●平成23(ワ)5864 不正競争行為に基づく損害回復等請求事件

 本日は、『平成23(ワ)5864 不正競争行為に基づく損害回復等請求事件 不正競争民事訴訟 平成24年2月6日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120507113923.pdf)について取り上げます。


 本件は、不正競争行為に基づく損害回復等請求事件で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、まず、2争点(2)(本件記事は原告の氏名権又は肖像権を侵害するものか。)についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、東京地裁(民事第29部 裁判長裁判官 大須賀滋、裁判官 菊池絵理、裁判官 森川さつき)は、


『2争点(2)(本件記事は原告の氏名権又は肖像権を侵害するものか。)について

(1)氏名は,社会的にみれば,個人を他人から識別し特定する機能を有するものであるが,同時に,その個人からみれば,人が個人として尊重される基礎であり,その個人の人格の象徴であって,その人格の一部になっているものであるから,人は他人に自己の氏名を無断で使用されないことについて不法行為法上の保護を受け得る人格的な利益を有するものというべきであり(最高裁昭和63年2月16日第三小法廷判決・民集42巻2号27頁),他人が氏名を無断で使用し,これによってその氏名を有する者の利益が害され,それが違法と評価されるときは,その行為は氏名権を侵害するものとして不法行為に該当することとなる。


 また,人は,みだりに自己の容ぼう等を撮影されないこと及び自己の容ぼう等を撮影された写真をみだりに公表されないことについて法律上保護されるべき人格的利益を有し(最高裁平成17年11月10日第一小法廷判決・民集59巻9号2428頁),他人がみだりに写真を撮影し,公表することにより,その者の利益が害され,それが違法と評価されるときは,その行為は肖像権を侵害するものとして,不法行為に該当することとなる。


 そして,氏名の使用や撮影された写真の公表が違法といえるか否かは,被侵害利益の程度や侵害行為の態様を総合考慮して,その侵害が社会生活上受忍の限度を超えるか否かを判断して決すべきである(前掲最高裁平成17年11月10日判決参照)。


(2)アそこで,本件についてみると,前記前提事実(3)イのとおり,本件記事は,原告の氏名をその本文及び写真説明文中に各1回使用し,かつ,原告の容ぼうの写った写真1枚を掲載したものであることが認められる。また,被告らが,本件記事の掲載に当たり,原告から上記氏名及び肖像の利用に関し承諾を得ていないことについては当事者間に争いがない。


 しかし,本件記事が平成20年3月1日に発行された本件原記事を本件雑誌に再掲載したものであることは前記前提事実(2)イ(ウ)のとおりであり,原告は,本件原記事の掲載に当たっては,氏名及び肖像の利用を承諾していたものと認められる(甲14,原告本人,弁論の全趣旨)。そして,前記前提事実(2)アのとおり,被告風土社は,平成16年ころから,設計事務所工務店等からの依頼を受けて,雑誌「チルチンびと」本誌及び別冊の既刊記事の中から,上記依頼に係る設計事務所等に関する記事を抜き出してまとめ,広告用冊子として発行する業務を開始していたというのであるから,原告は,本件原記事への氏名及び肖像の掲載を上記のとおり承諾するに当たり,同記事が再掲載される可能性があることを認識することが可能であったものと考えられる。また,本件原記事は,被告安成工務店らの進める事業プロジェクトを取材し,その内容を肯定的な表現により紹介するというものであって(乙5),このような内容の記事が公刊された場合,当該企業の宣伝広告のため,同企業が,事後に当該記事を利用することがあり得ることは,当然に予測し得るものであるということができる。


 そうすると,原告は,本件原記事における氏名及び肖像の利用を承諾するに当たり,少なくとも,原告が被告デコスにおける勤務を継続する限りは,本件原記事が再掲載され,又は,事後に,被告安成工務店らの宣伝広告のため,本件原記事が利用される可能性があり得ることを前提に,上記可能性を含めて承諾していたものと解するのが相当である。


イもっとも,本件雑誌は,原告が被告デコスの取締役を退任し,同被告と競業する事業を開始した後に発行されたものであり,その記事本文において,原告が被告デコスの副社長として被告デコスの工法を評価する旨の記載がされ,同様の肩書の記載により紹介された原告の写真が掲載されているのであるから,本件雑誌の発行時点においては,原告の肩書について事実に反する記事を掲載すること及びその写真を掲載することを原告が当然に承諾していたものとみることはできない。


 しかし,仮に,原告が本件記事の掲載を承諾していたものとみることができないとしても,本件においては,その掲載された記事の内容は原告の承諾を得て既に発行されたことのある「チルチンびと」の記事と同内容の記事をそのまま抜粋して掲載したものにすぎない。


 また,争点(1)に関する判断でみたとおり,原告は,地産エコ断熱協会の事業活動に関して活動するに当たり,被告安成工務店らと無関係であることを強調するなどの行動を取っておらず,むしろ,被告安成工務店らとの関連性が依然として存続していることをうかがわせるような書籍を配布するという行動を取っているものであり,その自ら配布していた書籍の奥付には,原告の経歴について,その末尾に「(株)デコス取締役副社長」との表示が,あたかも原告が現在その職にあるとみられるような態様で記載されているのである。そうすると,本件雑誌に,原告の氏名及び写真が掲載され,そこに「デコス副社長A」との記載があったとしても,それは原告が本件雑誌の発行のころ,自ら積極的に配布していた書籍における記載と内容が異なるものではないのであるから,この点からみても原告の不利益が大きいものということはできない。


 さらに,掲載された写真の大きさは前提事実(3)イのとおりであって,写真についての説明文を見なければ原告であるかどうかも識別が難しい程度の大きさのものにすぎない。


 以上の事実に照らすと,本件記事の掲載によって原告の人格的利益が侵害される程度は小さいものといわざるを得ない。


 他方,被告らが,本件雑誌の作成を企画したのは,平成22年3月ころのことであって,原告が地産エコ断熱協会の事業についての関与を始めた同年8月ころより前のことであって,被告らが地産エコ断熱協会の事業に何らかの影響を与えるために企画したものとは認められない。また,本件雑誌において原告に関する記事が掲載されているのは76頁と77頁の2箇所のみであり,それらはいずれも既に発行されたことのある「チルチンびと」の記事から抜粋されたものにすぎず,そのうち,76頁の原告の写真は前記のとおりの大きさであって,その写真からだけでは直ちに原告であるか否かを判別できない程度の態様での使用である。また,77頁の「デコス副社長のAさん」との記載は,「エンドレスにリサイクルできますね。」というデコス工法の利点を評価した発言の主体として記載されているものであるが,その発言内容は短いものであり,前記原告が自ら配布している書籍の記載内容等に照らせば,その発言の主体として原告の氏名及び旧肩書きが表示されたとしても,原告に大きな不利益を与えるような態様での使用とはいえない。


 そうすると,本件記事のうち,原告を,被告デコスの副社長として,その写真を掲載し,また,その氏名を紹介する部分が,本件雑誌の発行の時点において事実に反するものとなっており,被告らはこの点についてより慎重な配慮をすべきであったとはいえるとしても,上記のとおりの事実関係に照らせば,原告が侵害された利益は小さいものであり,他方,被告らの侵害の態様も害意に基づくなどの悪質なものとはいえず,その侵害内容も限定されたものであって,被告らによる,原告の氏名権,肖像権の侵害は社会的に受忍すべき限度を超えるものということはできず,被告らの行為を違法なものと評価することはできないものというべきである。


(3)したがって,本件記事における原告の氏名及び肖像の利用は,原告の氏名権及び肖像権を侵害する違法な行為であるとはいえず,これに反する原告の主張は採用できない。』


 と判示されました。