●平成10年に出された知財事件の最高裁判決(1)

 本日は、平成10年に出された知財事件の最高裁判決で、裁判所HP(http://www.courts.go.jp/)に掲載されている最高裁判決2件について、下記の通り、簡単に紹介します。


 下記の均等論について判示した最高裁判決である「ボールスプライン事件」は、とても有名で重要ですが、明細書の作用効果の記載を参酌して特許発明の技術的範囲を解釈すべきと判示した最高裁判決の「単独型ガス燃焼窯による燻し瓦の製造方法事件」も、それに劣らず、実務上重要な判決である、と思います。


●『平成6(オ)1083 特許権侵害差止等 特許権 民事訴訟「ボールスプライン事件」平成10年02月24日 最高裁判所第三小法廷』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/D1A36F798EA8CC1449256A8500311D97.pdf)


 ・・・『 1 特許権侵害訴訟において、相手方が製造等をする製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)が特許発明の技術的範囲に属するかどうかを判断するに当たっては、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて特許発明の技術的範囲を確定しなければならず(特許法七〇条一項参照)、特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合には、右対象製品等は、特許発明の技術的範囲に属するということはできない。


しかし、特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても、

(1)右部分が特許発明の本質的部分ではなく、
(2)右部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、
(3)右のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、
(4)対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、
(5)対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、右対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である。


ただし、
(一)特許出願の際に将来のあらゆる侵害態様を予想して明細書の特許請求の範囲を記載することは極めて困難であり、相手方において特許請求の範囲に記載された構成の一部を特許出願後に明らかとなった物質・技術等に置き換えることによって、特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れることができるとすれば、社会一般の発明への意欲を減殺することとなり、発明の保護、奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に反するばかりでなく、社会正義に反し、衡平の理念にもとる結果となるのであって、
(二)このような点を考慮すると、特許発明の実質的価値は第三者が特許請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして容易に想到することのできる技術に及び、第三者はこれを予期すべきものと解するのが相当であり、
(三)他方、特許発明の特許出願時において公知であった技術及び当業者がこれから右出願時に容易に推考することができた技術については、そもそも何人も特許を受けることができなかったはずのものであるから(特許法二九条参照)、特許発明の技術的範囲に属するものということができず、
(四)また、特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に除外したなど、特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか、又は外形的にそのように解されるような行動をとったものについて、特許権者が後にこれと反する主張をすることは、禁反言の法理に照らし許されないからである。』、等と判示した最高裁判決。



●『平成6(オ)2378  特許権 民事訴訟 平成10年04月28日「単独型ガス燃焼窯による燻し瓦の製造方法事件」最高裁判所第三小法廷』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070314113047.pdf


・・・『本件において、特許請求の範囲の記載は、前記のとおりであり、瓦素地の焼成後に未燃焼のLPガスを窯内に送って充満させ、摂氏一〇〇〇度ないし九〇〇度「付近」の窯内温度と焼成瓦素地の触媒的作用により未燃焼LPガスを熱分解し、その分解によって単離される炭素を転移した黒煙を瓦素地表面に沈着するという構成を有し、本件発明における燻化時の窯内温度は、このような構成に適した窯内温度として採用されていることが明らかである。


また、発明の詳細な説明には、本件発明の作用効果として、窯内で炭化水素の熱分解が進んで単離される炭素並びにその炭素から転移した黒鉛の表面沈着によって生じた燻し瓦の着色は、在来の方法による燻し色の沈着に比して少しも遜色がないと記載され、本件発明における燻化温度は、このような作用効果をも生ずるのに適した窯内温度として採用されていることが明らかである。


したがって、本件発明の特許請求の範囲にいう摂氏一〇〇〇度ないし摂氏九〇〇度「付近」の窯内温度という構成における「付近」の意義については、本件特許出願時において、右作用効果を生ずるのに適した窯内温度に関する当業者の認識及び技術水準を参酌してこれを解釈することが必要である。


原審は、特許請求の範囲及び発明の詳細な説明のいずれにも「付近」の意義を判断するに足りる作用効果の開示はないというが、右のとおり、特許請求の範囲及び発明の詳細な説明には、「付近」の意義を解釈するに当たり参酌すべき作用効果が開示されているのであって、右「付近」の意義を判断するに当たっては、これらの記載を参酌することが必要不可欠である。


原審は、前記のとおり、本件発明は窯内温度が摂氏一〇〇〇度「付近」で燻化を開始し摂氏九〇〇度「付近」で燻化を終了するものであるとか、「付近」の意味する幅は摂氏一〇〇度よりもかなり少ない数値を指すというが、前記窯内温度の作用効果を参酌することなしにこのような判断をすることはできないのであって、このことは、右窯内温度が特許請求の範囲に記載されていることにより左右されるものではない。右参酌をせずに特許請求の範囲を解釈した原審の判断には、特許法七〇条の解釈を誤った違法があるというべきである。』、等と判示した最高裁判決。