●平成24(行ウ)279 手続却下処分取消等請求事件 特許権 行政訴訟

 本日は、『平成24(行ウ)279 手続却下処分取消等請求事件 特許権 行政訴訟 平成25年8月30日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20130919171911.pdf)について取り上げます。


 本件は、手続却下処分取消等請求事件で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、法184条の4第1項に規定される外国語特許出願の翻訳文の提出書却下処分の違法性についての判断などが参考になるかと思います。


 つまり、東京地裁(民事第29部 裁判長裁判官 大須賀滋、裁判官 小川雅敏、裁判官 西村康夫)は、


『2本件翻訳文提出書却下処分の違法性について

(1)法184条の4第1項は,外国語特許出願の出願人は,優先日から2年6か月の国内書面提出期間内に,明細書,請求の範囲,図面及び要約の日本語による翻訳文を,特許庁長官に提出しなければならないと規定し,同項ただし書において,国内書面提出期間満了の2か月前から満了の日までの間に,法184条の5第1項に規定する国内書面を提出した外国語特許出願については,国内書面の提出の日から2か月の翻訳文提出特例期間以内に,当該翻訳文を提出することができると規定している。そして,法184条の4第3項は,国内書面提出期間又は翻訳文提出特例期間内に,明細書の翻訳文及び請求の範囲の翻訳文(明細書等の翻訳文)の提出がないときは,その国際特許出願は取り下げられたものとみなすと規定している。


 法184条の5第2項は,同条1項の規定する国内書面(1号)のほかにも,法184条の4第1項の規定により提出すべき翻訳文のうち,要約の翻訳文(4号)については,国内書面提出期間の徒過を補正命令の対象としているが,明細書等の翻訳文を含むその他の翻訳文については,補正命令の対象としていない。


 このような法184条の5と法184条の4の規定を併せて読めば,外国語特許出願につき明細書等の翻訳文が国内書面提出期間内に提出されない場合には,その国際特許出願は,法184条の4第3項により,取り下げられたものとみなされることになり,事件が特許庁に係属しないこととなるから,当該国際特許出願について,法184条の5第2項の規定による補正命令が問題となる余地がないことは,明らかである。


(2)これを本件についてみると,前提となる事実のとおり,国内書面の提出後2か月の翻訳文提出特例期間内に,翻訳文の提出はなかったのであるから,法184条の4第3項の規定により,本件国際特許出願は,取り下げられたものとみなされることになる。そのため,本件国際特許出願は,事件が特許庁に係属しないこととなり,法184条の5第2項の規定による補正命令だけでなく,手続の補正が問題となる余地はないから,特許庁長官が本件国内書面や本件翻訳文の提出を求めるなどの手続の補正を認める余地はないというべきである。


 したがって,翻訳文提出特例期間後に提出された本件翻訳文提出書は,取り下げられたものとみなされる本件国際特許出願について提出された不適法な手続であって,その補正をすることができないものであるから,法18条の2第1項の規定により,その手続を却下すべきものである。


 よって,原告に補正の機会を与えずに特許庁長官がした本件翻訳文提出書却下処分は,適法である。


(3)原告の主張について

ア法184条の5第2項及び法184条の4第3項の解釈について原告は,法184条の5第2項が特許庁長官に補正を義務付けるものであるとの解釈を前提に,法184条の5第2項と法184条の4第3項との間に対立・矛盾があり,特許庁長官は,法184条の5第2項を優先して適用し,補正を命ずべきであったと主張する。


 しかし,法184条の5第2項は,「手続の補正をすべきことを命ずることができる。」と規定しており,その文言に照らして,手続の補正をすべきことを命ずることを特許庁長官に義務付けたものでないことは明らかである。


 そして,前記(1)で述べたとおり,法184条の5第2項は,国内書面(1号)や要約の翻訳文(4号)の提出期間徒過については補正命令の対象としているのに対して,明細書等の翻訳文の提出期間徒過については補正命令の対象としておらず,法は,明細書等の翻訳文が国内書面提出期間内に提出されない場合には,法184条の4第3項により,当該国際特許出願が取り下げられたものとみなされ,補正の余地がないことを前提に,法184条の5第2項の補正命令の対象となる範囲を定めているものと解される。


 したがって,法184条の5第2項1号は,法184条の4第1項に規定する翻訳文のうち,明細書等の翻訳文が同項に規定する提出期間内に提出されていない場合には,適用されないと解するのが相当であって,法184条の5第2項と法184条の4第3項との間に対立・矛盾はないと解され,本件において,法184条の5第2項を適用する余地はないから,原告の前記主張は,採用することができない。

イ特許協力条約の要請について


(ア) 原告は,特許協力条約は,同条約22条(3),24条(2),条約規則49.6に象徴されるように,翻訳文提出期間を緩和し,国際出願を維持することを要請していることから,法184条の4第3項は,同項と矛盾する規定よりも,その適用において劣後すると主張する。


(イ) しかしながら,特許協力条約は,出願人は,優先日から30か月以内に国際出願の写しと所定の翻訳文を提出することとし(22条(1)),当該期間内にこれらを提出しなかった場合には,国際出願の効果は,当該指定国における国内出願の取下げの効果と同一の効果をもって消滅する(24条(1)(�睫))と規定しているから,法184条の4第3項は,何ら特許協力条約の規定に違反するものではない。


 そして,特許協力条約22条(3)は,締約国の裁量として,翻訳文等の提出期間の満了日を特許協力条約の定めよりも遅くするように国内法令で定めることができるとするものであって,国内法令においてこのような措置を講ずることを締約国に義務付けていないことは,その文言に照らして,明らかである。


 また,同条約24条(2)も,同条(1)の規定(国際出願の効果が,国内出願の取下げと同一の効果をもって消滅すること)にかかわらず,指定官庁が,国際出願の効果を維持することができるとするものであって,指定官庁が当該効果を維持することを義務付けるものではないことも,また,明らかである。


 したがって,特許協力条約は,同条約で定める範囲以上に,翻訳文の提出期間を緩和して,国際出願の効果を維持するものとして取り扱うか否かは,各締約国及び指定官庁の判断に委ねていると解されることから,これらの特許協力条約の規定をもって,この判断の結果である法の規定の範囲を超えて,国際出願の効果を維持するように法の規定を解釈すべき理由はない。


(ウ)平成23年法律第63号による改正後の特許法184条の4第4項は,「前項の規定により取り下げられたものとみなされた国際特許出願の出願人は,国内書面提出期間内に当該明細書等翻訳文を提出することができなかったことについて正当な理由があるときは,その理由がなくなった日から2月以内で国内書面提出期間の経過後1年以内に限り,明細書等翻訳文並びに第1項に規定する図面及び要約の翻訳文を特許庁長官に提出することができる。」と規定し,同改正後の同条5項は,「前項の規定により提出された翻訳文は、国内書面提出期間が満了する時に特許庁長官に提出されたものとみなす。」と規定して,翻訳文提出についても救済制度が設けられている。


 しかし,同改正は,改正附則2条25項により,同改正の施行日である平成24年4月1日前に翻訳文提出期間が満了し,取り下げられたものとみなされた国際特許出願については適用しないとされているから,本件においては同改正の適用はない。


 また,同改正は,改正前の規定やそれに基づく運用が,特許協力条約の規定や趣旨に反していたことを示すものではない。特許協力条約は,同条約で定める範囲以上に,翻訳文の提出期間を緩和するか否かは,各締約国及び指定官庁の判断に委ねていると解されることは前記のとおりである。


(エ)以上のことから,特許協力条約22条(3),24条(2),条約規則49.6(a)ないし(e)に象徴される特許協力条約の要請を考慮して,法184条の4第3項の規定の適用を劣後させるべきであるとの原告の主張は,理由がない。


ウ国内書面と明細書等の翻訳文の意義について

 原告は,国内書面は願書としての役割を担うもので,重要であり,これについては補正が認められているのに対し,明細書等の翻訳文は,国内書面に対して従たるものにすぎないとして,従たる書面である明細書等の翻訳文の未提出により,国内書面の提出の機会が妨げられるのは,本末転倒であると主張する。


 しかしながら,国際特許出願において願書としての性質を有するのは,国際特許出願に係る願書であって,国内書面ではない(法184条の3第1項,184条の6第1項)。また,明細書等の翻訳文は,特許協力条約上,その提出を義務付けられている書面である(同条約22条(1))のに対し,国内書面は,同条約上,その提出を義務付けられている書面ではない(同条約22条(1)後段,27条(1)参照)。このような同条約の規定や法の規定に照らして,明細書等の翻訳文が国内書面の従たる書面であると認めることはできない。


 したがって,原告の前記主張は,理由がない。


エ以上のとおり,特許協力条約の規定や国内書面及び明細書等の翻訳文の意義に照らしても,法184条の5第2項が特許庁長官に補正を義務付けたものであって,明細書等の翻訳文が未提出の外国語特許出願については,同項と法184条の4第3項とが対立・矛盾する関係にあるとして,法184条の5第2項を優先して適用すると解すべき理由はないから,原告の主張は,採用することができない。


3本件国内書面却下処分の違法性について

 上記のとおり,翻訳文提出特例期間内に翻訳文が提出されなかったことにより本件国際特許出願は取り下げられたものとみなされるから,本件国内書面は,取り下げられたものとみなされた国際特許出願について提出された不要な書類であり,本件国内書面の提出に係る手続は,不適法なものであって,その補正をすることができないものであるから,法18条の2第1項の規定により,その手続を却下すべきものである。


 よって,特許庁長官がした本件国内書面却下処分は,適法である。』

 と判示されました。

 詳細は、本判決文を参照して下さい。