●平成19(ワ)17344損害賠償請求事件 特許権「石風呂装置事件」

 本日は、『平成19(ワ)17344 損害賠償請求事件 特許権 民事訴訟「石風呂装置」平成20年08月28日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080901152448.pdf)について取上げます。


 本件は、原告が,被告Yとの間で,被告Yが特許権者であった石風呂装置の特許につき,専用実施権設定契約を締結し,同契約に基づいて被告Yに対し契約金を支払ったところ,その後,同特許を無効とする審決が確定し,上記特許に係る石風呂装置を独占的に使用することができなくなったため、その契約金の返還等を求め、その請求の一部が認容された事案です。


 本件では、実施契約に実施料不返還の特約があった場合に、争点(3)の実施契約した製品が本件特許発明の技術的範囲に属さない場合の本件実施契約の有効性および本件契約金の返還義務の有無と、争点(4)の契約書に「本契約に基づいてなされたあらゆる支払いは事由の如何に拘わらず返還されないものとする。」と記載されていた場合の無効審決の確定による本件契約金の返還義務の有無等についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、東京地裁(民事第47部 裁判長裁判官 阿部正幸、裁判官 平田直人、裁判官 瀬田浩久)は、


5 争点(3)(錯誤無効,公序良俗違反の成否)について

(1) 被告Yについて

 上記1,2で認定説示したところによれば,原告は,その設立をした関係者が被告Y及びZからZ装置が本件発明の実施品である旨の説明を受け,Z装置と同一の装置を独占的に実施するのに必要であるとの認識の下に本件実施契約を締結したものである。


 ところが,実際には,Z装置は本件発明の技術的範囲に属さず,原告は,本件実施契約を締結してもZ装置と同一の装置を独占的に実施することのできる地位を獲得することができなかったものである。


 原告がこのことを知っていれば本件実施契約を締結することはなかったということができるから,原告には本件実施契約の締結につき要素の錯誤があったというべきである。


 本件実施契約書(甲1)の6条1項は,「本契約に基づいてなされたあらゆる支払いは,事由の如何に拘わらず乙(判決注・原告)に返還されないものとする。」と規定している。


 しかしながら,前記1で認定した事実によれば,同条項の定めは,特許無効審判制度が存在することを前提として,本件特許権につき,契約締結後,無効審判が請求され無効審決が確定した場合であっても,本件契約金等の返還をしない趣旨を合意したものであることが認められる。


 同条項につき,上記の趣旨を超えて,本件実施契約につき錯誤や詐欺等が存在する場合において,契約の無効や取消しを理由として本件契約金等の返還請求をすることが一切できないとの趣旨まで含むことについての合意があったことをうかがわせる証拠はない。


 以上によれば,本件実施契約は錯誤により無効であり,被告Yは,原告に対し,不当利得として,本件契約金3000万円の返還義務を負う。


 原告は,上記不当利得返還請求につき,平成18年10月27日からの遅延損害金の支払を請求する。しかしながら,不当利得返還債務が遅滞に陥るのは,催告の到達した翌日である。証拠(甲5,6)によれば,原告は,被告Y及びZに対し本件契約金3000万円の返還を催告する内容の平成18年11月28日付け内容証明郵便を差し出したこと,同書面は,Zに同月30日に配達され,そのころ被告Yにも配達されたものの,被告Yは同書面が本件実施契約に関する原告からの通知であることを知りながら,その受取りを拒否したことが認められる。そうすると,上記内容証明郵便は,同郵便がZに配達された平成18年11月30日には被告Yにも配達されたものと推認するのが相当であるから,同日に同被告に到達したものということができる。被告Yが上記3000万円の不当利得返還債務について遅滞に陥るのは,上記配達日の翌日である平成18年12月1日であり,それより前の期間の遅延損害金の請求は理由がない。


(2) 被告石の湯総本部について


 被告石の湯総本部については,本件実施契約書において当事者として掲げられていない。


しかしながら,前記1で認定したところによれば,被告石の湯総本部は,本件発明の実施品である石風呂装置を利用した浴場を経営することを目的とする「みんなの石の湯グループ」を主催し,本件発明の実施に伴う収入の受け皿とするために設立された会社であり,本件特許の特許権者である被告Yがその代表取締役に就任していること,本件契約金について被告石の湯総本部の名義で原告宛に領収証が発行されていること(甲14),に照らすと,被告石の湯総本部も本件実施契約の当事者であると認めるのが相当である。


 そうすると,被告石の湯総本部は,本件実施契約の錯誤無効による不当利得として,本件契約金3000万円を原告に返還する義務を負うというべきである(被告Yと被告石の湯総本部の各不当利得返還債務は不可分債務となると解される。)。前記(1)の被告Yに対する本件契約金の返還催告は,被告石の湯総本部の代表者に対する返還催告としての意味も有すると認められるから,遅延損害金の起算日は,(1)で述べたとおり,平成18年12月1日となる。


6 争点(4)(本件無効審決の確定による本件契約金の返還義務の有無)について

(1) 被告Yについて


 原告は,本件特許につき本件無効審決が確定し本件特許が遡及的に無効になったから,被告Yは,本件契約金を不当利得として返還する義務がある,と主張する。


 しかしながら,本件実施契約書(甲1)の6条1項は,「本契約に基づいてなされたあらゆる支払いは,事由の如何に拘わらず乙(判決注・原告)に返還されないものとする。」と規定しており,同条項の定めが,特許無効審判制度が存在することを前提として,本件特許権につき,契約締結後,無効審判が請求され無効審決が確定した場合であっても,本件契約金等の返還をしない趣旨を合意したものであることは,前記5(1)で説示したとおりである。


 同条項によれば,本件特許が本件無効審決により無効となっても,被告Yは,本件実施契約に基づき支払われた本件契約金の返還義務を負わないと解するのが相当である。


(2) 被告石の湯総本部について

(1) で説示したところによれば,原告の被告石の湯総本部に対する,本件無効審決の確定を理由とする不当利得返還請求に理由がないことは,明らかである。


(3) 以上のとおりであるから,原告の被告らに対する,本件無効審決の確定を理由とする不当利得返還請求はいずれも理由がない。


7 以上のとおりであるから,原告の被告らに対する請求は,被告ら各自に対し金3000万円及びこれに対する平成18年12月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,原告の被告らに対するその余の請求(平成18年10月27日から同年11月30日までの遅延損害金請求)はいずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条ただし書,65条1項ただし書を,仮執行の宣言につき同法259条1項を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。