●平成22(ワ)10176 職務発明対価請求事件「圧電振動ジャイロ」

 本日は、『平成22(ワ)10176 職務発明対価請求事件 特許権 民事訴訟「圧電振動ジャイロ」平成24年4月25日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120501133513.pdf)について取り上げます、


 本件は、職務発明対価請求事件で、職務発明の対価請求として200万円強が認められた事案です。


 本件では、相当の対価の算定方法が参考になるかと思います。


 つまり、東京地裁(民事第29部 裁判長裁判官 大須賀滋、裁判官 小川雅敏、裁判官 菊池絵理)は、


『(2)以上に基づいて,まず,相当の対価の算定方法について検討する。


 原告は,本件特許権1の出願日である平成3年1月25日よりも前に,本件各特許権に係る特許を受ける権利を被告に承継させた(当事者間に争いがない。)のであるから,当該承継時において,被告に対する相当の対価の請求権を取得したのであり,相当の対価の額を定めるに当たっては,改正前特許法35条4項が適用される。


 使用者等は職務発明に係る特許権について無償の通常実施権を有するのであるから(特許法35条1項),改正前特許法35条4項に規定する「その発明により使用者等が受けるべき利益」とは,当該発明を実施することにより得るべき利益ではなく,これを超えて発明の実施を排他的に独占することによって得られる利益(独占の利益)をいうと解するのが相当である。


 そうすると,本件のように使用者等が職務発明に係る特許権を自己実施していた場合には,超過売上高(全売上高−通常実施権による売上高)に,第三者に実施許諾した場合の想定実施料率を乗じることによって,独占の利益(超過利益)の額が算出できるから,これから使用者貢献度に相当する額を控除し,発明者間の寄与割合を乗じれば,相当の対価を算定することができる(当該算定方法については当事者間に争いがない。)。


 もっとも,「使用者等が受けるべき利益」は,権利承継時において客観的に見込まれる利益をいい,具体的には,特許権の存続期間の終了までの独占の利益を指すから,当該利益の認定に当たっては,口頭弁論終結時までに生じた使用者等における実際の売上高等の一切の事情を考慮することができるというべきである。


(3)そこで,超過売上高の有無及び割合について検討する。


 ・・・省略・・・


イ以上を前提として,本件ジャイロが本件発明1及び5の実施品であること(前記1(2)ア及びイ)を踏まえ,更に検討する。

 本件発明1は,その効果として,本件特許権1に係る明細書の記載のように圧電セラミック円柱を採用したことによって寸法精度の高い振動子が得られるかは疑問があるものの(実際の工程では圧電セラミックを正四角柱に切り出して円柱に研磨加工をしていた〔乙47,証人F〕。),圧電素子を振動子に貼り付ける方式と比較すると,接着剤が不要で,接着位置や接着層のばらつきなどによる特性のばらつきを回避することができる効果があったと認められ(前提事実(3)イ,上記(1)ウ(ア)),小型化でも有利であったと解される。また,本件発明5は,その効果として,共振周波数の調整を容易にする効果があったと認められ(前提事実(3)イ,上記(1)ウ(オ)),共振周波数の調整工程を簡略化できる効果があったと解される。


 そして,本件ジャイロは,平成13年までは,カーナビその他の用途を含めても数量ベースで16.3〜26.7%の市場占有率があり(前記1(3)ア及びイ),証拠(証人F)によれば,同時期のビデオカメラ用途では,村田製作所に次いで20〜30%程度の市場占有率があったと認められる。その後,本件ジャイロの市場占有率は低下したと推測されるものの,平成17年においても民生用の数量ベースで9.4%の市場占有率を維持していた(前記1(3)ア)のであるから,本件発明1及び5の代替技術の存在が否定できないとしても,本件発明1及び5の実施による超過売上高が存在すると認めるのが相当である。また,本件発明1及び5の技術的範囲及び効果に加え,本件ジャイロの市場占有率を考慮すると,超過売上高の割合は40%と認めるのが相当である(なお,CG組込製品とCG−32Aにつき後記(4)イにおいて,特許登録前につき後記(5)において,更に検討する。)。

ウところで,本件発明3及び4が実施されていないことについては当事者間に争いはなく,本件発明2が実施されたことを認めるに足りる証拠はない。この点について,原告は,本件発明2〜4が円柱型振動ジャイロについて他社の参入を防ぐ効果があり,超過売上高に寄与している旨主張する。しかしながら,上記アのとおり,本件各発明が技術的範囲とする各態様を併せても,圧電セラミックス円柱の振動子を使用する振動ジャイロを事実上独占するものであるとも認められないから,他社の参入を防ぐ効果があったとはいい難いし,具体的に他社の参入を防いだことを認めるに足りる証拠もないから,原告の主張は採用できない。


(4)これに対し,被告は,独占の利益(超過利益)がない旨を主張するので検討する。

ア被告は,?第三者に実施許諾を求められたことがない,?圧電素子の構造ではなくパッケージ全体が評価される,?2社購買という顧客の希望によって村田製作所の約半分程度のシェアを獲得したにすぎない,?本件各発明において意味があるのは実施形態とでもいうべき部分であるが,他の事業者は別の実施形態を選択することが可能である,?本件各特許権の有効期間中に他社が別の技術によって市場に参入している,?被告製品の歩留まりは80%程度に留まっており,トータルの生産性の点で,円柱タイプが優位であるという事実はないとして,本件各特許権によって市場を独占できていないから,無償の通常実施権に基づく実施によるものを超えた利益は存在していない旨主張する。


 しかしながら,超過利益は発明の実施を排他的に独占することによって得られる利益であって,市場の独占がある場合に限って超過利益の存在が認められるわけではないから,市場の独占ができていないからといって,超過利益の存在を否定することはできない。また,上記?については,認めるに足りる証拠はないし,上記?,?,?ないし?の事情を考慮しても,上記(3)イにおいて検討した事情に照らすと,本件において超過利益の存在を否定することは困難である。


 ・・・省略・・・


ウさらに,被告は,被告ジャイロ事業は,ほぼ毎年度赤字続きで,累積では売上高から売上原価を控除した売上総利益でみても赤字となっており,本件各発明を実施したことにより被告が受けた利益は全く認められない旨主張する。


 確かに,甲11,乙23,原告本人尋問の結果によると,被告ジャイロ事業が赤字であったことがうかがえる。しかしながら,改正前特許法35条4項の「使用者等が受けるべき利益」とは,権利承継時において客観的に見込まれる利益をいうのである。被告の提出する損益計算表(乙23)をみても,損失のある年度ばかりではなく,利益の認められる年度も存在する。そのことからは,本件発明1及び5の実施による事業はおよそ利益の上がらない事業ではなく,市場環境,被告の事業方針等によっては利益を生み出すことのできる事業であることが認められる。そして,別紙「CGシリーズ型式別売上金額」のとおり,被告には,本件発明1及び5の実施品の製造・販売により1億円以上の売上が十数年にわたって継続して認められるのである(そのうちの5年は,30億円を超える売上高である。)。そうすると,当該職務発明の実施に係る事業において最終的に損失があったとしても,上記のとおり,超過売上高が存在する本件においては,独占の利益を否定することはできないというべきである。


(5)最後に,特許登録前の独占の利益について検討するに,被告は,登録前に独占の利益は存在しない旨主張し,登録後の2分の1の独占力を認める考えがあり得てもそれは公開後に限られる旨主張する。


 しかしながら,特許登録前であっても,出願公開後は一定の要件を満たせば補償金を請求することができるから(特許法65条),少なくとも出願公開後においては,事実上の独占力があると認められる。もっとも,差止請求権や損害賠償請求権は認められないから,その独占力が登録後と比較して小さいといえるのであって,本件発明1及び5の内容,効果等を考慮すると,その登録前の超過売上高の割合は登録後のものの2分の1と認めるのが相当である(なお,本件特許権1に係る出願公開は平成5年3月30日,本件特許権2に係る出願公開は平成7年1月10日であるから〔甲1及び5の各1〕,本件発明1及び5の実施品の販売はいずれも出願公開以降である〔前記1(2)〕。)。


 この点について,被告は,本件特許権5については,拒絶理由通知書が2回にわたって発送されており,登録の可能性は,一層不確かであったから,他社に対する抑止力も当然低く,その実施料率はさらに半分の4分の1程度である旨主張する。しかしながら,特許権のうち1度も拒絶理由通知を受けないで特許登録に至っているものは少数であることなどを考慮すると,被告の主張は採用できない。


(6)以上のとおり,本件ジャイロ全体の売上高のうち,CG−32Aの売上高を除いて,本件発明1及び5の実施による超過売上高の割合は,特許登録後においては40%,特許登録前においては20%であると認められる。』

 と判示されました。