●平成24(行ケ)10020 審決取消請求事件 特許権「発光装置」

 本日は、『平成24(行ケ)10020 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「発光装置」平成25年1月31日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20130201142246.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許無効審判における無効審決の取消しを求めた審決取消請求事件で、その請求が認容された事案です。


 本件では、実施可能要件についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 土肥章大、裁判官 井上泰人、裁判官 荒井章光)は、


『3内部量子効率80%以上の赤色蛍光体を実施不能とした判断の誤りについて

(1)実施可能要件について

 特許制度は,発明を公開する代償として,一定期間発明者に当該発明の実施につき独占的な権利を付与するものであるから,明細書には,当該発明の技術的内容について一般に開示する内容を記載しなければならない。特許法36条4項1号が実施可能要件を定める趣旨は,明細書の発明の詳細な説明に,当業者がその実施をすることができる程度に発明の構成等が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになるからであると解される。


 そして,物の発明における発明の実施とは,その物の生産,使用等をする行為をいうから(特許法2条3項1号),物の発明について上記の実施可能要件を充足するためには,明細書にその物を製造する方法についての具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその物を製造することができるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。

(2)本件明細書の開示内容について


ア本件審決は,本件構成3について,個々の蛍光体の内部量子効率がそれぞれ80%以上であることを要するとした上で,本件明細書の発明の詳細な説明には,内部量子効率が80%以上の赤色蛍光体が開示されていないとする。


 確かに,前記2(2)アのとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,赤色蛍光体及び緑色蛍光体として使用できる具体的な物質が,内部量子効率を含む各特性を含めて記載されているところ,本件明細書に開示されている緑色蛍光体の内部量子効率は80%以上であるが,赤色蛍光体の内部量子効率は80%未満であり,したがって,本件明細書には,内部量子効率が80%以上の緑色蛍光体については記載されているが,内部量子効率が80%以上の赤色蛍光体については,直接記載されていないというほかない。


 しかしながら,前記1(8)のとおり,本件明細書には,赤色蛍光体及び緑色蛍光体の製造方法について,その原料,反応促進剤の有無,焼成条件(温度,時間)なども含めて具体的に記載されているのみならず,赤色蛍光体の製造方法については,本件出願時には製造条件が未だ最適化されていないため,内部量子効率が低いものしか得られていないが,製造条件の最適化により改善されることまで記載されているものである。そうすると,研究段階においても,赤色蛍光体について60ないし70%の内部量子効率が実現されているのであるから,今後,製造条件が十分最適化されることにより,内部量子効率が高いものを得ることができることが記載されている以上,当業者は,今後,製造条件が十分最適化されることにより,内部量子効率が80%以上の高い赤色蛍光体が得られると理解するものというべきである。


証拠(甲5,12〜17)によれば,蛍光体の製造方法において,製造条件の最適化として,結晶中の不純物を除去すること,結晶格子の欠陥を減らすこと,結晶粒径を制御すること,発光中心となる付活剤の濃度を最適化すること等により,蛍光体の効率を低下させる要因を除去することは,本件出願時において当業者に周知の事項であったと認められる。


 したがって,本件明細書の発明の詳細な説明に内部量子効率が80%未満の赤色蛍光体が記載されているにすぎなかったとしても,当業者は,蛍光体の製造方法において,製造条件の最適化を行うことにより,赤色蛍光体についても,その内部量子効率が80%以上のものを容易に製造することができるものと解される。実際,証拠(甲18)によれば,本件出願後ではあるが,平成18年3月22日,内部量子効率が86ないし87%のCaAlSiN3:Euの赤色蛍光体が製造された旨が発表されたことが認められる。


ウ以上によると,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者が内部量子効率80%以上の赤色蛍光体を製造することができる程度の開示が存在するものというべきである。


(3)被告の主張について

ア被告は,本件明細書の赤色蛍光体の製造方法の記載は極めて抽象的であって,具体的な製造条件の因子の開示すらされていない製造条件の最適化によって,当業者が製造可能であると解することはできないと主張する。


 しかしながら,前記のとおり,蛍光体の製造方法における製造条件の最適化については,本件出願時において当業者に周知の事項であったと認められる以上,具体的な製造条件の因子が開示されていなかったとしても,当業者は蛍光体の製造方法において,具体的にどのような因子について最適化を実施すればよいかは理解できるものというべきである。


イ被告は,本件明細書に内部量子効率が60%ないし70%程度の赤色蛍光体しか得られないことが開示されている以上,当業者が,当該開示内容を超えて,あえて臨界的意義が不明な内部量子効率80%以上の赤色蛍光体を製造する試みを行うとは想定し得ないと主張する。


 しかしながら,本件明細書には,個々の蛍光体の内部量子効率が80%以上であることが望ましい旨の記載や研究段階における赤色蛍光体の内部量子効率が今後の製造条件の最適化によって向上する旨の記載が存在するのみならず,蛍光体を用いた発光装置において個々の蛍光体の内部量子効率が高いことが好ましいことは技術常識であるというべきであるから,当業者が内部量子効率80%以上の赤色蛍光体を製造する試みを行うことは自然である。


ウ被告は,原告が主張する蛍光体の効率を低下させる因子は,本件明細書には記載されておらず,そのほかの因子も存在するから,本件発明1の赤色蛍光体において,どの因子が重要で,どの因子が重要でないかは,当業者でも理解できないし,窒化物蛍光体及び酸窒化物蛍光体には,化学組成により様々な結晶構造を有する蛍光体が存在するから,様々な種類の蛍光体の製造に当たり,確実に内部量子効率の向上をもたらす普遍的な製造方法は知られていないと主張する。


 しかしながら,前記のとおり,原告が指摘する各因子がいずれも蛍光体の効率を低下させるものであることは,本件出願時において当業者に周知の事項であったと認められるから,蛍光体を製造する際に,これらの因子について通常の試行錯誤を行うことは当業者の通常の創作活動というべきであって,当業者にとって困難なことということはできない。また,蛍光体化合物の種類によって,いずれの最適化方法を採用するかについて試行錯誤を行うことも,同様に,当業者の通常の創作活動というべきである。


エ以上のとおり,被告の上記主張はいずれも採用できない。


(4)小括

 よって,仮に,本件構成3について,個々の蛍光体の内部量子効率がそれぞれ80%以上であることが必要であると解するとしても,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者が内部量子効率80%以上の赤色蛍光体を製造することができる程度の記載がされているものということができるから,本件発明1について,本件明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を充足しないとした本件審決の判断は誤りである。

 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。