきであるから,結局のところ,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入していない場合とみるべきであり,本件補正は不適法とはいえない。


 もっとも,原告は,無効審判手続及び本訴において,?本件発明が最も効果を奏するのは,熱損失係数1.0〜2.5kcal/?・h・℃の高断熱高気密住宅においてであること,?熱損失係数が2.5kcal/?・h・℃以上になると,住宅内から損失してしまう熱量が大きすぎて,蓄熱層を高温にしなければ,その損失分を補充することはできなくなること,?熱損失係数が1.0kcal/?・h・℃以下になると,断熱性が高くなり,暖房効果はあるものの,冷房負荷が大きいという問題が生じるし,断熱性が高ければ,本件発明を用いる必要性がない等と述べている。


 しかし,前記のとおり「熱損失係数」が計算精度の高いものではないことに照らせば,原告がこのように述べたからといって,直ちに,「熱損失係数1.0〜2.5kcal/?・h・℃」との値が,本件発明の課題解決の機序との関係において,客観的な技術的意義を有するものと解することはできない(甲44には,熱損失係数が1.0以下となると冷房負荷が大きくなる旨の記載があるが,上記のとおり熱損失係数の計算精度は高いものではないことに加え,上記記載も本願出願後のものであるから,本願出願時において,厳密な意味において熱損失係数が1.0を下回ると冷房負荷が大きいとの問題があるとの技術上の認識が存したとまでは認められない。)。


(イ) 仮に,「熱損失係数が1.0〜2.5kcal/? ・h・℃」が,本件発明に関する技術的意義を有するといえるとしても,本件補正は,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入した場合であるとはいえない。


 すなわち,前記のとおり,?本件出願当初明細書には,本件発明のヒータ利用による深夜電力の料金の目安を示した表(表2)が掲載され,ヒータ利用による電気量料金の試算は,熱損失係数1.2kcal/?・h・℃の住宅仕様を対象に行われていること,?本件出願当時,高断熱・高気密住宅とは,正確な定義が存在するわけではないが,おおむね,平成11年次世代省エネルギー基準で定めた熱損失係数と対比して,それより良好な住宅を指すものと解して差し支えないこと,?熱損失係数とは,室内外の温度差が1℃の時,家全体から1時間に床面積1?当たりに逃げ出す熱量を指し,住まいの保温性能を表わす住宅の省エネルギーに関する指標であること,?財団法人建築環境・省エネルギー機構から,平成11年次世代省エネルギー基準が示されているが,その基準値(下限)は,地域によって異なるが,1.4kcal/?・h・℃ないし2.3kcal/?・h・℃とされていること(ただし,沖縄県を除く。),?前記のとおり,熱損失係数の計算精度は高いものとはいえないことが認められる。


 そうすると,仮に,本件補正によって付加された事項が技術的内容を含んでいると解したとしても,本件出願当初明細書には「熱損失係数が1.0〜2.5kcal/m2 ・h・℃」における数値が明示されているわけではないが,本件発明の課題解決の対象である「高断熱・高気密住宅」をある程度明りょうにしたにすぎないという意味を超えて,当該数値に本件発明の解決課題及び解決手段との関係で格別な意味を見いだせない本件においては,その付加された事項の内容は,本件出願当初明細書において既に開示されていると同視して差し支えないといえる。


 したがって,本件補正は,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入した場合であるとはいえない。


第6 結論

 以上のとおり,本件補正が特許法17条の2第3項の規定に違反することを理由として本件発明に係る特許を無効とした審決は,その限りにおいて誤りがある。よって,主文のとおり判決する。』


 と判示されました。


 今回の知財高裁判決の新規事項追加の判断基準は、知財大合議事件の、●『平成18(行ケ)10563 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「感光性熱硬化性樹脂組成物及びソルダーレジストパターン形成方法」平成20年05月30日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080530152605.pdf)の、


「願書に最初に添附した明細書又は図面に記載した事項の範囲内」とは,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内」においてするものということができるというべきところ,上記明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項は,必ずしも明細書又は図面に直接表現されていなくとも,明細書又は図面の記載から自明である技術的事項であれば,特段の事情がない限り,「新たな技術的事項を導入しないものである」


 と同じですが、今回は、そのような判断基準を、特許法第36条5項の記載要件等との関係で、


『 特許法17条の2第3項は,補正について,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面(以下「出願当初明細書等」という場合がある。)に記載した事項の範囲内においてしなければならない旨を定める。


 同規定は,出願当初から発明の開示を十分ならしめるようにさせ,迅速な権利付与を担保し,発明の開示が不十分にしかされていない出願と出願当初から発明の開示が十分にされている出願との間の取扱いの公平性を確保するとともに,出願時に開示された発明の範囲を前提として行動した第三者が不測の不利益を被ることのないようにするなどの趣旨から設けられたものである。


 そして,発明とは,自然法則を利用した技術的思想であり,課題を解決するための技術的事項の組合せによって成り立つものであることからすれば,同条3項所定の出願当初明細書等に「記載した事項」とは,出願当初明細書等によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提になる。


 したがって,当該補正が,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入したものと解されない場合であれば,当該補正は,明細書,特許請求の範囲の記載又は図面に記載した事項の範囲内においてされたものというべきであって,同条3項に違反しないと解すべきである。


 ところで,特許法36条5項は,特許請求の範囲には,「・・・特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない」と規定する。同規定は,特許請求の範囲には,「・・・特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載」すべきとされていた同項2号の規定を改正したものである(平成6年法律第116号)。従来,特許請求の範囲には,発明の構成に不可欠な事項以外の記載はおよそ許されなかったのに対して,同改正によって,発明を特定するのに必要な事項を補足したり,説明したりする事項を記載することも許容されることとされた。


 そこで,これに応じて,特許請求の範囲に係る補正においても,発明の構成に不可欠な技術的事項を付加する補正のみならず,それを補足したり,説明したりする文言を付加するだけの補正も想定されることになる。


 したがって,補正が,特許法17条の2第3項所定の出願当初明細書等に記載した「事項の範囲内」であるか否かを判断するに際しても,補正により特許請求の範囲に付加された文言と出願当初明細書等の記載とを形式的に対比するのではなく,補正により付加された事項が,発明の課題解決に寄与する技術的な意義を有する事項に該当するか否かを吟味して,新たな技術的事項を導入したものと解されない場合であるかを判断すべきことになる。


 と説明されており、この点でも参考になるかと思います。


 特に、今回、知財高裁は、出願当初明細書に記載のない「熱損失係数が1.0〜2.5kcal/m ・h2・℃の高断熱・高気密住宅」という限定を特許請求の範囲に追加する補正が新規事項の追加ではない、と判示した点が、とても参考になります。


 詳細は、本判決文を参照してください。