●昭和58(オ)1311 謝罪広告等請求事件 昭和63年02月16日 最高裁判

 本日は、昨日取り上げた、●『平成23(ワ)5864 不正競争行為に基づく損害回復等請求事件 不正競争民事訴訟 平成24年2月6日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120507113923.pdf)で引用されていた最高裁判決の一つである、●『昭和58(オ)1311 謝罪広告等請求事件 昭和63年02月16日 最高裁判所第三小法廷 判決 棄却 福岡高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120543685933.pdf)について取り上げます。


 本最高裁判決の内容は、次の通りです。


『         主    文
     上告人の謝罪、謝罪文の放送及び新聞紙上への掲載並びに慰藉料の支払の請求に係る部分につき本件上告を棄却し、その余の上告を却下する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告人の上告理由について
 氏名は、社会的にみれば、個人を他人から識別し特定する機能を有するものであるが、同時に、その個人からみれば、人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であって、人格権の一内容を構成するものというべきであるから、人は、他人からその氏名を正確に呼称されることについて、不法行為法上の保護を受けうる人格的な利益を有するものというべきである。しかしながら、氏名を正確に呼称される利益は、氏名を他人に冒用されない権利・利益と異なり、その性質上不法行為法上の利益として必ずしも十分に強固なものとはいえないから、他人に不正確な呼称をされたからといつて、直ちに不法行為が成立するというべきではない。


 すなわち、当該他人の不正確な呼称をする動機、その不正確な呼称の態様、呼称する者と呼称される者との個人的・社会的な関係などによって、呼称される者が不正確な呼称によって受ける不利益の有無・程度には差異があるのが通常であり、しかも、我が国の場合、漢字によって表記された氏名を正確に呼称することは、漢字の日本語音が複数存在しているため、必ずしも容易ではなく、不正確に呼称することも少なくないことなどを考えると、不正確な呼称が明らかな蔑称である場合はともかくとして、不正確に呼称したすべての行為が違法性のあるものとして不法行為を構成するというべきではなく、むしろ、不正確に呼称した行為であっても、当該個人の明示的な意思に反してことさらに不正確な呼称をしたか、又は害意をもつて不正確な呼称をしたなどの特段の事情がない限り、違法性のない行為として容認されるものというべきである。更に、外国人の氏名の呼称について考えるに、外国人の氏名の民族語音を日本語的な発音によって正確に再現することは通常極めて困難であり、たとえば漢字によって表記される著名な外国人の氏名を各放送局が個別にあえて右のような民族語音による方法によって呼称しようとすれば、社会に複数の呼称が生じて、氏名の社会的な側面である個人の識別機能が損なわれかねないから、社会的にある程度氏名の知れた外国人の氏名をテレビ放送などにおいて呼称する場合には、民族語音によらない慣用的な方法が存在し、かつ、右の慣用的な方法が社会一般の認識として是認されたものであるときには、氏名の有する社会的な側面を重視し、我が国における大部分の視聴者の理解を容易にする目的で、右の慣用的な方法によって呼称することは、たとえ当該個人の明示的な意思に反したとしても、違法性のない行為として容認されるものというべきである。


 これを本件についてみるに、原審の確定したところによれば、上告人は、韓国籍を有する外国人であり、その氏名は漢字によって「A」と表記されるが、民族語読みによれば「D」と発音されるところ、被上告人は、昭和五〇年九月一日及び同月二日のテレビ放送のニユース番組において、上告人があらかじめ表明した意思に反して、上告人の氏名を日本語読みによって「E」と呼称したというのであるが、漢字による表記とその発音に関する我が国の歴史的な経緯、右の放送当時における社会的な状況など原審確定の諸事情を総合的に考慮すると、在日韓国人の氏名を民族語読みによらず日本語読みで呼称する慣用的な方法は、右当時においては我が国の社会一般の認識として是認されていたものということができる。そうすると、被上告人が上告人の氏名を慣用的な方法である日本語読みによって呼称した右行為には違法性がなく、民法七〇九条、七二三条に基づく謝罪、謝罪文の放送及び新聞紙上への掲載並びに慰藉料の支払を求める上告人の請求を棄却すべきものとした原審の判断は、その余の判断をするまでもなく、結局において正当であるから、首肯するに足りる。所論中違憲をいう部分は、その実質において不法行為に関する法令の解釈適用の誤りをいうものにすぎず、原審が不法行為の成立を否定した点につき結局において法令の解釈適用の誤りのないことは、右説示のとおりである。論旨は、採用することができない。


 なお、上告人は、謝罪、謝罪文の放送及び新聞紙上への掲載並びに慰藉料の支払を求める請求を除くその余の請求に係る部分については、上告理由を記載した書面を提出しない。


 よって、民訴法四〇一条、三九九条ノ三、三九九条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    長   島       敦
            裁判官    伊   藤   正   己
            裁判官    安   岡   滿   彦
            裁判官    坂   上   壽   夫』