●平成22(ワ)3490等 商標権侵害差止等請求事件 平成25年3月6日福岡

 本日は、『平成22(ワ)3490等 商標権侵害差止等請求事件 平成25年3月6日 福岡地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20130523090617.pdf)について取り上げます。


 本件は、商標権侵害差止等請求事件で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、まず、原告Aの被告に対する商標法36条1項及び2項に基づく請求について(第1事件)の判断が参考になるかと思います。


 つまり、福岡地裁(第5民事部 裁判長裁判官 岩木宰、裁判官 池田聡介、裁判官 鈴木拓磨)は、


『2原告Aの被告に対する商標法36条1項及び2項に基づく請求について(第1事件)

(1)争点(1)ア(原告Aによる本件商標の使用許諾の有無)について

ア被告は,原告Bが被告に対して「元祖ラーメンN家」という屋号の使用の許諾(本件許諾)をしており,原告Aは,本件許諾の効力が及ぶのを免れるという不当な目的の下,原告Bと通謀して,自己の名義で本件商標の登録を受けているから,原告Bと原告Aは同視されるべきであり,したがって,原告Bによる本件許諾は,原告Aによる本件商標の使用許諾と同視されるべきであると主張する。


イ(ア)そこでまず,原告Bによる本件許諾の存在が認められるか否かについて検討するに,前記1(2)のとおり,原告Bは,被告に対し,店の名前を使っていい旨を告げているところ,その当時原告Bが経営していたラーメン店は原告店舗のみであったことからすると,原告Bの上記発言は,被告に対し,原告店舗において原告Bが現に使用している「元祖ラーメンN家」という屋号の使用を許諾したものと捉えるのが自然である。したがって,原告Bによる本件許諾があったことが認められる。


(イ)この点,原告Aは,本件覚書?の記載のとおり,原告Bは被告に対して「元祖N家」という屋号の使用を許諾したものであり,「元祖ラーメンN家」という屋号の使用は許諾していないと主張する。


 確かに,前提事実(3)のとおり,本件覚書?には「元祖ラーメンN家」ではなく「元祖N家」と記載されている。しかしながら,両者は「ラーメン」という文字の有無に違いがあるにすぎない上,原告B及び被告が,本件覚書?を作成するに当たり,「元祖N家」と「元祖ラーメンN家」を意識的に区別していたことをうかがわせる資料は見当たらない。かえって,前記1(2)のとおり,本件覚書?は,前記(ア)のとおりの意味に捉えることができる原告Bの発言を受けた被告が,その存在及び内容を明確にするためにその文面を考案したものであることや前提事実(3)及び前記1(2)のとおりの本件覚書?の記載内容及びその作成経緯からすると,原告B及び被告は,原告店舗が現に使用している屋号は「元祖N家」であると認識していたことがうかがわれる。これらの事情を踏まえると,原告B及び被告は,本件覚書?を作成する際,原告Bが原告店舗において現に使用している屋号を示すものとして「元祖N家」という表示を用いたことが認められるというべきである。


 したがって,原告Aの上記主張は,これを採用することができない。


(ウ)また,原告Aは,原告店舗の至近距離において被告がラーメン店を営業することを原告Bは許容していたものではなく,当然合理的な距離を空けることを予定していたと主張する。


 しかしながら,前記1(2)並びに証拠(乙1)及び弁論の全趣旨によれば,原告Bは,被告に対し,原告店舗の近くにラーメン店を出すことを勧める趣旨の発言をしているところ,本件覚書?には,原告店舗と被告が開業するラーメン店の距離について何らかの制限を設ける旨の記載はないことが認められ,本件証拠上,原告Bと被告の間で,その旨の会話がされたこともうかがわれない。これに加えて,前提事実(2)のとおり,原告Bは,元々勤務していた移転前の元祖N屋から見て,道路を挟んだ斜め向かい側,直線距離で約34メートルの位置に原告店舗を開業しており,原告店舗の開業に携わった被告は当然このことを知っていたと考えられる。これらの事情を踏まえると,原告Bの内心は別として,外部に表示された当事者の意思を合理的に解釈すれば,原告Bと被告の間において,移転前の元祖N屋よりも原告店舗から離れている前提事実(4)のとおりの位置において,被告店舗が開業することは十分に想定されていたというべきである。


 したがって,原告Aの上記主張を採用することはできない。


 なお,仮に,原告Aの上記主張を,原告Bの動機の錯誤を主張するものと捉えるとしても,上記のとおり,合理的な距離を空けるのであれば営業を許容するという原告Bの動機が明示的に表示されていたとは認められず,これが黙示に表示されていたことを根拠付ける事実を認めるに十分な証拠もない。


(エ)さらに,原告Aは,被告は本件許諾に付随して原告Bの信用を失墜せしめないという信義則上の義務を負っていたにもかかわらず,覚せい剤取締法違反で逮捕されて有罪判決を受けるなどして上記信義則上の義務に違反したことは明らかであり,原告Bは債務不履行に基づいて本件許諾を解除した,と主張する。


 しかしながら,本件証拠上,原告B及び被告が,本件許諾をするに当たり,被告が原告Bの信用を失墜させない義務を負うことを明示的に約したことを認めるに足りる証拠はない。また,原告Bが,被告に対し,その経営する原告店舗の屋号の使用を許諾していることからすると,道義的・抽象的には被告は当該屋号の価値を失墜させないように努力することが求められるといえるとしても,前記1(2)のとおりの本件許諾に至る経緯及びその内容から,当該義務に違反した場合には債務不履行となり解除権が生じるような具体的な信義則上の義務を被告が原告Bに対して負っていると直ちに解することはできず,他にこれを根拠付ける事情を認めるに足りる資料は見当たらない。


 また,仮に,被告が原告Bに対して上記信義則上の義務を負っており,被告が覚せい剤取締法違反で逮捕されて有罪判決を受けたことによって,一定程度原告店舗やそれを経営する原告Bに対する取引先や客からの信用を失墜させたり,その社会的評価を低下させたりすることがあり得るとしても,そのことから当然に解除権が生じるというべき根拠は見いだせず,他にこれを根拠付ける事実を認めるに十分な客観的証拠はない。


 したがって,原告Bの上記主張を採用することはできない。


ウ次に,原告Bによる本件許諾をもって,原告Aによる本件商標の使用許諾と同視することができるか否かについて検討する。


 原告Aは,原告Bと別個独立の法人格であるから,原告Bがした本件許諾をもって,直ちに原告Aによる許諾と同視することはできない。そして,そもそも原告Bが本件許諾を行ったのは,原告Aによる本件商標が登録される前である上,前記1(4)のとおり,原告Aは,被告に対し,原告店舗の屋号を使用しないように求めるなどしていることを踏まえると,原告Aが事前又は事後に原告Bの本件許諾を承認したということはできない。そして,他に原告Bによる本件許諾が,原告Aによる本件商標の使用許諾と同視されるべきことを根拠付ける事情を認めるに足りる資料もない。


エ以上のとおりであるから,被告の上記アの主張を採用することはできない。


(2)争点(1)イ(信義則違反又は権利濫用の成否)について


アまず,前提事実(1)イ並びに前記1(1)及び(3)のとおり,原告Bが原告店舗を立ち上げ,その営業をしているにもかかわらず,原告Aがその名義で本件商標の登録を出願して本件商標権を取得している。


イこれに対し,原告Aは,?原告Bと共同して原告店舗を経営しており,?原告Bには本件商標の登録を出願する時間的余裕がなかったため,原告Aが出願したにすぎないと主張し,これに沿う原告A及び原告Bの各供述並びに両者作成の確認書(甲1)があるが,以下の理由で採用できない。


(ア)?原告Aと原告Bの共同経営関係の有無について


 原告A及び原告Bが供述するところの原告Aが原告店舗の共同経営者として行った業務とは,原告Bが原告店舗を立ち上げるに当たり,資金の借入先,飲食物の仕入れ先,建築業者及び看板業者等の紹介又はこれらに関するアドバイスをしたこと,原告店舗の従業員に対し,その服装等について指導したこと,客との間の釣銭をめぐるトラブルに対応したことなどであるが,これらは一従業員でもなし得る業務にすぎないというべきであり,経営者として原告店舗の経営方針や業務執行に関する意思決定に関与したものと評価することはできない。


 また,原告A及び原告B作成の確認書(甲1)には,両者が原告店舗を共同で経営している事実を確認する旨などが記載されているが,同書面は,前記1(4)のとおり,原告Aと被告との間で原告店舗の屋号の使用をめぐるトラブルが生じた後に,原告Bと原告Aによって作成されたものであることからすると,両者が原告店舗の共同経営者の関係にあることを客観的に裏付けるものということはできない。


 そして,他に原告Aが原告店舗の経営者たる実態を有していたことを根拠付ける事実を認めるに足りる証拠は見当たらない。


 かえって,証拠(原告B本人,原告A本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告Aは,原告Bが原告店舗を立ち上げた当時,株式会社H商会に勤務し,主として同社の業務に従事していたこと,その後も,原告店舗の製麺所で働きつつ,同社の業務に従事していること,原告Aが原告店舗又は原告会社の設立の際に出資しておらず,原告会社の株式を所有していないこと,原告Aは原告会社から原告店舗の製麺所における業務に対する給与の支払は受けているが,取締役としての報酬の支払は受けていないこと,原告Aが原告店舗又は原告会社の経理には一切関与していないこと,がそれぞれ認められる。


 これらの事情を踏まえると,前提事実(1)アのとおり,原告Aは原告会社の取締役として登記されているものの,原告Aが原告Bと共同して原告店舗を経営しているという実態がなかったことは明らかである。


(イ)?原告Bによる出願の可否について

 原告A及び原告Bが供述するところによれば,原告A及び原告Bは,商標登録の重要性を認識しており,原告店舗の開業準備をしていた平成21年9月ころから商標登録について話し合っていたというのである。


 そうであるならば,前記1(1)のとおり,原告Bが原告店舗を開業する同年12月12日までの間に,原告Bが本件商標を登録するのが自然であり,これが不可能であったことをうかがわせる客観的資料は見当たらない。かえって,前記1(1)のとおり,原告Bは,同年10月16日に屋号又は商号を「元祖ラーメンN家」として自ら営業許可の申請をしており,上記の時点で少なくとも原告店舗の店名を決めていた上,自ら上記申請をする時間的余裕もあったといえる。したがって,原告Bは,原告店舗を開業するまでの間に,自らの名義で本件商標の登録を申請することは客観的に可能であったということができる。


 また,前記1(2)並びに証拠(甲6の1及び2,原告B本人,原告A本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告Bは,原告店舗を開業した後,原告店舗の広告について広告会社の担当者と打合せをしたり,被告からの本件各覚書の作成の要求に応じるなどしており,また,原告Aは,本件商標登録の具体的な手続について弁理士に委任していることが認められる。これらの事情からすると,原告Bが,少なくとも本件商標の登録を弁理士に委任する時間的余裕すらなかったということはできない。加えて,原告B自身が,やろうと思えば自らの名義で本件商標の登録を行うことはできた旨の供述をしていることを踏まえると,原告Bが,本件店舗の開業後,自らの名義で本件商標の登録をすることは客観的に可能であったということができる。


(ウ)したがって,上記のとおり,原告Aの上記各主張を採用することはできない。


ウ上記アについては,上記イのほか,原告Aが本件商標の登録をすべき合理的な理由が存したことをうかがわせる資料は見当たらない。その上,前記1(2)から(4)までのとおり,原告Bは,平成22年1月初めころ,被告が原告店舗の近くにラーメン店を出そうとしていることを知ったこと,原告Aは,同月初旬から中旬ころ,原告Bと被告の間で本件各覚書が取り交わされたこと及びそのことを原告Bが後悔していることを知り,それから1か月も経たない同月21日に本件商標の登録の出願を行っていること,原告Aは,本件商標の登録出願後,被告に対し,原告店舗の名義は原告Aになっているため,原告Bが締結した本件覚書?の効力は及ばない旨を述べるなどして,「元祖N家」という商号を使用しないように求めていること,本件商標の登録に係る費用は原告Bが拠出していること,などの事情がある。これらを踏まえると,原告A及び原告Bは,原告Bと被告の間で本件覚書?が作成されていることから,原告Bの名義で本件商標を登録すると,被告に対して商標権に基づく請求をすることができないが,原告Aの名義で本件商標を登録すれば,原告Bがした本件許諾の効力は原告Aには及ばないとして,被告に対し,商標権に基づき,被告が原告店舗の近くにおいて原告店舗の屋号を用いたラーメン店を開業することを阻止することができると考え,その意思を通じ,専ら上記目的のために原告Aの名義で本件商標の登録をしたことを推認することができる。


エ以上のように,原告Bは,前記2(1)イ(ア)のとおり,被告に対して原告店舗の屋号を使用して,原告店舗の近くでラーメン店を開業することを許諾しておきながら,原告Aと意思を通じ,形式的に原告Aの名義で本件商標の登録をさせることにより,被告による被告店舗の開業を阻止しようとしている。このような原告Bの行為は,本件許諾により被告に生じた原告店舗の屋号の使用等に係る信頼を不当な方法で裏切るものであって,信義則に反するといわざるを得ない。そして,原告Aは,原告Bと意思を通じて,上記のとおりの不当な目的の下に本件商標権を取得しているから,被告に対してその権利を行使することは,権利の濫用に当たり許されないというべきである。


(3)小括

 以上のとおりであって,その余の争点について判断するまでもなく,原告Aの商標法36条1項及び2項に基づく請求は理由がない。』

と判示されました。