●平成23(行ケ)10354 審決取消請求事件 特許権「電解装置」

 本日は、『平成23(行ケ)10354 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「電解装置」平成24年7月12日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120718141303.pdf)について取り上げます。


 本件は、拒絶審決の取消しを求めた審決取消請求事件で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、特許法29条1項3号についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 芝田俊文、裁判官 西理香、裁判官 知野明)は、


『当裁判所は,本願発明は引用例に記載された発明であり,特許法29条1項3号により特許を受けることができないとした審決の判断に誤りはないものと判断する。その理由は,以下のとおりであるが,事案に鑑み,取消事由1ないし3について,併せて検討する。

 ・・・省略・・・

2 原告の主張に対して

(1) 原告は,審決は本願発明と引用例に記載された発明の数値の比較を行うのみで数値限定の技術的意義や数値限定による作用効果を検討しておらず,本願発明の特許請求の範囲の「0.3mm3/mA・sec(単位電流流速)以上」との記載をもって,単位電流流速の値が100倍以上も大きい引用例に記載された発明が本願発明に含まれると判断したものであり,審決の本願発明の認定には,誤りがあると主張する。


 しかし,原告の上記主張は,失当である。すなわち,特許法29条1項3号の判断において,刊行物に発明が記載されているというためには,当業者が特別の思考を有することなく,当該発明を実施し得る程度の記載がされていることが必要であるところ,その発明の構成が記載されていればよく,発明の目的や作用効果まで記載されている必要はないものと解される。この点,上記のとおり,本願発明と引用例に記載された発明は,無隔膜式の電解装置において,電極の電流密度を2mA/mm2以上とし,被処理水を流速は,0.3mm3/mA・sec(単位電流流速)以上で流通させるようにした,電解装置である点で構成が一致している(この点については原告も争っていない。)。また,審決は,本願明細書の「上記結果(判決注・実施例の結果のことを示す。)から,単位電流流速を大きくする(一般的には流量,流速も大きくなる)ことにより,Cl2(判決注・「Cl2」の誤記と解する。)の生成効率は向上することが理解できる。特に単位電流流速0.3を境に飛躍的に効率がよくなることが分かる。このような結果となる理由は,流速が速いことにより二次反応が抑制されることにあると考えられる。」(段落【0021】)との記載から,本願発明において,二次反応が抑制され,効率がよくなる単位電流流速には,上限はなく,特定の値(0.3mm3/mA・sec)より大きな値であればよいものと解されるとして,本願発明の数値限定の技術的意義や数値限定による作用効果を検討している。


 したがって,原告の上記主張は失当であり,審決の本願発明の認定に誤りはない。


(2) 原告は,本願明細書中には,単位電流流速が100倍以上大きな値を含むことを許容する記載はなく,本願発明に係る特許請求の範囲の「0.3mm3/mA・sec(単位電流流速)以上」は,その上限が引用例に記載された発明の「0.5×103mm3/mA・sec(単位電流流速)」にまで至らないものと認定すべきであると主張する。


 しかし,原告の上記主張は,失当である。すなわち,本願発明に係る特許請求の範囲には,「電極の電流密度を2mA/mm2以上」とし,「被処理水を流速は,0.3mm3/mA・sec(単位電流流速)以上」で流通させるようにしたと記載されており,その発明内容は明確であり,本願明細書中の記載をもって,その上限を限定することはできない(もし,引用例に記載された発明のような大きな流速のものを排除するのであれば,特許請求の範囲において上限数値を記載すべきである。)。なお,本願明細書中には,単位電流流速の上限を限定する記載も示唆もなく,むしろ,上記甲2段落【0021】の記載からすれば,単位電流流速が大きいほど二次反応が抑制され,Cl2の生成効率が良くなるものと理解できる。


 したがって,本願発明の単位電流流速に上限を設ける原告の上記主張は失当であり,審決の本願発明の認定に誤りはない。


(3) 原告は,引用例に記載された発明は,次亜塩素酸塩を生成する電解槽の電極の改良に関するものであり,引用例に記載されている電極寸法,電流密度,流速等の数値は,電極素材の電流効率を比較するための実験で用いた数値にすぎず,引用例は,電解条件に関する発明が作用効果を含めて開示されているものではないから,本願発明に関連する発明が開示された公知文献とはいえないと主張する。


 しかし,原告の上記主張は,失当である。すなわち,引用例には,無隔膜単極式電解槽における電流密度及び流速が明確に記載されており,これにより,引用例に記載された発明における単位電流流速も明らかになるものであって,引用例に,本願発明と同様の発明の目的や作用効果が記載されていないとしても,本願発明が引用例に記載された発明であると認定することの妨げとはならない。


 したがって,審決の引用例に記載された発明の認定に誤りはない。

(4) 原告は,本願発明は可及的に流速を遅くしつつ,かつ二次反応が起きにくい程度に速い流速で,生成物濃度の高い被処理水を得るための下限を見出したものであるのに対し,引用例に記載された発明は,電解効率や二次反応の阻止という本願発明の目的や作用効果と関係がなく,下限の流速について記載も示唆もされていない上,本願発明に比べて25倍以上の流速があり,大型大流量タイプの装置でしか実施することができないものであり,引用例に記載された発明における単位電流流速0.5×103mm3/mA・secが,本願発明の単位電流流速0.3mm3/mA・sec以上に含まれるとしても,本願発明が引用例に記載された発明であるということはできず,審決の新規性判断には誤りがある,と主張する。


 しかし,原告の上記主張は,失当である。すなわち,上記本願明細書の段落【0021】によれば,本願発明は,単位電流流速0.3を境にCl2の生成効率が飛躍的によくなることから,単位電流流速の下限を0.3mm3/mA・secに定めたものと認められ,可及的に流速を遅くしつつも,電極への付着が少なく,かつ二次反応が起きにくい程度に速い流速の下限と電流密度との関係を考慮して,単位電流流速の下限を定めたものとは解されない。また,上記のとおり,引用例に記載された発明の単位電流流速「0.5×103mm3/mA・sec」は,本願発明の単位電流流速「0.3mm3/mA・sec以上」に含まれており,両者は単位電流流速「0.5×103mm3/mA・sec」で一致しているから,引用例に記載された発明の単位電流流速の下限が限定されている必要はない。さらに,本願発明に係る特許請求の範囲には,流速及び装置の大きさを特定する記載はなく,引用例に記載された発明は,本願発明と異なり,大型大流量タイプの装置でしか実施できないとの原告の主張は,本願発明に係る特許請求の範囲の記載に基づく主張とはいえない。


 したがって,審決の新規性判断に誤りはない。


3 結論

 以上のとおり,原告の主張する取消事由には理由がなく,他に審決にはこれを取り消すべき違法は認められない。その他,原告は,縷々主張するが,いずれも,理由がない。よって,主文のとおり判決する。』

と判示されました。