●平成23(行ケ)10409 審決取消請求事件 特許権「法面等の加工機械

 本日は、『平成23(行ケ)10409 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「法面等の加工機械」平成24年8月8日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120814140838.pdf)について取り上げます。


 本件は、拒絶審決の取消しを求めた審決取消請求事件で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、取消事由2(容易想到性に係る判断の誤り)についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 高部眞規子、裁判官 井上泰人、裁判官 齋藤巌)は、


『3取消事由2(容易想到性に係る判断の誤り)について


 …省略…


(3)相違点3の認定の誤りについて

ア前記(1)のとおり,引用発明は,法面の傾斜面で法面成形作業などを行う油圧ショベルに関するものであるから,当該油圧ショベルが勾配のある地形部分に使用されるものであることは明らかである。


 しかしながら,本件発明では,特許請求の範囲において,その加工機械が急勾配の地形部分に使用されることが記載されているのに対し,引用例1には,引用発明が使用される勾配の程度を明らかにした記載はない。


 したがって,引用発明では勾配がどの程度であるか不明であるとした本件審決の認定が誤りであるということはできない。


イ原告は,引用発明が,通常の油圧ショベルでは走行不可能なほどの角度の傾斜面,本件発明にいう「急勾配」で走行可能な油圧ショベルを想定していると主張する。


 しかし,引用発明は,無限軌道の駆動により傾斜面を昇降走行するものであるから,土木機械の投入が不可能,あるいは自走することができない傾斜面において使用することまでは想定されておらず,原告の指摘する引用例1の記載によっても,急勾配での使用を読み取ることはできない。


(4)相違点2及び3に係る判断の誤りについて

ア前記1(2)のとおり,本件発明は,従来,高くて急勾配の地形部分に法面を形成する場合,全面にわたって土木機械を投入することができず,人の手作業によっていたため,作業効率が悪く,危険であるなどの課題があったため,そうした地形部分でも作業者がほぼ水平状態で操作できる加工機械を用いるとともに,当該機械について,「車体あるいはベース板の一方の両側部に互いに距離を置いて取り付けられた一対のウインチであって,車体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る一対のウインチ」を有する構成(相違点2に係る構成)を採用し,その結果,ウインチの作動によってワイヤーを伸縮させるとともに,無限軌道を駆動させることにより,無限軌道だけでは自走することができない傾斜面部位でも車体を上下左右方向に移動することができるという作用効果を奏するものである。


 これに対し,引用発明は,無限軌道の駆動により傾斜面を昇降走行する油圧ショベルであるから,本件発明にいう急勾配,すなわち,土木機械の投入が不可能,あるいは自走することができない傾斜面において使用することまでは想定されておらず,引用例1にも,そうした傾斜面部位でも一対のウインチを用いて車体を上下左右方向に移動させ,法面形成作業を効率よく行うことの直接的な動機付けや示唆はない。


イまた,引用例2には,斜面の頂上に据え付けたウインチの2個のドラムから繰り出された2本のワイヤーにより,アスファルトフィニッシャを牽引する捲揚用油圧装置が,引用例3には,処理用作業車を法面に沿って巻上げ,巻下げする2台の同型のウインチを左右に搭載し,各ウインチに巻かれる1本ずつのワイヤロープが処理用作業車の前部に設けた牽引フレームの左右の端部にそれぞれ接続されている法面処理用作業車の巻上装置が,引用例5には,法面上部の保持用機械と,原動機により駆動されるワイヤロープ巻取装置のドラムから繰り出される2本のワイヤロープを連結することにより,法面上に牽引される法面締固め装置が,それぞれ記載されている。いずれも,一対のウインチ及び一対のワイヤーを用いてはいるが,加工機械の走行装置はなく,車体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る一対のウインチは,開示されておらず,車体を上下左右方向に移動させ,法面形成作業を効率よく行うことの直接的な動機付けや示唆はない。


 引用例6には,傾斜地面の上位部に一端を固定させた1本の条体の他端を捲取機のドラムに捲き付けることにより,機枠を牽引する傾斜地面輾圧用振動ローラー機が,引用例7には,1本のワイヤを介して傾斜地頂部に置かれたアンカと連結され,フレーム上に取り付けられた巻取機を駆動させることにより,法面に沿って上方に引き上げられながら法面の成形,整地をする傾斜地面転圧用ローラ機が,それぞれ記載されている。いずれも,加工機械にウインチが設けられてはいるが,加工機械の走行装置はなく,ワイヤーも一対ではなく,車体を上下左右方向に移動させ,法面形成作業を効率よく行うことの直接的な動機付けや示唆はない。


 また,引用例8には,クローラ式走行部とバケット作業部を備え,ウインチのドラムを駆動させることにより,ウインチから繰り出される1本のワイヤを介して機体を引き上げるようにして,傾斜地での登り走行を円滑に行うことができる作業機が記載されているが,ワイヤーは一対ではなく,機体を上下左右方向に移動させ,法面形成作業を効率よく行うことの直接的な動機付けや示唆はない。


 なお,引用例4は,補強面上の上方に固着された3台の基台にそれぞれ取り付けられたウインチから繰り出された3本のワイヤーで台車を牽引する地山補強面破砕装置が記載されている。引用例4の3本のワイヤーのうち,主ワイヤーは,主として台車の重量を支え台車の昇降移動を受け持つものであるのに対し,左右のワイヤーは,台車の左右方向への移動を受け持つものであって,左右巻取機の回動及びこれに基づく左右ワイヤーの操作によって,台車は,広大な補強面の移動が可能となる技術が開示されているが,車体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る一対のウインチが開示されているわけではなく,走行装置が無限軌道ではないため,左右のワイヤーで前輪を傾動させ,その上で主ワイヤーで牽引するものであり,急勾配の未整形地を走行することを前提としておらず,舵取り機構により前輪を傾斜させることができるのであって,これを引用発明に適用する動機は見いだせない。


ウ以上のとおり,引用発明は,本件発明にいう急勾配,すなわち,土木機械の投入が不可能,あるいは自走することができない傾斜面において使用することまでは想定されておらず,引用例1にも,そうした傾斜面部位でも一対のウインチを用いて車体を上下左右方向に移動させ,法面形成作業を効率よく行うことの直接的な動機付けや示唆はないから,引用発明に,引用例2ないし8に記載された事項を適用することが容易であるということはできない。


 また,仮に,引用発明に,引用例2ないし8に開示された傾斜面での走行や土木工事作業を行う機械について,ワイヤーによる牽引機構を採用する技術を適用したとしても,引用例2ないし8のいずれにも,車体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る一対のウインチは,開示されていない。加えて,本件発明は,「車体あるいはベース板の一方の両側部に互いに距離を置いて取り付けられた一対のウインチであって,車体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る一対のウインチ」を有する構成(相違点2に係る構成)としたことにより,自走することができない傾斜面部位にでも一対のウインチを用いて車体を上下左右方向に移動させ,土砂等の切取り等の法面形成作業を効率よく行うことができるという,引用発明にない作用効果を奏するというものである。


 そうすると,引用発明に,引用例2ないし8に開示された事項を適用したとしても,本件発明に至ることが当業者にとって容易であるということはできない。


エしたがって,本件発明は,引用発明及び引用例2ないし8に開示された事項に基づき容易に想到することができたとはいえない。


オ原告は,引用発明について,引用例2ないし8に記載された事項を組み合わせることにより,当業者が相違点2に係る本件発明の構成を想到することに格別の困難性はないと主張する。


 しかしながら,原告の主張は,引用例1に本件発明の課題が示唆されていることを前提とするものであり,失当である。そして,引用例2ないし8のいずれにも,本件発明と引用発明との相違点2に係る構成が開示されているものはないこと,本件発明が相違点2に係る構成を採用することによって,前記の作用効果を奏するものであることに照らし,原告の上記主張を採用することはできない


(5)小括

 よって,取消事由2には理由がない。』

 と判示されました。