●平成20(ネ)10070 損害賠償請求控訴事件「石風呂装置事件」

 本日は、『平成20(ネ)10070 損害賠償請求控訴事件 その他 民事訴訟「石風呂装置事件」平成21年01月28日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090129093221.pdf)について取上げます。


 本件は、被控訴人(原審原告)が控訴人(原審被告)との間で,被告が特許権を有していた「石風呂装置」の特許について,専用実施権設定契約を締結し,同契約に基づいて被告に対し契約金3000万円を支払ったが,その後,本件特許を無効とする審決が確定したため、原告が被告らに対して不当利得返還請求権に基づき上記契約金等と同額の返還等を請求し、その遅延損害金(不可分債務)の支払を命ずる旨の一部認容判決が下されたため、控訴人(原審被告)が原判決を不服とし控訴を提起し、その控訴が認容された事案です。


 本件では、特許権について実施権を許諾した場合において、実施料不返還の特約があった場合に、実施権契約に錯誤があった場合、地裁では、実施料を返還すべきと判示したのに対し、高裁では、実施料を返還する必要がない、と判断した点で参考になる事案かと思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 齊木教朗、裁判官 嶋末和秀)は、


1 要素の錯誤の有無及び錯誤に関する重過失の有無について


(1) 事実経緯

 ・・・

ア 石風呂装置の研究開発をしていた被告Kと,「嵐の湯」(当時の名称は「有限会社みんなの石の湯」)を経営するZは,平成15年3月,本件発明に係る石風呂装置を,共同して販売する事業を進めることとし,共同事業の遂行に当たって,被告Kは,「嵐の湯」に対して,本件特許の通常実施権を設定する旨の契約を締結した。


 Zは,平成15年3月ころ,石風呂装置販売のモデルにするため,被告Kの指導を受けて,「嵐の湯」の経営に係る温泉宿泊施設「たびやかた嵐湯」(山形県)内に石風呂装置1号を設置した。また,Zは,平成15年10月ころ,石風呂装置1号の薬石層に温泉水を導入して蒸気化し,石風呂内を温泉水の蒸気で充満させる構成を付加したZ装置(石風呂装置2号)も「たびやかた嵐湯」内に設置した。


イ F(後に設立される原告の役員)らは,平成15年10月ころ,石風呂装置を用いた施設に関連する事業を行おうと考えて,「たびやかた嵐湯」を訪れた。そして,Zから,Z装置の構造の概要,Z装置が被告Kの有する本件特許権を実施したものである等の説明を受けた。


 Fらは,平成15年11月ころ,石風呂装置を用いた施設を自ら設置して経営するには資金が足りないので,むしろ,本件特許の専用実施権の設定を受けて,第三者に再許諾するビジネスを行うことを考えた。そして,平成15年12月に,被告KらとFらが協議した。その際に,被告Kらは,Fらに対し,上記実施契約書案の契約条項の内容について説明し,特に,本件実施契約書6条1項については,特許が無効になっても契約金等の返還をしない等の趣旨を説明し,Fらも,実施契約書案の内容を了解した。その直後の平成15年12月12日に,原告が株式会社として設立された。


 平成15年12月22日に,被告K,原告代表者,F,Zらが同席して本件特許権について専用実施権を設定する旨の契約を締結した。実施地域は岐阜県及び長野県であり,その代金は3000万円であった。原告は,専用実施権者であり,被告Kの承諾を得て他人に通常実施権を許諾することができる。また,既払分については返還しない旨の特約が付されている。平成15年12月24日,原告は,被告Kに対し,本件実施契約に基づき,本件契約金3000万円を支払った。


ウ その後,被告Kと,通常実施権者であった「嵐の湯」(被告Z経営)との間で,特許の有効性の認識について見解の相違が生じ,原告は通常実施権契約を解除するとともに,「嵐の湯」に対して,Z装置が本件特許権を侵害すると主張して,特許権侵害差止訴訟を提起した。しかし,被告Kの「嵐の湯」に対する同侵害訴訟提起が契機となり,「嵐の湯」が無効審判請求を提起したところ,平成17年4月特許庁は,進歩性なしとの理由により,本件特許を無効とする審決をし,その後平成18年10月に同審決は確定した。


(2) 判断


 上記の本件実施契約の締結前後の事実経緯に照らすならば,本件実施契約を締結するに当たり,Z装置が本件発明の技術的範囲に含まれると原告が誤信した点は,要素の錯誤に当たると解すべきではなく,また,原告の認識した事実に何らかの点で誤りがあったとしても,それは重大な過失に基づくものというべきであるから,原告は本件実施契約の無効を主張することができない。


 その理由は,以下のとおりである。


 すなわち,本件実施契約は,営利を目的とする事業を遂行する当事者同士により締結されたものであり,その対象は,本件特許権(専用実施権)であるから,契約の当事者としては,取引の通念として,契約を締結する際に,契約の内容である特許権がどのようなものであるかを検討することは,必要不可欠であるといえる。


 すなわち,合理的な事業者としては,「発明の技術的範囲がどの程度広いものであるか」,「当該特許が将来無効とされる可能性がどの程度であるか」,「当該特許権(専用実施権)が,自己の計画する事業において,どの程度有用で貢献するか」等を総合的に検討,考慮することは当然であるといえる。そして,「技術的範囲の広狭」及び「無効の可能性」については,特許公報,出願手続及び先行技術の状況を調査,検討することが必要になるが,仮に,自ら分析,評価することが困難であったとしても,専門家の意見を求める等により,適宜の評価をすることは可能であるというべきである。


 本件では,原告は,被告Kから,専用実施権の設定を受け,その権利に基づいて,第三者に再許諾(通常実施権)をし,また,自ら施設を運営することによって,利益を図ることを計画していたのであるから,原告としては,そのような事業目的との関連性において,本件特許権(専用実施権)の価値(発明の技術的範囲等)を分析,評価及び検討をすべきであったというべきである。


 ところで,本件特許権は,当事者双方が予測しなかった事情によって,無効とされるに至ったが,本件実施契約では不返還の特約が付されていたため,原告は,無効となったことを理由として,支払った金額の返還を求めることはできなかった。


 しかし,仮に,本件特許が無効とされる事情が発生しなかったとすれば,本件特許権は,その特許請求の範囲の記載のとおりの技術的範囲及びその均等物に対する専有権を有していたのであり,その専有権は,原告の計画していた事業において,有益であったというべきである。


 実際にも,原告は,本件実施契約に基づく再許諾権限に基づいて,湯本館に対して,通常実施権を付与したことにより,525万円の契約金の支払を受けていた(乙38,39)。そうすると,技術的範囲についての原告の認識の誤りは,原告の計画していた事業の妨げになったとは到底解することはできず,Z装置が本件発明の技術的範囲又はそれと均等の範囲に含まれていない限り原告において本件実施契約を締結する意思表示をすることがなかったであろうとまで認めることはできない。


 以上のとおりであって,原告に,本件実施契約の対象たる特許権に係る発明の技術的範囲についての認識の誤りがあったからといって,その点が,本件実施契約についての「要素の錯誤」に該当するということはできない。


 また,仮に,何らかの誤認があったとしても,それは,このような事業を遂行する過程で契約を締結する際に,当然に調査検討すべき事項を怠ったことによるものであって,重大な過失に基づく誤認であるというべきである。


公序良俗違反又は信義則違反について


 原告が誤信した点について被告らにおいて本件実施契約当初から悪意であったと認めるに足りる証拠はなく,前記認定の本件の事実関係を併せ考慮すれば,本件実施契約の締結が公序良俗に違反するとはいえず,また,被告らにおいて本件不返還特約を援用することが信義則に反するということもできないから,この点に関する原告の主張も理由がない。


3 結論

 以上によれば,原告の被告らに対する請求は,いずれも理由がないからこれを棄却すべきであり,これと異なる原判決中被告ら敗訴の部分を取り消して原告の請求をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。』


 と判示されました。


 なお、本件の地裁判決は、08/09/02の日記(http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20080902)を参照してください。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。