●平成23(ワ)7407 特許権侵害差止等請求権不存在確認等請求事件(1)

 本日は、『平成23(ワ)7407 特許権侵害差止等請求権不存在確認等請求事件 特許権 民事訴訟 平成25年1月31日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20130206102735.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許権侵害差止等請求権不存在確認等請求事件で、先使用権が認められて、本件請求が認容された事案です。


 本件では、まず、争点1−3(先使用権の成否)についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、大阪地裁(第21民事部 裁判長裁判官 谷有恒、裁判官 松川充康、裁判官網田圭亮)は、


『2争点1−3(先使用権の成否)について

 以下に述べるとおり,本件容器は,本件特許の出願前に公知であった甲19考案の実施品と認められる。この点のみからしても,本件口紅の販売等が本件特許権を侵害するとの被告らの主張に疑問が生じるところであるが,本件では原告らの先使用権(特許法79条)が成立するため,この点についての判断を示すこととする。


 ・・・省略・・・

(3)発明の知得経路についての検討

ア本件容器が,甲19考案の技術的範囲に属し,その実施品であるといえることに加え,蘇州シャ・シン社の代表取締役P2の息子であるP4が平成17年には既にその甲19考案を考案し,台湾シャ・シン社を出願人として日本や中華人民共和国などで特許又は実用新案登録の出願をしていたこと,そのため,蘇州シャ・シン社は,被告P1からの指示がなくても,本件容器の構成に至ることができる技術を,平成17年の段階で既に持ち合わせていたこと,現に蘇州シャ・シン社は,遅くとも平成18年2月までに,甲19考案の技術的範囲に属し,かつ,突片部の位置及び形状で本件容器と構成を同じくする本件図面(甲51)を作成していたこと,これに対し,被告P1が本件特許の出願をしたのは,それらから大幅に遅れる平成19年3月1日であること,被告P1から蘇州シャ・シン社に対して突状部の指示があったことを裏付ける客観的証拠はなく,被告らが当該指示のあった日とする平成18年2月8日より後に締結された口紅容器の製造に係るライセンス契約でも,本件特許発明への言及はないこと,そして,平成19年4月における被告P1と蘇州シャ・シン社との電子メールのやりとりは,本件容器と同一部位・同一形状の突状部につき,蘇州シャ・シン社が日本で特許権(正確には実用新案権であった。)を有していると説明し,被告P1もこれを受け入れていると理解され,被告P1の指示が過去にあったとは読み取れず,両者間で過去に話題になった様子さえうかがわれないことからすれば,本件容器の突状部は,蘇州シャ・シン社において,被告P1の指示を受けることなく,甲19考案の実施として備え付けた構成(「ランコム」用の容器にも備え付けられた構成である。)であると認めるのが相当である。


イこれに対し,被告らは,当該突状部の構成は,被告P1が,平成18年2月8日,蘇州シャ・シン社の代表取締役P2に対して,口頭及びバイク便で送った書面によって指示したものである旨主張する。


 しかし,その主張に沿う証拠は,被告P1の陳述書(乙27)及びその尋問結果を除けば,同日に被告P1からP2の秘書であるP3に何らかの配達物が届けられたことを示すもの(乙18)程度で,その内容物も証拠上明らかでないのであるから,客観的裏付けとして十分でないことは明らかである。


 この点,被告らは,本件容器が本件特許発明1及び同2の技術的範囲に属することを,被告P1からの指示があったことの客観的根拠にしていると考えられる。しかし,蘇州シャ・シン社は,かかる指示があったと主張される平成18年2月8日以前から,本件容器を技術的範囲に含む甲19考案を持ち合わせていたのであるから,その実施として突状部のある容器を製造したと見る方がはるかに合理的かつ自然である。特段の裏付けなしに,被告P1の指示に由来する構成と見ることはできない。


 加えて,被告らは,答弁書(53,62ページ)において,蘇州シャ・シン社に突状部の指示をしたのは,本件特許出願をした平成19年3月1日よりも後のことと主張していたにもかかわらず,蘇州シャ・シン社が同日よりも前に本件容器を製造していた旨の原告らの主張及び裏付け証拠(甲25,26の1〜8)が提出されるや,指示があった日を,原告らの主張及び証拠とも矛盾のない平成18年2月8日と大きく変遷させた(被告第2準備書面)。しかも,被告らの主張によると,被告P1は,蘇州シャ・シン社から,平成19年2月7日,自身の指示に由来する突状部も備えた容器試作品を初めて見せられ,それを確認してから同年3月1日に本件特許の出願をしたとの経過があったというのであるから,本件特許の出願と蘇州シャ・シン社への指示の時間的前後関係を勘違いすることは起こりにくいはずである。


 被告P1は尋問でも同旨の供述をしているが,真に記憶に基づく主張,供述をしているか疑わしいと言わざるを得ない。


 さらに平成19年4月における被告P1と蘇州シャ・シン社との電子メールでのやりとりは,突状部について,被告P1からの指示があったという被告らの主張と到底整合せず,蘇州シャ・シン社側の甲19考案に由来する構成であることを強く示唆するものといえる。


 また,被告P1の供述によると,P2は,平成18年2月8日に被告P1から突状部の指示を受けた際,甲19考案に全く言及せず(被告P1調書25ページ),その後少なくとも平成19年2月ころまで被告P1の指示に従い続け,当該突状部を備えた容器試作品を製作したことになる。しかし,掲げる課題や作用効果こそ違うとはいえ,口紅容器内筒部の外壁に突片部を備えるという点で共通する技術を日本や中華人民共和国などで既に権利化している者(被告P1の供述によると,P2は技術に詳しく自社の保有特許も全て把握している。)の対応として考えにくく,やはり,被告らの主張,供述の信用性に疑問を投げかける。


 なお,被告らは,本件図面(甲51)及びその一部(甲45)が証拠提出される前から,その3つの特徴(突状部の配置,突状部の形状,ストッパーが取り外されていること)を,P2への指示内容として既に指摘できていた(被告第2準備書面)のは,被告P1の指示が実際にあったことの証左であると主張するが,それらの特徴は,蘇州シャ・シン社から被告P1に示されていた図面(乙9)や,本訴提起前に入手していた本件容器の実物(乙21)から把握できるものであるから,被告らの主張,供述の信用性を特段高めるものではない。


 以上より,本件容器の突状部につき,被告P1が,蘇州シャ・シン社の代表取締役P2に対して指示したことに由来する旨の被告らの主張は採用できない。


(4)輸入日

 証拠(甲25,26の1〜8,27〜30,42〜44)及び弁論の全趣旨によれば,ロット番号「2C361」の原告口紅のうち少なくとも一部に本件容器を備えた本件口紅が含まれていたこと,ロット番号「2C361」の原告口紅が平成18年12月27日に蘇州シャ・シン社の中国工場で製造され,同月28日尚美公司保有倉庫に入庫された後,平成19年1月5日には,原告らに輸出すべく上海を出港し,同年1月10日の日本における通関手続を経て,同月15日に原告ロレアルの管理する寿倉庫に入庫したこと,以後原告らは日本国内で本件口紅を含めて原告口紅の販売を行ったことが認められ,この認定を妨げるに足りる証拠はない(かかる認定は,蘇州シャ・シン社が,甲19考案を,別ブランドの口紅用容器のものとはいえ,平成18年2月14日には既に図面化[本件図面]していたこととも整合する。また,平成19年3月の原告口紅の発売開始[甲29]から間もない同年7月には本件口紅が市場で見つかっていることからも,原告口紅の製造開始当初から,本件容器が利用されていたものとうかがわれる。)。


 したがって,原告らは,本件特許が出願された平成19年3月1日の際,本件特許発明1及び同2の技術的範囲に属する本件容器を備えた本件口紅を輸入し,もって,「現に日本国内においてその発明の実施である事業」(特許法79条)をしていたものといえる。


(5)知得

 本件容器と同部位に同形状の突状部を描いた本件図面は,平成18年2月14日には蘇州シャ・シン社によって作成されていたことからすれば,そのころ本件図面に係る「ランコム」の口紅の製造,販売を国際的に展開するフランスロレアル社に送付されたものと推認され,この推認を妨げるに足りる証拠はない。


 そうするとフランスロレアル社の子会社で,ロレアルグループの一員である原告らも,本件口紅の輸入時には,「本件特許出願に係る発明を知らないでその発明をした者」であるP4から,本件容器の突状部に係る発明を「知得」していたと評価するのが相当である(この点,被告らは,原告らとフランス法人のロレアル社はあくまで別法人であるため,その知得を原告らの知得と同視すべきでない旨主張するが,先使用権の成否を判断するに当たり,発明の実施者が親会社であるか,あるいは,同社が支配する子会社であるかによって結論を左右させることは,特許法79条による利害調整の趣旨に沿う解釈とはいえず,採用できない。)。


(6)小括

 以上のとおり,原告らは,本件特許発明につき,「特許出願に係る発明を知らないでその発明をした者から知得して,特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者」に当たるから,少なくとも本件容器の実施形式の範囲で先使用権を有するものである。


 したがって,原告らが本件口紅を販売等することは,被告P1の有する本件特許権の侵害にはあたらないというべきである。』

 と判示されました。