●平成23(行ケ)10364 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟

 本日は、『平成23(行ケ)10364 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「流体によって冷却される,比出力が高い電動モータ」平成24年6月13日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120614142258.pdf)について取り上げます。

 本件は、拒絶審決の取消しを求めた審決取消請求事件で、その請求が認容された事案です。


 本件では、実施可能要件についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 滝澤孝臣、裁判官 井上泰人、裁判官 荒井章光)は、


『1実施可能要件及び本願明細書の記載について

(1)実施可能要件について

 本件特許は,平成11年11月26日出願に係るものであるから,法36条4項が適用されるところ,同項には,「発明の詳細な説明は,…その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。」と規定している。


 特許制度は,発明を公開する代償として,一定期間発明者に当該発明の実施につき独占的な権利を付与するものであるから,明細書には,当該発明の技術的内容を一般に開示する内容を記載しなければならない。法36条4項が上記のとおり規定する趣旨は,明細書の発明の詳細な説明に,当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の構成等が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになるからであると解される。


 そして,物の発明における発明の実施とは,その物を生産,使用等をすることをいうから(特許法2条3項1号),物の発明については,明細書にその物を製造する方法についての具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその物を製造することができるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。


 これを本願発明についてみると,本願発明は,いずれも物の発明であるが,その特許請求の範囲(前記第2の2)に記載の構成を備えた電動モータであるから,本願発明が実施可能であるというためには,本願明細書の発明の詳細な説明に本願発明を構成する部材を製造する方法についての具体的な記載があるか,あるいはそのような記載がなくても,本願明細書の記載及び本件出願日当時の技術常識に基づき当業者が当該部材を製造することができる必要があるというべきである。


(2)本願明細書の記載について

 以上の観点から本願明細書の発明の詳細な説明をみると,そこには,本願発明についておおむね次の記載がある。


 …省略…


 他方,前記(1)に引用の本願明細書【0006】の記載部分は,本願発明の作用効果について言及しているにすぎないものであって,本願発明の実施方法について言及しているものではないから,仮に当該部分が明瞭でないとしても,そのことは,当業者が本願発明を構成する部材のうち,特に当該記載部分と関係する「ポリマー材料」及びこれに関連する部材を製造することを不可能ならしめるものではない。


したがって,本願明細書に接した当業者は,仮に前記(1)に引用の本願明細書【0006】の記載部分が明瞭でないとしても,本件出願日当時の技術常識及び本願明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて,本願発明における「ポリマー材料」及びこれに関連する部材を製造し,もって本願発明を実施することができたものというべきであって,本願明細書は,本願発明の作用効果について言及した当該記載部分が明瞭でないからといって,法36条4項に違反するといい得るものではない。


(3)なお,前記(1)に引用の本願明細書【0006】の記載部分は,「デュロマーの厚さが薄くなり」と記載しており,この点は,いささか表現が明瞭でないことを否定できない。

 しかしながら,前記1(2)オに記載のとおり,本願明細書【0007】は,デュロマー及び充填剤からなる「ポリマー材料」の製造方法について説明しているところ,そこに含有された充填剤の量が多くなれば,デュロマーの濃度が相対的に低くなり,個別のデュロマー分子間の距離が遠くなることは,明らかである。このことを踏まえると,上記引用に係る記載部分は,このようなデュロマー濃度の低下に伴う分子間の間隔の拡大について「厚さが薄くなる」と表現しているものと解し得ないではなく,また,このように理解したとしても,本願明細書の他の部分の記載と矛盾や齟齬を来すものでもない。


 また,本願発明において,デュロマーは,「ポリマー材料」を構成する部材の1つであるにとどまり,デュロマー自体がモータ・ハウジングを構成するものではないから,デュロマーの厚さとモータ・ハウジングの厚さを同視することを前提とする被告の主張は,前提を欠くものとして採用できない。


 したがって,上記引用に係る記載部分は,より明瞭なものに補正されることが望ましいとはいえるものの,前記(2)に記載のとおり,そうであるからといって法36条4項に違反するものでない。


(4)よって,原告の前記(1)の主張には理由がある。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。