●平成24(行ケ)10147 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「医薬」

 本日は、『平成24(行ケ)10147 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「医薬」平成24年4月11日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120417155305.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許無効審判の無効審決の取消しを求めた審決取消請求事件等で、その請求が認容された事案です。


 本件では、まず、実施可能要件についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 滝澤孝臣、裁判官 井上泰人、裁判官 荒井章光)は、


『1糖尿病治療薬に関する技術常識について

 本件においては,本件各発明に係る実施可能要件及びサポート要件につき,本件発明7ないし9については,原告から,本件発明1ないし6については,被告からそれぞれ本件審決の判断の誤りが主張されているので,この点に対する判断に先立って,本件優先権主張日及び本件出願日当時の糖尿病治療薬に関する技術常識をみておくこととする。


(1)本件明細書の記載について


 ・・・省略・・・


(2)本件各発明の課題及び技術的思想等について


 ・・・省略・・・


(3)引用例その他の文献の記載について

 次に,本件優先権主張日及び本件出願日当時の当業者の技術常識等を明らかにするため,これらの日より前に刊行された引用例1ないし4その他の文献をみると,これらの文献には,おおむね次の記載がある。


 ・・・省略・・・


(4)小括

 以上の本件明細書及び引用例等の各文献の記載によれば,少なくとも,?非インスリン依存性糖尿病(NIDDM)に対して,従前,主に膵β細胞からのインスリン分泌を促進するSU剤であるグリベンクラミドの投与がされてきており,新たなSU剤としてグリメピリドも存在すること,?インスリン受容体の機能を元に戻して末梢のインスリン抵抗性を改善するインスリン感受性増強剤としてピオグリタゾン(臨床治験中)及びトログリタゾン(近く市販予定)が存在すること,?消化酵素を阻害して食後の血糖上昇を抑制するα−グルコシダーゼ阻害剤としてアカルボース,ボグリボース及びミグリトールが存在し,これらには下痢などの消化器症状という副作用があること,?嫌気性解糖促進作用等を有するビグアナイド剤としてフェンホルミン,メトホルミン及びブホルミンが存在すること,?SU剤,インスリン感受性増強剤,α−グルコシダーゼ阻害剤及びビグアナイド剤は,以上のようにいずれも血糖値の降下に関する作用機序が異なることについては,本件優先権主張日及び本件出願日に先立つ複数の文献におおむね同じ趣旨の記載があることから,いずれもその当時の糖尿病又は糖尿病性合併症の予防・治療薬に関する当業者の技術常識であったと認めることができる。



2取消事由1(本件発明7ないし9に係る実施可能要件及びサポート要件についての判断の誤り)及び3(本件発明1ないし6に係る実施可能要件及びサポート要件についての判断の誤り)について


 以上を踏まえ,本件各発明に係る実施可能要件及びサポート要件の有無について,順次,みていくこととする。


(1)実施可能要件について

ア本件各発明に適用される実施可能要件について

 本件特許は,平成9年12月26日出願に係るものであるから,法36条4項が適用されるところ,同項には,「発明の詳細な説明は,…その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。」と規定している。


 特許制度は,発明を公開する代償として,一定期間発明者に当該発明の実施につき独占的な権利を付与するものであるから,明細書には,当該発明の技術的内容を一般に開示する内容を記載しなければならない。法36条4項が上記のとおり規定する趣旨は,明細書の発明の詳細な説明に,当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の構成等が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになるからであると解される。


 そして,物の発明における発明の実施とは,その物を生産,使用等をすることをいうから(特許法2条3項1号),物の発明については,明細書にその物を製造する方法についての具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその物を製造することができるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。


イ本件各発明に係る実施可能要件の有無について

 これを本件各発明についてみると,本件各発明は,いずれも物の発明であるが,前記1(2)に認定のとおり,糖尿病治療に当たって,薬剤の単独の使用には,十分な効果が得られず,あるいは副作用の発現などの課題があった一方で,インスリン感受性増強剤でありほとんど副作用がないピオグリタゾンを,嫌気性解糖促進作用等を有するビグアナイド剤(フェンホルミン,メトホルミン又はブホルミン)や,あるいは膵β細胞からのインスリン分泌促進作用を有するSU剤であるグリメピリドと組み合わせた医薬については知られていなかったことから,ピオグリタゾンとそれ以外の作用機序を有するビグアナイド剤又はピオグリタゾンとを組み合わせることで,薬物の長期投与においても副作用が少なく,かつ,多くの糖尿病患者に効果的な糖尿病予防・治療薬又は医薬組成物とすることをその技術的思想とするものであるといえる。


 そして,本件各発明が実施可能であるというためには,本件明細書の発明の詳細な説明に本件各発明を構成する各薬剤等を製造する方法についての具体的な記載があるか,あるいはそのような記載がなくても,本件明細書の記載及び本件出願日当時の技術常識に基づき当業者が本件各化合物を製造することができる必要があるというべきであるところ,前記1(1)に記載のとおり,本件明細書には,ピオグリタゾン,ビグアナイド剤及びグリメピリドの製造方法については記載がないものの,前記1(4)に認定のとおり,NIDDMに対する薬剤としてピオグリタゾン,ビグアナイド剤及びグリメピリドが存在し,かつ,ビグアナイド剤にはフェンホルミン,メトホルミン又はブホルミンが存在することは,本件出願日当時の当業者の技術常識であったから,これらの各薬剤や,ピオグリタゾンの薬理学的に許容し得る塩は,いずれもその当時,NIDDMに対する薬剤として既に製造可能となっていたことが明らかである。


 したがって,本件明細書は,本件発明1,2,3及び7について,実施可能要件を満たすものであることが明らかである。


 また,本件明細書は,前記1(1)カに記載のとおり,本件発明1又は7を医薬組成物とする方法や,当該医薬組成物を錠剤とする場合の製造方法についても明記しているから,本件発明4,5,8及び9についても,実施可能要件を満たすものである。


ウ本件審決の判断の当否について

 以上のとおり,本件明細書には,ピオグリタゾン又はその薬理学的に許容し得る塩,ビグアナイド剤(フェンホルミン,メトホルミン又はブホルミン)及びグリメピリドの製造方法の記載がないものの,本件出願日当時の当業者は,当時の技術常識に基づき当該各薬剤を製造することができたものと認められ,本件明細書には,これらからなる医薬組成物や錠剤の製造方法についての記載があるから,本件明細書は,本件各発明のいずれについても実施可能要件を満たすものといえる。


 よって,本件発明7ないし9について本件明細書に実施可能要件の違反がないとした本件審決の判断は,その措辞が必ずしも明快ではないものの,結論に誤りがあるとまではいえず,原告の取消事由1の主張のうち,この点に関する本件審決の判断の誤りをいう部分は理由がない。


 他方,本件審決は,本件発明1ないし6について本件明細書に実施可能要件の違反があると結論付けているが,その理由と目される部分は,専ら後記のサポート要件の適否を説示したものであって,実施可能要件について説示したものとは思われない。


 よって,本件発明1ないし6について本件明細書が法36条4項に違反するとした本件審決の判断は,その理由を形式的にも実質的にも欠くものとして到底是認することができず,被告の取消事由3の主張のうち,この点に関する本件審決の判断の誤りをいう部分は理由がある。』

 と判示されました。