●平成20(行ケ)10484 審決取消請求事件 特許権「無鉛はんだ合金」

 本日は、『平成20(行ケ)10484 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「無鉛はんだ合金」平成21年09月29日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20091001113755.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許無効審判の認容(無効)審決の取消しを求めた審決取消訴訟で、その請求が認容された事案です。


 本件では、取消事由2(本件発明1〜4に係る特許が特許法旧36条6項1号を充足すること)についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第2部 裁判長裁判官 中野哲弘、裁判官 森義之、裁判官 澁谷勝海)は、


『2 事案に鑑み,原告主張の取消事由2(本件発明1〜4に係る特許が特許法旧36条6項1号を充足すること)について判断する。

(1) 特許請求の範囲の記載が,特許法旧36条6項1号に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。


 そこで,以上の観点に立って本件について検討する。

(2) 本件特許の請求項1〜4は,前記第3,1(2)のとおりであるほか,本件訂正後の明細書(甲3)には,「発明の詳細な説明」として,次の記載がある。


 ・・・省略・・・


(2) 上記(2)によれば,本件発明1は,「Cu0.3〜0.7重量%,Ni0.04〜0.1重量%,残部Snからなる」組成を有する無鉛はんだ合金であって,「金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した」ものであることが認められる。


 ところで,被告らは,本件発明1のはんだ合金は,請求項記載のその成分組成範囲内においては,金属間化合物によってその流動性を損なわれることはなく,その範囲外において金属間化合物の発生による影響が表れるとしても,本件発明1には何ら関連のない作用であると主張する。


 本件発明1は,無鉛はんだ合金の組成を「Cu0.3〜0.7重量%,N
i0.04〜0.1重量%,残部Sn」と特定した発明であるが,そうであるからといって,「金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上したこと」の部分が,はんだ付けを始める前のSn−Cuはんだの溶融段階に関する記載であると解すべき理由はない。本件発明1は,はんだ付け作業中に,Cuの濃度が上昇して,SnとCuの不溶解性の金属間化合物が形成され,はんだ浴中に析出したり,ざらざらした泥状となってはんだ浴底に溜まったりして,はんだの流動性を阻害することを解決課題とし,それを解決するために,上記のような合金の組成としたものと理解することができる。


(4) 本件特許の請求項1に記載の「金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した」ことについて,本件訂正後の明細書(甲3)の「発明の詳細な説明」には,上記(2)ウ(ウ)〜(カ)のとおり,無鉛はんだ合金の構成を「Snを主とし,これに,Cuを0.3〜0.7重量%,Niを0.04〜0.1重量%加えた」ものとすることによって,「金属間化合物の発生が抑制され,流動性が向上した」ことが記載されており,その理由として,CuとNiは互いにあらゆる割合で溶け合う全固溶の関係にあることが記載されているから,特許請求の範囲に記載された「金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した」発明は,発明の詳細な説明に記載された発明であって,かつ発明の詳細な説明の記載により当業者が上記の本件発明1の課題を解決できると認識できるものであると認められる。


(5) 被告らは,本件訂正後の明細書(甲3)の「流動性が向上」という記載は,一般的な溶融状態のはんだの性質以上の,これを発明特定事項とするはんだの性質を把握・理解し,評価する根拠とはならないと主張する。


 しかし,上記の「流動性が向上」については,「金属間化合物の発生を抑制する」というその意義が記載されている。そして,甲5(R.J.KLEIN WASSINK著「ソルダリングインエレクトロニクス」日刊工業新聞社昭和61年8月30日初版1刷発行106頁)に「…銅を含む溶融はんだを冷却すると,過剰になった銅はCu Sn の微細な針状晶(樹枝状6 5晶)として晶出し,しだいにはんだの粘性が増し,ブリッジの形成が促進されるようになる。しまいには凝固したはんだの表面は,晶出した針状晶のためざらざらした様相を呈するようになる。」と記載され,甲16(特開平7−116887号公報[発明の名称「はんだ合金」,出願人千住金属工業株式会社,公開日平成7年5月9日])に「…はんだ組織中に硬くて脆い性質を有する金属間化合物が存在した場合には,これがはんだの展延性を阻害し,接合部の応力緩和を低下させる要因となる。」(【0011】)と記載されているように,本件特許出願前から,はんだ付け作業における金属間化合物の発生については広く知られていたものと認められる(甲5,16は,「無鉛はんだ」について述べたものではないが,そうであるとしても,はんだ付け作業における金属間化合物の発生について知られていたことの証拠とはなり得るものである)。そうすると,上記の「流動性が向上」という記載は,はんだ付け作業時に必要とされるはんだの性質を特定したものであって,はんだの性質を把握・理解し,評価する根拠となるものであるということができる。


(6) もっとも,本件訂正後の明細書(甲3)の「発明の詳細な説明」には,「金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した」ことについての具体的な測定結果は記載されていない。


 確かに,数値限定に臨界的な意義がある発明など,数値範囲に特徴がある発明であれば,その数値に臨界的な意義があることを示す具体的な測定結果がなければ,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できない場合があり得る。


 しかし,本件全証拠によるも,本件優先権主張日前に「Snを主として,これに,CuとNiを加える」ことによって「金属間化合物の発生が抑制され,流動性が向上した」発明(又はそのような発明を容易に想到し得る発明)が存したとは認められないから,本件発明1の特徴的な部分は,「Snを主として,これに,CuとNiを加える」ことによって「金属間化合物の発生が抑制され,流動性が向上した」ことにあり,CuとNiの数値限定は,望ましい数値範囲を示したものにすぎないから,上記で述べたような意味において具体的な測定結果をもって裏付けられている必要はないというべきである。


(7) そして,本件特許出願前から,CuとNiは互いにあらゆる割合で溶け合う全固溶の関係にあることは広く知られていたと認められる(甲4,横山亨著「図解合金状態図読本」63頁オーム社昭和49年6月25日第1版第1刷発行)から,NiがCuのSnに対する反応を抑制する作用を行わしめるものであると考えることは,「Snを主として,これに,CuとNiを加える」ことによって「金属間化合物の発生が抑制され,流動性が向上した」理由の説明としては不合理ではない。


 したがって,本件訂正後の明細書(甲3)の記載において,従来の金属間化合物発生等で生じた流動性の問題がなく,フローめっき(噴流めっき)に適していることが,Cu−Sn系から出発したNiの添加の場合も,Ni−Sn系から出発したCuの添加の場合も確認されており,その原因については,NiとCuの全固溶関係という上記技術常識及びCuSn金属間化合物が生じた場合は流動性に問題を生じるという上記技術常識を考慮すれば,NiがCuのSnに対する反応を抑制する作用を行わせることの裏付けとしてはなされているというべきである。


(8) 以上述べたところからすると,本件発明1についての本件訂正後の明細書(甲3)は特許法旧36条6項1号に適合するというべきであるから,これに反する審決の判断には誤りがあるというべきである。そして,本件発明2〜4は,いずれも本件発明1を引用したものであるから,本件発明1と同様に特許法36条6項1号に適合しないとした審決の判断にも誤りがあることになる。

3 結論

 以上によれば,原告主張の取消事由2は理由がある。

 よって,その余の点について判断するまでもなく,審決は取消しを免れないから,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。』


 と判示されました。


 発明の名称の「無鉛はんだ合金」からして、08年9/10の日記(http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20080910)で取り上げた、

●『平成18(ワ)6162 特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟「無鉛はんだ合金」平成20年03月03日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080307150949.pdf)や、

 08年3/8の日記(http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20080308)や、08年3/9の日記(http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20080309)で取り上げた、
●『平成18(ワ)6162 特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟「無鉛はんだ合金」平成20年03月03日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080307150949.pdf)

 と関連する事件のようです。


 詳細は、本判決文を参照してください。