●平成24年(ネ)第10015号 特許権侵害差止等(知財高裁大合議要旨

 知財高裁のHPに一昨日出された知財高裁大合議事件である『平成24年(ネ)第10015号 特許権侵害差止等,損害賠償反訴請求控訴事件』の判決の要旨(http://www.ip.courts.go.jp/documents/g_panel.html)が掲載されていました。


特許法102条2項の判断が大合議での争点になっていたようです。


 本判決の要旨は以下の内容です。


(要旨)

 本件は,発明の名称を「ごみ貯蔵機器」とする本件特許権(特許第4402165号)を有する控訴人兼被控訴人(第1審本訴原告・反訴被告。以下「1審原告」という。)が,被控訴人兼控訴人(第1審本訴被告・反訴原告。以下「1審被告」という。)に対し,1審被告が輸入・販売する紙おむつ用のごみ貯蔵カセットは1審原告の本件特許権等を侵害するとして,1審被告製品の輸入販売等の差止め及び廃棄,並びに損害賠償を求めた事案である。


  主な争点は,?1審被告製品が1審原告の有する本件特許発明の技術的範囲に属するか,?1審被告の本件特許権侵害による1審原告の損害額の算定方法である。


 原判決(東京地裁)は,上記争点?について,本件特許に係るごみ貯蔵カセットは,ごみ貯蔵カセット回転装置に係合されて回転可能に据え付けられ,かつ,ごみ貯蔵カセット回転装置から吊り下げられるものであるところ,用途等によって限定されるものではなく,回転装置を備えないごみ貯蔵機器に取り付けて使用することができるようにしたごみ貯蔵カセットを含むとして,1審被告製品は,本件特許発明の技術的範囲に属し,本件特許権を侵害すると判断した。また,上記争点?について,特許法102条2項の適用には,特許権者が特許発明を実施していることを要するとの立場から,1審原告は,本件特許発明の実施をしていないとして,同項による損害額の推定は認められないと判断し,同条3項に基づき,実施料相当額の損害を認容した。


 本判決は,1審被告製品は,本件特許発明の技術的範囲に属し,本件特許権を侵害するとの原判決の判断を是認した上で,下記のように判断し,特許法102条2項の適用について,特許権者において,当該特許発明を実施していることを要件とするものではなく,特許権者に,侵害者による特許権侵害がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には,同項の適用が認められると解すべきであるとして,同項に基づき,1審原告の損害額を算定し,原判決の損害賠償認容額を変更した。


                      記

特許法102条2項を適用するための要件について
特許法102条2項は,「特許権者・・・が故意又は過失により自己の特許権・・・を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において,その者がその侵害の行為により利益を受けているときは,その利益の額は,特許権者・・・が受けた損害の額と推定する。」と規定する。


 特許法102条2項は,民法の原則の下では,特許権侵害によって特許権者が被った損害の賠償を求めるためには,特許権者において,損害の発生及び額,これと特許権侵害行為との間の因果関係を主張,立証しなければならないところ,その立証等には困難が伴い,その結果,妥当な損害の塡補がされないという不都合が生じ得ることに照らして,侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは,その利益額を特許権者の損害額と推定するとして,立証の困難性の軽減を図った規定である。このように,特許法102条2項は,損害額の立証の困難性を軽減する趣旨で設けられた規定であって,その効果も推定にすぎないことからすれば,同項を適用するための要件を,殊更厳格なものとする合理的な理由はないというべきである。


 したがって,特許権者に,侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には,特許法102条2項の適用が認められると解すべきであり,特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在するなどの諸事情は,推定された損害額を覆滅する事情として考慮されるとするのが相当である。そして,後に述べるとおり,特許法102条2項の適用に当たり,特許権者において,当該特許発明を実施していることを要件とするものではないというべきである。


2 本件についての判断


1審原告は,A社との間で販売店契約を締結し,これに基づき,A社を日本国内における1審原告製品の販売店とし,A社に対し,英国で製造した本件特許発明に係る1審原告製カセットを販売(輸出)していること,A社は,1審原告製カセットを,日本国内において,一般消費者に対し,販売していること,もって,1審原告は,A社を通じて1審原告製カセットを日本国内において販売しているといえること,1審被告は,1審被告製品を日本国内に輸入し,販売することにより,A社のみならず1審原告ともごみ貯蔵カセットに係る日本国内の市場において競業関係にあること,1審被告の侵害行為(1審被告製品の販売)により,1審原告製カセットの日本国内での売上げが減少していることが認められる。


 以上の事実経緯に照らすならば,1審原告には,1審被告の侵害行為がなかったならば,利益が得られたであろうという事情が認められるから,1審原告の損害額の算定につき,特許法102条2項の適用が排除される理由はないというべきである。


 これに対し,1審被告は,特許法102条2項が損害の発生自体を推定する規定ではないことや属地主義の原則の見地から,同項が適用されるためには,特許権者が当該特許発明について,日本国内において,同法2条3項所定の「実施」を行っていることを要する,1審原告は,日本国内では,本件特許発明に係る1審原告製カセットの販売等を行っておらず,1審原告の損害額の算定につき,同法102条2項の適用は否定されるべきである,と主張する。


 しかし,特許法102条2項には,特許権者が当該特許発明の実施をしていることを要する旨の文言は存在しないこと,同項は,損害額の立証の困難性を軽減する趣旨で設けられたものであり,また,推定規定であることに照らすならば,同項を適用するに当たって,殊更厳格な要件を課すことは妥当を欠くというべきであることなどを総合すれば,特許権者が当該特許発明を実施していることは,同項を適用するための要件とはいえない。


 上記のとおり,特許権者に,侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には,特許法102条2項の適用が認められると解すべきである。


 したがって,本件においては,1審原告の上記行為が特許法2条3項所定の「実施」に当たるか否かにかかわらず,同法102条2項を適用することができる。また,このように解したとしても,本件特許権の効力を日本国外に及ぼすものではなく,いわゆる属地主義の原則に反するとはいえない。


 以上のとおり,1審被告の主張は採用することができず,1審原告の損害額の算定については,特許法102条2項を適用することができ,同項による推定が及ぶ。