●平成23(ワ)6878 特許権侵害差止等請求事件「着色漆喰組成物の着色

 本日は、『平成23(ワ)6878 特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟「着色漆喰組成物の着色安定化方法」平成25年8月27日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20130911131655.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許権侵害差止等請求事件で、その請求が認容された事案です。


 本件では、争点1−4(原告の損害)についての判断も参考になるかと思います。


 つまり、大阪地裁(第21民事部 裁判長裁判官 谷有恒、裁判官 松阿彌隆、裁判官 松川充康)は、


『4争点1−4(原告の損害)について

(1)本件特許権1の侵害による損害について

特許法102条2項を適用するための前提事情の有無

 証拠(甲29,30,42〜47,59)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,損害額算定対象期間の始期である平成19年2月9日以前から他社ブランドの着色漆喰組成物の製造において,本件特許発明1の発明を実施してその着色安定化を行っており,その過程を経た着色漆喰組成物を販売していることが認められるが,かかる着色漆喰組成物が,製造工程において本件特許権1の侵害があった被告製品1と市場において競業していたことは明らかである。


 なお,原告は,平成19年5月29日までは独占的通常実施権者の地位にあり,この権利を侵害されたことによる不法行為を主張するものであるが,独占的通常実施権侵害による損害額を算定するに当たっても,特許法102条2項が類推適用されるものと解される。


 したがって,原告は,被告の本件特許権1等の侵害により損害を被っており,かつ,特許法102条2項を適用(独占的通常実施権侵害の期間においては類推適用。以下,同旨の記載は省略する。)して損害額を算定することができると解される。


イ被告製品1の販売利益を本件特許権1等の侵害による「利益」といえるか


 原告は,特許法102条2項の適用に当たり,被告が被告製品1の販売によって得た利益を,本件特許権1等の侵害により被告の得た利益(特許法102条2項)として主張している。ところが,本件特許発明1は,前記2で論じたとおり,物を生産する方法の発明ではなく,単純方法の発明であるため,被告製品1が当該方法を使用した着色漆喰組成物であっても,その販売は本件特許発明1の実施ではなく,本件特許権1等の侵害を構成するものではない。そのため,被告が被告製品1の販売によって得た利益を,本件特許権1等の侵害により得た利益といえるかが問題となる。


 しかし,本件特許発明1は,着色漆喰組成物の着色を安定化させるという作用効果を有するものである。すなわち,本件明細書1にも記載されているとおり,従来の着色漆喰組成物には,「着色剤は石灰中に均一に分散しにくく,また混合しても色分かれが生じやすく,それが着色漆喰塗膜の色むらの原因となる・・・。さらに石灰はアルカリ性の高い物質であるため,その存在下では着色剤の安定性が悪く容易に色褪せや色飛びしてしまうこと,その結果,塗膜の色むらが助長される」(段落【0004】)との課題があったが,本件特許発明1を使用することにより,「漆喰組成物を均一に着色することができ,しかも不均一な色飛びを抑制して色むらを生じない着色塗膜が形成できる」(段落【0008】)というのであり,その作用効果は実験によっても裏付けられている(甲17〜19)。塗壁材としての用途を有する着色漆喰組成物にとって,その着色を均一かつ安定的にし,当該漆喰組成物の使用時に形成される着色漆喰塗膜の色むらを防止できるということは,塗壁材としての有用性を高めるもので,その商品価値に直結する作用効果といえる。本件特許発明1の有するこのような作用効果を考えれば,被告が本件特許発明1を実施したことによる経済的価値は,これによって均一かつ安定的な着色を実現した被告製品1の販売利益として現れているといえ,そのため,本件においては,被告製品1の販売による利益をもって,本件特許権1等の侵害により被告の得た利益ということができると解される。


ウ侵害行為により被告が得た利益

 そして,本件において,「利益」(特許法102条2項)として,被告製品1の販売によって得た利益を算定するには,被告製品1の売上高から,その製造に要した費用である製造原価を控除(製造原価を控除することについては原告も争うところではない。ただし,製造原価の額に争いがある。)の上,販売費及び一般管理費については,変動費のみを控除するのが相当と解される。


(ア)被告製品1の売上高から製造原価を控除した額

 被告提出の商品別売上統計表と題する証拠(乙17〜20,45,46)によれば,被告は,本件特許1の設定登録後である平成19年2月9日から被告製品の製造販売を中止した平成24年7月31日までの間,被告製品1の販売により,●●●●●●●●●円を売り上げ,●●●●●●●●●円のいわゆる粗利(売上高から製造原価を控除した額。別紙販売費及び一般管理費計算表の「被告製品1粗利額(修正前)(B)」の合計額欄に記載の金額である。)を得たことが認められる。


 この点,被告は,商品別売上統計表には,前年度の実績に基づいて計算した製造原価を控除した粗利が記載されており,正確には決算時に再計算をした別紙粗利額計算表記載の金額によるべきである旨主張する。


 しかし,一般論として,速報性が要求される管理会計上の利益値が,決算時に算定される利益値と異なり得ることは確かだが,別紙粗利額計算表記載の金額は,客観的証拠による裏付けが全くなく,これを正確な粗利額として採用することはできない。


(イ)他に控除すべき費用

 被告は,「利益」(特許法102条2項)の算定に当たり,販売費及び一般管理費も全て一律に控除すべきである旨主張するが,前記のとおり,販売費及び一般管理費については,変動費のみを控除するのが相当であり,到底採用できない主張である。また,被告は,被告製品1の開発に要した費用(平成19年2月よりも前に支出された)●●●●●●●●●円も控除すべきである旨主張するが,同様の理由により控除は相当でなく,この主張も採用できない。


 被告は,販売費及び一般管理費を一律に控除することができないにしても,被告製品1のサンプル製作費●●●●●●●●円,カタログ等製作費●●●●●●●●円及び広告掲載費●●●●●●●●円は控除すべきである旨主張するが,このうちサンプル製作費については,かかる支出がされたことを認めるに足りる証拠がない。一方,証拠(乙55,57,65,66,69,70,77,78)によれば,被告製品1のカタログ等製作費として●●●●●●●●円を,また,証拠(乙55〜65,67,68,70〜75)によれば,被告製品1の広告掲載費として●●●●●●●●円をそれぞれ被告が支出したことが認められる。このようなカタログや広告などによる広告宣伝活動は,被告製品1の周知度を向上させると共に,被告製品1のように外観からその特徴などを理解することができない製品にとっては,顧客,特に新規の顧客に対して製品の特徴や有用性を伝える手段としても,重要な役割を果たすものといえる。そのため,それら費用の合計●●●●●●●●円は,被告製品1の売上高との関係において,変動費に当たるといえる。


(ウ)小括

 以上より,本件特許権1等の侵害により被告の得た利益は,5697万0427円(=●●●●●●●●●円−●●●●●●●●円)である。


エ寄与度

 特許法102条2項により,特許権(あるいは独占的通常実施権)を侵害した者がその侵害行為により利益を受けているときは,その利益の額が損害額と推定されるが,特許発明の実施が当該利益に寄与した度合によっては,上記損害額の推定の一部が覆滅されるものと解される。


 この点,前記イでも論じたとおり,本件特許発明1は,着色漆喰組成物の着色を均一かつ安定的にし,当該漆喰組成物の使用時に形成される着色漆喰塗膜の色むらを防止するという作用効果を有する。これは,塗壁材としての用途を有する着色漆喰組成物にとって,その有用性を高め,商品価値に直結するものであり,被告製品1の販売による利益に寄与していることは確かである。


 しかし,本件特許発明1は,物の発明でも,物を生産する発明の方法でもなく,単純方法の発明であるから,物の販売による利益への寄与度については,低く評価せざるを得ない。


 また,被告製品1を紹介するウェブサイト(甲25)及びカタログ(甲26)は,本件特許発明1で特定されている含有成分やそれに伴う着色の均一性や安定性,製品使用時に形成される着色漆喰塗膜の色むら防止といった作用効果を,被告製品1の特徴として挙げていなかった。むしろ,それらウェブサイトやカタログは,被告製品1につき,漆喰が有する調湿機能などを基本としつつ,酸化チタンを配合することによる防臭機能や,銀イオンを含有することによる抗菌機能などを特徴として強調しており,この点が現に一定の需要を喚起したこともうかがわれる(乙50〜52)。以上の事情に加え,競業他者の存在(甲33,乙12,13)も考慮し,60%の範囲で,特許法102条2項の推定が覆滅されると認めるのが相当である。


 なお,被告は,被告製品1の販売による利益には,被告の信用や顧客との信頼関係の寄与が大きい旨主張するが,前記ウ記載のカタログ等の製作や広告掲載のほか,被告において,その信用を高めるためにいかなる活動を行ったのか具体的かつ客観的に裏付ける証拠はない。被告の営業活動については,既に広告宣伝に要する費用として粗利の1割を超す額を利益から控除しているのであり,寄与度としてさらに考慮すべき事情を認めることはできない。


 また,被告は,平成24年8月に被告製品1の製造を中止し,石灰を含有しない製品へと設計変更した後,着色安定化作用はむしろ高まり,設計変更前と比べて売上げの減少も見られない(乙53,54,79〜87)とも主張するが,着色安定化作用の有無及び違いの程度を裏付けるに足りる証拠はない上,設計変更後の売上げがどのようにして維持されたかの具体的経過も明らかでなく,本件特許発明1の寄与度が低いことを示す事情とはいえない。


 したがって,特許法102条2項により,本件特許権1等の侵害によって原告が被った損害額(逸失利益)は,2278万8170円(=5697万0427円×(1−0.6),1円未満切捨て)と算定される。』


 と判示されました。