●平成23(ワ)9476 意匠権侵害差止請求事件「角度調整金具用揺動アー

 本日も、『平成23(ワ)9476意匠権侵害差止請求事件意匠権民事訴訟「角度調整金具用揺動アーム」平成24年5月24日大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120525153229.pdf)について取り上げます。

 本件では、争点2(ロ−1号意匠は,本件意匠2に類似するか)についての判断も参考になるかと思います。


 つまり、大阪地裁(第26民事部 裁判長裁判官 山田陽三、裁判官 西田昌吾、裁判官 達野ゆき)は、


『2争点2(ロ−1号意匠は,本件意匠2に類似するか)について

 以下の理由から,ロ−1号意匠は,本件意匠2に類似するものと認めることができる。

(1) 意匠に係る物品について

 前提事実(4)のとおり,ロ−1号意匠と本件意匠2の意匠に係る物品が同一であることについては,当事者間に争いがない。


(2)本件意匠2の構成

 本件意匠2の構成は,以下のとおりである。

ア基本的構成態様

(ア)ギア歯が形成された2枚のギア板部が,平行に配置されている。
(イ)正面視において,各ギア板部には,多数の細かなギア歯が左上方に凸の円弧状に配設されてギア部が形成されており,ギア部の両端には,それぞれ,ギア歯と比してラジアル外方向へ向けて突出する突隆部が形成されている。

イ具体的構成態様

ウ要部

(ア)本件実施品2の性質,用途及び使用態様

 甲1の1及び2の1によれば,角度調整金具用揺動アーム(本件実施品2)は,いわゆる角度調整金具を構成する部材であること,角度調整金具は,一方の部材と他方の部材との角度を任意に設定することのできる関節部材であり,座椅子の背部の傾斜角度を調整するため背部と座部との間等に用いられる部品であること,その使用態様としては,別紙本件意匠目録2の【使用状態を示す参考図1】ないし【使用状態を示す参考図3】のような使用態様で用いられることが認められる。


 特に,特開2009−254868号公報(甲9)によれば,本件実施品1及び2を用いた角度調整金具において,浮動くさび部材(本件実施品1)の動作は,最大展開状態から最大折り畳み状態までは本件実施品2のギア部と当接面とに挟まれ,くさび作用によりアームを任意の折り畳み角度(傾斜角度)に調整可能で,その角度を維持させることができること,最大折り畳み状態を越えると,浮動くさび部材(本件実施品1)は,押し返し突部(本件実施品2の上側の突隆部)により押圧されて,退避空間部内に収容され,アームが揺動自由状態となること,最大展開状態に戻されると,浮動くさび部材(本件実施品1)は押し出し突部(本件実施品2の下側の突隆部)により押圧されて退避空間部から押し出され,ギア部と再び噛合状態となることが認められる。


 そうすると,本件実施品1及び2を用いた角度調整金具を使用する需要者ないし取引者は,上記作用効果を奏することに関する,2枚のギア板の配設状況,ギア歯及びその周辺の特徴的な構成である突隆部の形状(本件意匠2の基本的構成態様(ア),(イ))に注意を惹かれると認めることができる。


(イ)公知意匠

 被告は,?歯を有するギア板部を2枚平行に配設する公知意匠(乙12,28ないし42),?ギア板部の歯の形状に関する公知意匠(乙13,14,17ないし19,22ないし26,29,43ないし46),?ギア板部に勾配線を配設する公知意匠(乙13,14,17,21,23,26,29,43ないし45,47ないし51),?ギア板部に突隆部を配設する公知意匠(乙13,17,20,21,29,43ないし45,47,50,52)が存することからすれば,これらの公知意匠を組み合わせることにより本件意匠2の構成態様のうち,上記?ないし?の部分に係る意匠を創作することは容易であるから,これらの形態は,本件意匠2の要部とはならない旨主張する。
 

 しかしながら,登録意匠とそれ以外の意匠が類似であるか否かの判断は,需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行うものとする(意匠法24条2項)とされており,公知意匠からの創作が容易であるかどうかの問題ではないから,被告の上記主張は失当なものであるというほかない。


 もっとも,登録意匠の要部となる部分が,すべて一つの公知意匠に表れている場合には,それを登録意匠の要部と認定することはできないと解されるところ,上記公知意匠のうち,本件意匠2の基本的構成態様をすべて備えていると主張されている実登第3000379号公報(乙29)について,以下検討する。


 上記公報には,考案の名称を「座椅子用ラチェット金具」とする考案が記載されており,以下の意匠が記載されている。


 ・・・省略・・・


(ウ)要部

 前記(ア),(イ)によると,本件意匠2の要部は,2枚のギア板の配設状況,ギア歯及び突隆部の形状ということができる。


 前記(イ)のとおり,被告は,本件意匠2の基本的構成態様が公知であることからすれば,本件意匠2の要部とはなりえない旨主張するものの,これを採用することはできない。


 なお,被告は,本件意匠2と公知意匠との相違点は,ギア歯群の左端部から突隆部下端部間のみに延長部を配設する形状のみであるから,この点が本件意匠2の要部であるとも主張する。しかしながら,前述のとおり,本件意匠2と公知意匠との相違点は,上記形状に係る点のみではないから,上記被告の主張は前提を誤っているというほかない。また,前記(ア)からすると,本件意匠2のうち,ギア歯群の左端部から突隆部下端部間に延長部を配設する形状は,角度調整金具の部品として本件実施品2の作用効果を奏する部分であるとは認めることができない上,詳細に検討して初めて気がつく程度の微小な形状にすぎず,需要者の注意を惹き付ける部分であるとか,全体の美感を左右するものであるということはできない。


(3)ロ−1号意匠の構成


 ・・・省略・・・


(4)類否
ア共通点

 前記(2)及び(3)によれば,ロ−1号意匠は,本件意匠2と基本的構成態様及び具体的構成態様(ア)において,共通である。


イ差違点

 前記(2)及び(3)によれば,ロ−1号意匠は,本件意匠2と具体的構成態様(イ)ないし(エ)において,相違する。


ウ類否判断

(ア)要部における観察について

 本件意匠2の要部は,前記(2)ウのとおりである。

 前記アのとおり,ロ−1号意匠は,本件意匠2の基本的構成態様(ア)及び(イ)とにおいて共通である。


 その具体的構成態様においても,ギア板部のギア歯の配設されている範囲(本件意匠2では中心角度約104度の範囲であるのに対し,ロ−1号意匠では中心角度約96度の範囲である。)やギア歯の数(本件意匠2では22個であるのに対し,ロ−1号意匠では17個である。)で相違しているものの,その違いは一見しただけでは判明せず,むしろ,ギア板部の平面視で左上に一定の範囲で多数の細かなギアが,凸の円弧状に配設されているという態様の限度においては,共通しているといえる。


(イ)差違点の与える影響について

 前記イのとおり,本件意匠2とロ−1号意匠とは,ギア板部のギア歯の数とその配設範囲において相違するが,前記(ア)で指摘したとおり,その差は僅かであり,一見して認識することができる差違ではないし,全体の美感を左右するものということもできない。


 さらに,本件意匠2は,ギア部の下端において,下端のギア歯と下突隆部との間に微少長さの直線状延長部が存在する(具体的構成態様(エ))のに対し,ロ−1号意匠には存在しない点で相違するものの,前記(2)ウ(ウ)のとおり,直線状延長部は,指摘されなければ気づかない程度の微小な形状であり,全体の美感を左右するような差違であるとはいえない。


 なお,被告は,ロ−1号意匠のギア板部の表面に円状膨隆部が形成されており,この点においても本件意匠2と相違する旨主張するものの,ギア板部の表面は,本件意匠2の部分意匠として指定された範囲外の形状であるから,本件意匠2との差違点とはなりえず,この点に関する被告の主張は失当なものである。


 また,被告は,本件意匠2の上突隆部が下突隆部よりも大きいのに対し,ロ−1号意匠の上下突隆部の大きさは同じであるとも主張するものの,本件意匠2は部分意匠であり,下突隆部全体の大きさを限定したものであるとは認めることができないから,この点に関する被告の主張も失当なものである。

(ウ)まとめ

 以上のとおり,ロ−1号意匠と本件意匠2は,本件意匠2の要部において構成態様を共通にするものであり,具体的構成態様における差違は,需要者の注意を惹き付けるものではなく,両意匠の差異点は,両意匠の共通点を凌駕するものではないから,需要者に異なる印象を与えないということができる。


 したがって,ロ−1号意匠と本件意匠2は,全体として需要者の視覚を通じて起こさせる美感を共通にしているものということができるから,類似するというべきである。』


 と判示されました。