●平成19(行ケ)10307 審決取消請求事件 特許権「無鉛はんだ合金」

 本日は、『平成19(行ケ)10307 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「無鉛はんだ合金」平成20年09月08日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080909132254.pdf)について取上げます。


 本件は、特許無効審判請求を不成立とした審決の一部取消しを求める事案で、その請求が認容された事案です。


 本件では、取消事由2の「特許法36条6項1号のいわゆるサポート要件について」の判断が参考になります。


 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 田中信義、裁判官 榎戸道也、裁判官 浅井憲)は、


1 取消事由2(サポート要件の具備についての判断の誤り)について

(1) 特許法36条6項1号のいわゆるサポート要件について

ア(ア) 特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号が規定するいわゆるサポート要件に適合するものであるか否かについては,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,発明の詳細な説明の記載が,当業者において当該発明の課題が解決されるものと認識することができる程度のものであるか否か,又は,その程度の記載や示唆がなくても,特許出願時の技術常識に照らし,当業者において当該発明の課題が解決されるものと認識することができる程度のものであるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。


(イ) また,発明の詳細な説明の記載が,当業者において当該発明の課題が解決されるものと認識することができる程度のものでなく,かつ,特許出願時の技術常識に照らしても,当業者において当該発明の課題が解決されるものと認識することができる程度のものでない場合に,特許出願後に実験データ等を提出し,発明の詳細な説明の記載内容を記載外において補足することによって,その内容を補充ないし拡張し,これにより,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するようにすることは,発明の公開を前提に特許を付与するという特許制度に趣旨に反し許されないと解すべきである。


イ ところで,本件発明1は,前記第2の2のとおり,本件組成を有する無鉛はんだ合金であって,「金属間化合物の発生を抑制し」との構成(以下「本件構成A」という。)及び「流動性が向上した」との構成(以下「本件構成B」という。)を含むものであるところ,一般に,合金に係る発明を,その組成に加え,その機能ないし性質を用いて特定する場合,当該発明は,その機能ないし性質を必要とする用途に用いられる合金であり,当該組成を有する当該合金が当該機能ないし性質を備えることにより,当該発明の課題が解決されるものと理解されるのであるから,上記ア(アにおいて説示したところに照らせば,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものであるか否かについて判断するに当たっては,本件「発明の詳細な説明」が,当業者において,無鉛はんだ合金が本件組成を有することにより,本件構成A及びBの機能ないし性質が得られるものと認識することができる程度に記載されたものであるか,又は,本件出願時の技術常識を参酌すれば,当業者において,そのように認識することができる程度に記載されたものであることを要すると解するのが相当である。


ウ 以上の観点から,以下,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものであるか否かについて検討する。


(2) 本件「発明の詳細な説明」の記載

ア 本件「発明の詳細な説明」には,次の各記載がある。


 ・・・省略・・・


イ また,表1(7頁)には,次の5種類の組成の無鉛はんだ合金((i)ないし(iii)は本件発明1の組成(本件組成)の範囲内のもの,(iv)及び(v)は本件発明4の組成の範囲内のもの)をサンプルとして,融点(固相点・液相点),強度及び伸び率を測定し,次の2種類の組成の比較例と比較した結果が示されている(単位は,いずれも重量%である。)。

「(サンプル)
Sn Cu Ni Ge
(i) 残部0.5 0.05
(ii) 残部0.5 0.1
(iii) 残部0.6 0.05
(iv) 残部0.5 0.05 0.1
(v) 残部0.5 0.05 0.3
(比較例)<A> 残部0.5<B> 残部0.7」

(3) 検討

ア(ア) 上記(2)のとおり,本件「発明の詳細な説明」には,本件構成A及びBに関する記載として,「本発明では・・・金属間化合物の発生を抑制し流動性が向上したはんだ合金を開示することを目的としたものである。」(上記(2)ア(イ),「本発明では,上記目的を達成するためのはんだ合金として,Cu 0.3〜0.7重量%に,Ni 0.04〜0.1重量%,残部Snの3元はんだを構成した」(同(ウ),「NiはSnとCuが反応してできるCu6Sn5あるいはCu3Snのような金属間化合物の発生を抑制する作用を行う。このような金属間化合物は融点が高く,合金溶融時に溶湯の中に存在して流動性を阻害し,はんだとしての性能を低下させる。・・・そこで,これを回避するためにNiを添加したが,Ni自身もSnと反応して化合物を発生させるが,CuとNiは互いにあらゆる割合で溶け合う全固溶の関係にあるため,NiはSn−Cu金属間化合物の発生に相互作用をする。本発明では,SnにCuを加えることによってはんだ接合材としての特性を期待するものであるから,合金中にSn−Cu金属間化合物が大量に形成されることは好ましくないものということができる。そこで,Cuと全固溶の関係にあるNiを採用し,CuのSnに対する反応を抑制する作用を行わしめるものである。・・・Niの添加量を減らしていった場合,0.04重量%以上であればはんだ流動性の向上が確認でき(た)」(同(エ),「SnにNiを単独で徐々に添加した場合には融点の上昇と共に,Sn−Ni化合物の発生によって溶解時に流動性が低下するが,Cuを投入することによって粘性はあるものの流動性が改善され,さらさらの状態になる」(同(オ),「本発明では,NiがCuと全固溶し,かつCuとSnの合金によるブリッジの発生などを抑制できることに着目している」(同(コ)との各記載,すなわち,無鉛はんだ合金が本件組成を有することにより本件構成A及びBの機能ないし性質が得られたとの結果の記載並びにその理由として「CuとNiは互いにあらゆる割合で溶け合う全固溶の関係にあるため,NiはSn−Cu金属間化合物の発生を抑制する作用をする」との趣旨の記載があるにすぎず,本件構成A及びBの機能ないし性質が達成されたことを裏付ける具体例の開示はおろか,当該機能ないし性質が達成されたか否かを確認するための具体的な方法(測定方法)についての開示すらない。


(イ) なお,本件「発明の詳細な説明」には,上記(2)ア(キ及び(ク並びにイのとおり,本件発明1に係る無鉛はんだ合金の各種試験結果についての記載があるが,うち,ヌレ性試験以外の各種試験が本件構成A及びBの機能ないし性質と直接の関係のないものであることは,それらの内容に照らし,明らかである。


 また,本件構成A及びBの機能ないし性質が,その内容及び上記(2)アの記載内容に照らし,Sn−Cu金属間化合物の生成の抑制に関し,Niの添加量の程度によって左右されるものであるのに対し,ヌレ性については,上記(2)アのとおり,本件「発明の詳細な説明」には,無鉛はんだ合金自体の融点の温度によって左右されるものである趣旨の記載があるのみであるから,ヌレ性試験についても,本件構成A及びBの機能ないし性質とは直接の関係のないものであるというべきであり(なお,被告も,現在のはんだ合金につき,「流動性の良さという,ぬれ性とは別個の課題を解決する必要がある」と主張するところであるし(被告の平成19年12月13日付け準備書面(第1回)6頁16〜19行),本件「発明の詳細な説明」においても,「・・・はんだ合金において鉛は・・・流動性およびヌレ特性を改善する重要な金属であるとされていた。」との記載がある(上記(2)ア(イ)。),その他,ヌレ性試験が本件構成A及びBの機能ないし性質に関する試験であると認めるに足りる証拠はない。


(ウ)a さらに,本件「発明の詳細な説明」中の「CuとNiは互いにあらゆる割合で溶け合う全固溶の関係にあるため,NiはSn−Cu金属間化合物の発生を抑制する作用をする」との趣旨の記載の技術的意義についてみるに,B作成の以下の各書面には,それぞれ以下の各記載がある。


 ・・・省略・・・


b  B甲9実験報告書には,上記a(a)iiのとおり,「Niを添加することによって凝固時(液相→固相の相変態時)に金属間化合物であるCu6Sn5中に選択的にNiが取り込まれ,Cu6Sn5固液界面エネルギー状態に変化を来たす。・・・そのため,Cu6Sn5の晶出(あるいは発生)が抑制(あるいは制御)される。その結果として,『流動性』が向上・・・する。」との見解を示した記載がある。


しかしながら,B甲9実験報告書は,本件出願の日(平成11年3月15日)から7年以上が経過した平成18年6月6日付けで作成されたものであり,しかも,上記aの各記載によれば,上記見解は,「同月の時点で最もその分野に明るく,その能力を有するB」が,「同月当時に存在した学術データを基に,当時の知見から考え得るすべてのメカニズムを検討して得た」,「最大限でき得る限りの」,「先見性」を有する「私見」ないし「個人的見解」であり,しかも,上記見解は,「議論」であり,「まだよく分かっていないので,これから調べる必要がある」,「今後の学術研究によりさらに詳しく解明されることが期待される」などというものにすぎず,さらには,B甲9実験において「Sn−0.7Cu合金は,Ni添加量が400ppm〜800ppmの範囲において,流動性が相対的に著しく高くなることが示された」こと自体が,「学術的にも重大な発見」であるというのである。


 そうだとすると,B甲9実験報告書に上記見解を示した記載があるからといって,本件出願当時ないしは本件出願に係る優先日(平成10年3月26日,同年10月28日)当時,「CuとNiは互いにあらゆる割合で溶け合う全固溶の関係にあるため,NiはSn−Cu金属間化合物の発生を抑制する作用をする」ことが当業者の技術常識であったものとは到底認められず,その他,そのような事実を認めるに足りる証拠はない。


イ 上記アにおいて検討したところによれば,本件「発明の詳細な説明」が,当業者において,無鉛はんだ合金が本件組成を有することにより,本件構成A及びBの機能ないし性質が得られるものと認識することができる程度に記載されたものでないことは明らかであり,かつ,本件出願(優先日)当時の技術常識を参酌しても,当業者において,そのように認識することができる程度に記載されたものでないことは明らかであるといわざるを得ない。


 したがって,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものと認めることはできない。


ウ 被告は,本件発明1の無鉛はんだ合金が良好な流動性を示す実験として,B甲9実験及びB・D乙2論文に記載された実験を挙げた上(取消事由1に対する反論参照),本件発明1に係る特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かの判断に当たり,これら実験の結果を参酌することが許される旨主張するが,前記(1)ア(イに説示したところに照らせば,上記各実験結果をもって本件「発明の詳細な説明」を補充ないし拡張することは許されないから,被告の主張を採用することはできない。


(4) 取消事由2についての結論


 以上のとおりであるから,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項1号のサポート要件に適合するものとはいえない。そして,前記第3の2のとおり,本件発明4に係る特許請求の範囲の記載は,「請求項1に対して,さらにGe 0.001〜1重量%を加えた無鉛はんだ合金。」というものであるから,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載が同号のサポート要件に適合するものとはいえない以上,本件発明4に係る特許請求の範囲の記載も,同号のサポート要件に適合するものとはいえないことになる。


 そうすると,本件発明1及び4に係る本件特許は,同項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから,同法123条1項4号に該当し,無効とされるべきである。


 したがって,これと異なる審決の判断は誤りであるから,取消事由2は理由がある。


2 結論

 以上のとおり,取消事由2は理由があるから,その余の取消事由について判断するまでもなく,原告の請求は理由がある。よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。』


 と判示されました。


  なお、本件は、原告が取消事由2の中で述べていますが、今年の3/8の日記(http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20080308)、および3/9の日記(http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20080309)でも取上げた、『平成18(ワ)6162 特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟「無鉛はんだ合金」平成20年03月03日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080307150949.pdf)と同じ特許発明に係る事案のようで、こちらの大阪地裁の侵害訴訟でも、特許法第104条の3の無効の抗弁について判断した際、請求項1および請求項4については、特許法第36条第6項1号のサポート要件違反と判断されたようです。


 詳細は、本判決文を参照してください。