●平成22(ワ)30777 特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟

 本日は、『平成22(ワ)30777 特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟「病原性プリオン蛋白質の検出方法」平成24年03月29日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120404161250.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許権侵害差止等請求事件で、特許法104条の3第1項の規定により、本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認められ、その請求が棄却された事案です。


 本件では、第2次訂正発明が特許法36条6項1号のサポート要件を満たしてるか否かについての判断が参考になるかと思います。


 つまり、東京地裁(民事第46部 裁判長裁判官 大鷹一郎、裁判官 上田真史、裁判官石 神有吾)は、


『ア構成要件Cに係る訂正についての訂正要件の充足性

(ア)第2次訂正は,本件発明の構成要件Cを,「前記可溶化された非特異的物質をコラーゲン分解酵素及びDNA分解酵素を用いることなくプロテイナーゼKを用いて分解処理することと」(第2次訂正発明の構成要件C'')と訂正するものである。


 そして,前記1(1)イの認定事実によれば,乙7記載の方法における可溶化された非特異的物質の分解処理は,「collagenase処理」及び「proteinaseK」処理によって行われ,これは,コラーゲン分解酵素及びプロテイナーゼKを用いた分解処理を意味するものであるから,第2次訂正後の本件発明(第2次訂正発明)と乙7に記載された発明との間には,可溶化された非特異的物質の分解処理について,第2次訂正発明は,コラーゲン分解酵素及びDNA分解酵素を用いることなく,プロテイナーゼKを用いるのに対し,乙7に記載された発明は,プロテイナーゼKと共にコラーゲン分解酵素を用いる点で相違するものといえる。


(イ)この点に関し,被告は,本件明細書の実施例では,非特異的物質の分解処理工程において,プロテイナーゼK,コラーゲン分解酵素及びDNA分解酵素が用いられており,本件明細書には,プロテイナーゼKのみで分解処理工程を行った実施例は含まれておらず,プロテイナーゼKを用いる場合に,コラーゲン分解酵素及びDNA分解酵素を省略することができることの記載も示唆もなく,第2次訂正発明の構成要件C''(上記相違点に係る第2次訂正発明の構成)は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載によってサポートされていないから,第2次訂正発明には,サポート要件違反の無効理由があり,第2次訂正は,独立特許要件を欠き,訂正要件(特許法126条5項)を充足しない旨主張する。


 平成14年法律第24号による改正前の特許法36条6項1号は,特許請求の範囲の記載は,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであることに適合するものでなければならない旨規定している。


 ところで,同条項に定める要件(サポート要件)の適合性の有無は,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載されていることを前提とした上で,発明の詳細な説明の記載及び特許出願時の技術常識に照らし,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かによって判断すべきである。


 そこで検討するに,本件明細書の記載事項(前記2(1)ア)を総合すると,本件明細書には,?本件発明は,動物組織由来物質から,比較的低濃度でも迅速かつ簡便に,高感度で組織特異的に病原性プリオン蛋白質を検出できる病原性プリオン蛋白質の検出方法及びその検出方法の実施の際の試料となる病原性プリオン蛋白質由来蛋白質の濃縮方法を提供することを課題とし,その課題を解決する手段として,本件発明の特許請求の範囲(請求項1)記載の各構成を採用したこと,?本件発明の効果として,病原性プリオン蛋白質由来蛋白質の濃縮工程において,特に,中枢神経組織に適した界面活性剤を用いて非特異的物質を可溶化し,可溶化された非特異的物質をプロテアーゼを用いて分解処理しているので,中枢神経組織に蓄積される病原性プリオン蛋白質の蓄積濃度が比較的小さくても,病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を十分に濃縮させることができ,さらに,濃縮された病原性プリオン蛋白質酵素免疫吸着測定法に基づいて検出することにより,病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を特異的に,かつ強固に結合(固定化)させることができ,迅速かつ簡便に,そして高感度でこれを検出することができることが開示されている。


 そして,第2次訂正による本件発明の訂正内容及び第2次訂正発明の特許請求の範囲の記載に照らすならば,第2次訂正発明の課題及び効果は,本件発明の上記課題及び効果と同旨のものであることが認められる。


 しかるところ,本件明細書の発明の詳細な説明には,前記2(1)アのとおり,非特異的物質の分解処理工程において,プロテアーゼとして「プロテイナーゼK」を用いた実施例(「方法3」ないし「方法5」)においては,プロテイナーゼKと共に,コラーゲン分解酵素である「コラゲナーゼ」及びDNA分解酵素である「DNアーゼ」が用いられており,これらのコラーゲン分解酵素及びDNA分解酵素を用いることなく,プロテイナーゼKのみを用いて分解処理を行った実施例の記載はない。


 また,本件明細書には,非特異的物質の分解処理工程に関し,「次に,前記第2の工程として,前記第1の工程で得られた均一化物を微生物プロテアーゼを含む分解酵素を用いて分解処理する分解処理工程を有しているので,前記均一化物中の病原性プリオン蛋白質を含む物質(特に,染色体やDNAなど)を十分に分解,消化させて,目的物である病原性プリオン蛋白質を十分に取り出すことができる。」(段落【0047】),「ここで,前記分解酵素としてコラーゲン分解酵素(コラゲナーゼ:Collagenase)及びDNA分解酵素(DNアーゼ:DNase)を用いて前記均一化物を分解し,さらに蛋白質分解酵素(プロテイナーゼ:Proteinase又はプロテアーゼ:Protease)を用いて分解することが望ましい。」(段落【0049】),「また,プロテアーゼを含む分解酵素を用いて分解処理するので,前記均一化物中の病原性プリオン蛋白質を含む物質(特に,染色体)を十分に分解,消化させて,目的物である病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を十分に取り出すことができる。」(段落【0077】),「前記分解酵素として,コラーゲン分解酵素及びDNA分解酵素を用いて前記均一化物を分解し,さらに微生物プロテアーゼを含む蛋白質分解酵素を用いて分解することが望ましい。」(段落【0078】)との記載がある。これらの記載は,「プロテアーゼを含む分解酵素」を用いることにより,目的物である病原性プリオン蛋白質を十分に取り出すことができること,「プロテアーゼを含む分解酵素」におけるプロテアーゼ以外の分解酵素の組合せとしてコラゲナーゼ及びDNアーゼを用いることが望ましいことを開示するものといえる。


 一方で,本件明細書の発明の詳細な説明には,プロテイナーゼKを用いる場合に,コラーゲン分解酵素及びDNA分解酵素を用いることを省略することができることについての記載も示唆もない。かえって,本件明細書には,プロテアーゼとして,「ブロメリン」を用いた場合に関し,「なお,ブロメリンを用いる場合,作用温度45〜80℃,作用時間1〜10時間程度が望ましい。ブロメリンを用いる結果,使用する酵素の種類が1種類となり,また操作が簡便(操作時間の短縮や経費圧縮)になる。なお,測定結果は,3種類の酵素(コラゲナーゼ,DNアナーゼ,プロテイナーゼ)を用いた場合と感度においても遜色のない(同程度)結果であった。」(段落【0107】)との記載がある。上記記載は,プロテアーゼとして,「ブロメリン」を用いる場合には,「コラゲナーゼ」及び「DNアナーゼ」を用いなくても,所望の検出感度を得ることができるが,「プロテイナーゼK」を用いて所望の検出感度を得るには,「プロテイナーゼK」,「コラゲナーゼ」及び「DNアナーゼ」の3種類の酵素を用いることが必要であることを示唆するものといえる。


 さらに,本件原々出願当時,可溶化された非特異的物質の分解処理工程において,「プロテイナーゼK」のみを用いることによって,中枢神経組織に蓄積される病原性プリオン蛋白質の蓄積濃度が比較的小さくても,病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を十分に濃縮させる効果を奏することが技術常識であったことを認めるに足りる証拠はない。


 以上を総合すると,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件原々出願当時の技術常識に照らし,第2次訂正発明の構成要件C''の「前記可溶化された非特異的物質をコラーゲン分解酵素及びDNA分解酵素を用いることなくプロテイナーゼKを用いて分解処理する」構成を採用した場合に,中枢神経組織に蓄積される病原性プリオン蛋白質の蓄積濃度が比較的小さくても,病原性プリオン蛋白質由来蛋白質を十分に濃縮させる効果を奏し,高感度で組織特異的に病原性プリオン蛋白質を検出できるとする本件発明の課題を解決できることを認識できるものと認めることはできない。


 したがって,第2次訂正発明は,サポート要件に適合しないというべきであるから,第2次訂正発明には,サポート要件違反の無効理由があるものと認められる。


イ小括

 そうすると,第2次訂正は,独立特許要件を欠くものであって,訂正要件を充足しないというべきである。


(2)以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の第2次訂正による対抗主張は,理由がない。』


 と判示されました。