●平成22(ネ)10062 職務発明譲渡対価等請求控訴事件 特許権

 本日は、『平成22(ネ)10062 職務発明譲渡対価等請求控訴事件 特許権 民事訴訟 平成24年3月21日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120410113757.pdf)について取り上げます。


 本件は、職務発明譲渡対価等請求控訴事件で、1審原告の控訴が棄却され、1審被告の控訴が変更された事案です。


 本件では、2争点(1)イ(1審被告が包括クロスライセンス契約において本件各特許により得た利益の額)についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 滝澤孝臣、裁判官 井上泰人、裁判官 荒井章光)は、


『2争点(1)イ(1審被告が包括クロスライセンス契約において本件各特許により得た利益の額)について


(1)改正前特許法35条4項の「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」の意義

使用者等は,職務発明について特許を受ける権利又は特許権を承継することがなくても,当該発明について特許法35条1項が規定する通常実施権を無償で有することに鑑みれば,改正前特許法35条4項にいう「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」とは,使用者等が当該特許発明を実施することによって得られる利益の額ではなく,当該特許発明を独占的に実施することができることによる利益の額(第三者に対する実施許諾をすることによって得ることができる実施料収入等の利益の額を含む。以下同じ。)であると解すべきである。


 そして,その利益の額は,本来,職務発明についての特許を受ける権利の承継時において,当該権利を取得した使用者等が当該発明の実施を独占することによって得られると客観的に見込まれる利益の額をいうと解されるが,特許を受ける権利自体が,将来特許登録されるか否か不確実な権利である上,当該発明により使用者等が将来得ることができる利益をその承継時において算定することは,極めて困難であることに鑑みると,その発明により使用者等が実際に受けた利益の額に基づき,「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」を事後的に算定することも,「利益の額」の合理的な算定方法の1つであり,同項の解釈として許容し得るところというべきである。以上説示したところは,職務発明として,改正前特許法35条3項及び4項が類推適用されるべき外国の特許を受ける権利を使用者等に譲渡した場合の対価請求においても,妥当するものということができる。


イ本件各特許発明は,前記認定のとおり,「エッジ強調型位相シフトマスク」に係る発明であるところ,本件各特許発明それ自体が自社又は他社において商業的に実施されることはなかったことは,当事者間に争いがないから,改正前特許法35条4項の「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」の算定に当たり,そもそもハーフトーン型位相シフトマスクに係る事情を考慮することはできない。しかし,本件において,1審被告が,半導体メーカー各社との間で,本件各特許発明をもラインセンス対象特許に含め,包括クロスライセンス契約を締結していたことは,当事者間に争いがない。


 そして,包括クロスライセンス契約は,当事者双方が多数の特許発明等の実施を相互に許諾し合う契約であるから,当該契約において,一方当事者が自己の保有する特許発明等の実施を相手方に許諾することによって得るべき利益とは,それによって相手方から現実に支払を受ける実施料及び相手方が保有する複数の特許発明等を無償で実施することができることによる利益,すなわち,相手方に本来支払うべきであった実施料の支払義務を免れることによる利益(クロス効果)であると解することができる。


 もっとも,営利企業が包括クロスライセンス契約を締結する場合,相互に支払うべき実施料の総額が均衡すると考えて契約条件を定めたものと解するのが合理的であるから,「相手方に本来支払うべきであった実施料の支払義務を免れることによる利益」に代えて,相手方が自己の特許発明を実施することにより,本来,相手方から支払を受けるべきであった実施料を基準として算定することも合理的である。


ウ弁論の全趣旨によれば,1審被告又はルネサス半導体メーカー各社と締結した包括クロスライセンス契約において,1審被告は自己が保有する約2万件の特許をその対象としていたこと,ルネサスはその保有する約4万件の特許をその対象としていたことが認められる。


 このような包括クロスライセンス契約の締結交渉において,多数の特許の全てについて,逐一,その技術的価値や相手方による実施の有無等を相互に評価し合うことは現実的に不可能であるから,相手方が実施している可能性が高いと推測している特許や技術的意義が高いと認識している基本特許を,提示特許として相互に一定件数の範囲内で相手方に提示し,それらの特許に相手方の製品が抵触するか否か,当該特許の技術的価値の程度及び実施していると認められた製品の売上高等について具体的に協議し,相手方の製品との抵触性及び技術的価値が確認された特定の特許(代表特許)と対象となる製品の売上高を重視した上で,互いに保有する特許の件数,出願中の特許の件数も比較考慮することにより,包括クロスライセンス契約の諸条件が決定されていることが通常であるということができる。


 そうすると,多数の特許が対象となる包括クロスライセンス契約においては,相手方への提示特許等として認められた特許以外の個別の対象特許(以下「非提示対象特許」という。)については,多数の特許のうちの1つとして,その他の多数の特許とともに厳密な検討を経ることなく当該契約の対象とされていたものというべきである。したがって,非提示対象特許については,包括クロスライセンス契約の対象特許である以上,同契約締結に対する何らかの寄与度は認められるものの,それは,提示特許等による寄与度を除いた残余の寄与度にすぎないと解される。そして,提示特許等が包括クロスライセンス契約締結に対する寄与度の相当部分を占めるものと評価すべき場合が多いと考えられること,非提示対象特許の数は極めて多いことが通常であることからすれば,非提示対象特許は,多数の特許群を構成するものとしてその価値を評価すれば足りるものであって,包括クロスライセンス契約に対する特段の寄与度を認めるまでの必要はないものというべきである。


 もっとも,非提示対象特許であっても,包括クロスライセンス契約締結当時において相手方が実施していたこと又は実施せざるを得ないことが認められるような特許については,当該契約締結時にその存在が相手方に認識されていた可能性があり,また,特許権者が包括クロスライセンス契約の締結を通じて禁止権を行使しているものということができることから,提示特許等に準じるものとして,当該契約締結に対する一定の寄与度を認めるべきである。1審被告も,提示特許等とされなかった特許であっても,相手方が実施している蓋然性が高いと後に判断された場合,実施料の配分を行ったと主張するところである。


エ1審被告又はルネサスは,包括クロスライセンス契約に対する本件各特許の寄与を認め,合計約2223万円もの実績報奨金を支払ったものであり,上記実績補償金の金額を算定する際,認定した本件各特許の寄与率又は本件各特許への配分額は,1審被告又はルネサスが,1審原告と1審被告との間で職務発明に係る相当の対価請求について争いが生じる以前に,他の配分の対象となった特許の内容,交渉の経過等を総合的に考慮して算定したものであると推測される。


 もっとも,包括クロスライセンス契約の対象に含まれる全2万件又は4万件にも及ぶ特許に対して実績報奨金の支払を決定する際,対象とされた各特許発明のそれぞれについて,商業的に実施されている技術や他社製品に採用されている技術との関係や公知例との関係等を厳密かつ客観的に検証することは,時間,手間及びコストのいずれの観点からも非現実的であり,この厳密な検証を行うこと自体,営利企業においては合理的であるとも認めることはできない。そのため,従業員等に対する報奨金の算定に当たり,全従業員等に対する報奨金の総額において合理的範囲内に収まる限りにおいて,厳密な検証を行うことなく,相当の対価の額が算定されていたとしても,不自然とまで,いうことができない。その結果として,使用者等が算定した報奨金の額が,厳密な検証を行った上で算定した額と異なった場合には,その不均衡の是正を求めることが可能であり,報奨金の額が改正前特許法35条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,従業者等は,同条3項の規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求めることができるものとされるところである最高裁平成13年(受)第1256号同15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁参照)。


 もちろん,実際上,従業者等に対して,本来支払うべき額を超えて相当の対価が支払われることも生じ得る。


 この点について,1審原告は,1審被告がライセンス交渉の材料として日本967号特許を有効に活用しなかったにもかかわらず,正当な理由もなく,同特許について,平均分配率をはるかに超える高率の分配率を付与し,その対価を1審原告に支払ったのであれば,1審被告の関係取締役及び関係幹部社員は,忠実義務違反又は善管注意義務違反の責任を問われかねないものであるなどとも主張するが,使用者等が,本来支払うべき額を超えて対価を支払った場合に,1審原告の主張する責任を追及される余地があるとしても,厳密な検討に要する費用の節約や発明の奨励等の目的のために,不当利得返還請求などを差し控えることは考えられないわけではないから,1審原告に対し,その返還を求めることがなかったからといって,1審原告に支払った対価の額が相当であったということはできない。

 以上,要するに,1審被告又はルネサスによる,本件各特許に実施料を配分すべき包括クロスライセンス契約の選択や寄与率に関する認定については,本件における主張立証の内容をふまえ,その認定に明らかな誤りがないか否か,明らかに不公正又は偏った認定となっていないか否か等の観点に基づいて,再検討を要するというべきである。


 そこで,以下,上記観点をふまえて検討する。』

 と判示されました。


 なお、本件中で引用している最高再事件は、●『平成13(受)1256 補償金請求事件 特許権 民事訴訟職務発明事件」平成15年04月22日 最高裁判所第三小法廷』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120712615686.pdf)です。