●平成20(ワ)38602 特許権 民事訴訟「無線アクセス通信システムお

 本日は、『平成20(ワ)38602 特許権 民事訴訟「無線アクセス通信システムおよび呼トラヒックの伝送方法」平成25年4月19日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20130513152208.pdf)について取り上げます。


 本件は、損害賠償請求事件でその請求が棄却された事案です。


 本件では、まず、本件発明の要旨と、旧特許法第41条の要旨の変更についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、東京地裁(民事第40部 裁判長裁判官 東海林保、裁判官 田中孝一、裁判官 寺田利彦)は、


『1 本件補正の要旨変更該当性

(1) 本件発明の要旨認定

発明の要旨の認定は,特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,あるいは,一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかである等の特段の事情がない限り,特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである最高裁昭和62年(行ツ)第3号平成3年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁参照)。


イ これを本件についてみるに,本件当初発明1は,?「無線電話通信システム」が複数の「セル」と,複数の「通信リンク」とともに少なくとも一つの「交換システム」を備える構成,?「セル」が「サービス地域に位置する無線電話」に対して「無線電話の呼サービス」を「提供する」機能を有する構成,?「交換システム」が「セル」との間で「リンクを介して無線電話の呼トラヒックを双方向に伝える」機能を有する構成,?「セル」が備える「第1の手段」と「交換システム」が備える「第2の手段」とにより,無線電話からの音声の呼トラヒック(入トラヒック)の無線受信に応じて,セルが「入トラヒックを運ぶパケット」をリンクに送り,これを交換システムがその着信先に送るために受信する構成,?呼の出トラヒックを受け取ったことに応じて,交換システムが「出トラヒックを運ぶパケット」をリンクに送り,これをセルが無線送信のために受信する構成,?セル及び交換システムとリンクとのパケットの送受信は,「パケットを統計的に多重化された形式」で行われる構成を有していることは,特許請求の範囲の記載から明らかである。



ウ 次に,本件補正は,本件当初発明に,「交換システム」が備える「第2の手段」につき,さらに,?「当該交換システムが送信する送信パケットの着信先であるユーザ端末にサービスするセルにおいて所定のウィンドウ時間内に当該送信パケットが受信されるように出トラヒックを運ぶパケットを当該交換システムが送信する時刻を制御する」機能を担う手段と「入トラヒックを運ぶパケットが当該交換システムから送信される時刻の前の所定のウィンドウ時間内に当該交換システムで受信されるように入トラヒックを当該交換システムが送信する時刻を制御する」機能を担う手段(本件構成)を有すること,?出トラヒックを運ぶパケットを当該交換システムが送信する時刻を制御する目的は,交換システムが送信する送信パケットの着信先であるユーザ端末にサービスするセルにおいて所定のウィンドウ時間内に当該送信パケットが受信されるようにするためであること,?入トラヒックを交換システムが送信する時刻を制御する目的は,入トラヒックを運ぶパケットが当該交換システムから送信される時刻の前の所定のウィンドウ時間内に交換システムで受信されるようにするためであることを特定するものである。


エ そして,本件発明における「無線電話通信システム」が備える「交換システム」は,特許請求の範囲の記載において,システムを構成する内部機器等の具体的構成を限定するものではないが,一定の形状や構造を有する実体を有することが前提となっていることは明らかである(クレームの構成上,構成要件F2における「当該交換システム」という文言が構成要件Cの「交換システム」を受けたものであり,かつ,かかる「交換システム」が,無線電話通信システム全体において,構成要件Aの「複数のセル」及び構成要件Bの「複数の通信リンク」と同列に扱われていることは,いずれも明らかというべきである。)。


 また,本件発明における「送信」及び「受信」という文言も,本件特許の特許請求の範囲の記載における「伝える」,「送り」,「受信する」,「送り出し」,「送信する」,「受信される」という各文言と同様に,「外へ(送信)」及び「外から(受信)」という意義を当然に含んでいるということができる。出トラヒックに関する「セルによってサービスされる無線電話に向かって出て行く音声呼トラヒックを受け取り,これに応じて個々の呼の出トラヒックを運ぶパケットを統計的に多重化された形式で前記セルに接続された少なくとも1つのリンク上に送り出」すとの記載における「受け取り」及び「送り出し」についても,「外部からの受信」及び「外部への送信」を意味するものと解されるから,本件構成についても,同様に解するのが相当である。


 したがって,特許請求の範囲の記載において,送信及び受信の主体が一定の形状や構造を有する意義を持つ「交換システム」であると記載されている以上,その文言解釈上,「交換システム」による「送信」及び「受信」は,「交換システム」の内部手段と区別された外への出口及び外からの入口において行われると解するのが第一義的な解釈であり,少なくとも,そのような構成を含まないものと解する余地はない。


オ 以上によると,本件構成における「入トラヒックを運ぶパケットが当該交換システムから送信される時刻の前の所定のウィンドウ時間内に当該交換システムで受信されるように入トラヒックを当該交換システムが送信する時刻を制御する手段」については,第一義的には,これを「入トラヒックを運ぶパケットが当該交換システムの出口から送信される時刻の前の所定のウィンドウ時間内に当該交換システムの入口で受信されるように入トラヒックを当該交換システムの出口が送信する時刻を制御する手段」を意味するものと解するのが相当である。


 そして,本件発明2は,本件発明1を引用し,第2の手段がさらに出トラヒック及び入トラヒックの「コピー」に係る所定の機能を担う第3の手段を備える構成に限定するものであるから,同様に,上記手段を有するものである。


カ もっとも,本件構成における「入トラヒックを運ぶパケットが当該交換システムから送信される時刻の前の所定のウィンドウ時間内に当該交換システムで受信されるように入トラヒックを当該交換システムが送信する時刻を制御する手段」が,専ら上記オのように「入トラヒックを運ぶパケットが当該交換システムの出口から送信される時刻の前の所定のウィンドウ時間内に当該交換システムの入口で受信されるように入トラヒックを当該交換システムの出口が送信する時刻を制御する手段」を指すのか,換言すれば,本件構成が,交換システムの出入口における送受信の制御に限られ,交換システムの内部手段における送受信の制御を一切排除する趣旨かどうかまでは,特許請求の範囲の文言上必ずしも一義的に明確に理解することができるとまではいえず,したがって,発明の要旨を認定するに際して,明細書又は図面を参酌することは許されるというべきである。


 そこで,本件明細書等の記載を検討するに,証拠(甲2)によれば,本件明細書等の実施例における入トラヒックの送信時刻の調整については,本件明細書等の段落【0088】ないし【0105】,【図20】及び【図22】に記載されており,特に段落【0089】,【0090】には,「時間枠1402」を用いて「プロセッサ602からボコーダ604へのフレーム送信時刻」を「時刻1406から時刻1407へと変更」する旨が記載されていることが認められるところ,これらの記載によれば,上記調整は,「デジタル・セルラ交換機201」【図2】の内部の「音声符号器モジュール220」の更に内部に存在する「プロセッサ602」【図6】がパケットを受信するとともに,当該「プロセッサ602」から「音声符号器モジュール220」の内部に存在する「ボコーダ604」へ「トラヒック・フレーム」を送信する時刻を変更することにより行われているものと認めることができる。


 他方,本件明細書等の段落【0055】には,「各ボコーダは、プロセッサ602からバッファ603を介して圧縮された音声のトラヒック・フレームを規則的な間隔で(例えば,20ミリ秒ごとに)受信し,そのトラヒック・フレームを所定数(例えば,160バイト)のパルス符号変調(PCM)された音声標本へと伸張する。各バイトは,この例では125μ秒の期間(これを(「チックタック」の)「チック」と称する)を有する。」との記載があり(乙2),かかる記載によれば,ボコーダは,入トラヒックを125μ秒ごとの規則的な間隔で公衆回線網へ送るものと認められる。


 そうすると,本件明細書等の実施例には,交換システムの出口から外部に送信する時刻を制御する構成に関する記載はなく,専ら,交換システムの内部から内部への入トラヒックの送信時刻を調整する構成に関する記載がされているものと認められる。


 そして,当業者の観点からすれば,本件特許の特許請求の範囲の記載が上記のような実施例に記載されている構成を敢えて排除しているとは考え難いことからすると,本件構成は,第一義的には,交換システムの出入口における送受信の制御を意味するものと解されるとしても,本件明細書等の実施例に記載されているような,交換システムの内部手段における送受信の制御をも包含すると認められ,したがって,本件構成における「交換システムから送信される」,「交換システムで受信される」,「交換システムが送信する」の各文言は,交換システムの出入口における送受信の制御のみならず,交換システムの内部における送受信の制御という動作をも含んでいると解するのが相当である。


(2) 本件当初明細書等に記載された技術的事項


 ・・・省略・・・


(3) 要旨変更について

 特許法41条の規定中,「願書に最初に添附した明細書又は図面に記載した事項の範囲内」とは,当業者によって,明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内」においてするものということができるというべきところ,上記明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項は,必ずしも明細書又は図面に直接表現されていなくとも,明細書又は図面の記載から自明である技術的事項であれば,特段の事情がない限り,「新たな技術的事項を導入しないものである」と認めるのが相当である。


 そして,そのような「自明である技術的事項」には,その技術的事項自体が,その発明の属する技術分野において周知の技術的事項であって,かつ,当業者であれば,その発明の目的からみて当然にその発明において用いることができるものと容易に判断することができ,その技術的事項が明細書に記載されているのと同視できるものである場合も含むと解するのが相当である。


 これを本件においてみるに,前記のとおり,本件発明は,「交換システム」が備える「第2の手段」において,「入トラヒックを運ぶパケットが当該交換システムの出口から送信される時刻の前の所定のウィンドウ時間内に当該交換システムの入口で受信されるように入トラヒックを当該交換システムの出口が送信する時刻を制御する」構成(本件構成)を有するものである。


 そして,前記(1)のとおり,本件発明の要旨の認定に関しては,本件構成における「入トラヒックを運ぶパケットが当該交換システムから送信される時刻の前の所定のウィンドウ時間内に当該交換システムで受信されるように入トラヒックを当該交換システムが送信する時刻を制御する手段」にいう「交換システムから送信される」,「交換システムで受信される」,「交換システムが送信する」の各文言は,交換システムの出入口における送受信の制御のみならず,交換システムの内部における送受信の制御という動作をも含んでいると解されるものの,その文言解釈上,第一義的には,「入トラヒックを運ぶパケットが当該交換システムの出口から送信される時刻の前の所定のウィンドウ時間内に当該交換システムの入口で受信されるように入トラヒックを当該交換システムの出口が送信する時刻を制御する手段」と解釈される。


 これに対し,本件当初発明にはこのような記載はもともと存せず,本件構成のうち上記解釈される部分は本件補正によって新たに追加された構成である。


 そして,前記(2)のとおり,本件当初明細書等に記載された時刻の制御の内容は,交換システムの内部構成におけるプロセッサからボコーダに送信される時刻を制御するものであるところ,当該制御によっては,入トラヒックについて交換システムの出口が送信する時刻を制御することはできず,さらに,パケット・プロトコルを終了させるプロセッサ以降において,所定のウィンドウ時間内に当該送信パケットが受信されるための制御を行うことが,本件出願日当時,周知技術であったということもできない。


 したがって,プロセッサからボコーダに送信される時刻を制御する技術的事項を開示するにすぎない本件当初明細書等には,本件構成のうち,交換システムの出口から送信する時刻を制御する技術的事項については何ら記載されておらず,また,本件当初明細書の記載から自明である技術的事項であるということできない。


 以上によると,本件補正は,本件当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるとは認められないから,本件補正は,旧特許法41条所定の「明細書又は図面に記載した事項の範囲内」においてするものということはできず,要旨変更に該当するものというほかない。



2 争点(2)ア(無効理由1〔要旨変更による出願日繰下げを前提とする新規性・進歩性の欠如〕)について


(1) 前記1のとおり,本件補正は要旨の変更に該当するから,旧特許法40条により,本件出願は,本件補正書が提出された平成8年7月31日にされたものとみなされる。


 ・・・省略・・・


(3) 上記記載によれば,本件発明1が乙6文献の特許請求の範囲の請求項6に記載された発明と同一であることは明らかである。


 また,乙6文献の特許請求の範囲の請求項6に記載された発明の第2の手段が同請求項21に記載された発明の第3の手段を備えるようにすることは,出願当時の技術常識に照らし当業者が容易に想到できたものと認められる。


(4) 以上によれば,本件発明1は,乙6文献の特許請求の範囲の請求項6に記載された発明と同一であり,本件発明2は,同請求項6に記載された発明及び同請求項21に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものというべきであるから,本件特許はいずれも特許無効審判により無効にされるべきものと認められる。


 よって,特許法104条の3第1項により,原告は被告に対し本件特許権を行使することができない。』


 と判示されました。

 
 つまり、上記判示では、

(1)発明の要旨認定にリパーゼ際高裁判決(最高裁昭和62年(行ツ)第3号平成3年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁参照)の例外により判断した点と、

(2)旧特許法41条の要旨の変更の判断に、ソルダーレジスト知財高裁大合議事件で判示した新規事項追加の補正の判断基準である『「願書に最初に添附した明細書又は図面に記載した事項の範囲内」とは,当業者によって,明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内」においてするものということができるというべきところ,上記明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項は,必ずしも明細書又は図面に直接表現されていなくとも,明細書又は図面の記載から自明である技術的事項であれば,特段の事情がない限り,「新たな技術的事項を導入しないものである」と認めるのが相当である。』と同一の判断基準を採用している点(※つまり、裁判所では、旧特許法41条の要旨の変更の判断基準も、特許法第17条の2第3項の新規事項追加補正の判断基準も同じ判断基準で判断していること

が参考になります。