●平成22(行ケ)10367 審決取消請求事件 特許権「副甲状腺ホルモン

 本日は、『平成22(行ケ)10367 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟副甲状腺ホルモンの類似体」平成23年12月26日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120119164937.pdf)について取り上げます。


 本件は、拒絶審決の取消を求めた審決取消請求事件で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、特許法29条2項の進歩性についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 八木貴美子、裁判官 知野明)は、


『当裁判所は,本件ペプチドは,当業者が,容易に製造,作製することができるものであって,また,本件当初明細書には,本件発明につき当業者が予測することができない効果が記載されているとは認められないことから,当業者は,引用発明を基礎として,何らの困難を伴うことなく,本件発明に至ることができるものと判断する。その理由は,以下のとおりである。


1はじめに

 本件発明は,その特許請求の範囲を「式:[Glu22,25,Leu23,28,31Aib29,Lys26,30]hPTHrP(1−34)NH2のペプチド。」とするものである。


 発明が,特許法29条2項に違反しないと判断されるためには,その前提として,常に,当該発明の効果が,当初明細書の「特許請求の範囲」又は「発明の詳細な説明」に記載又は示唆されていることが求められるものではない。


 しかし,先願主義の下,発明を公開した代償として,発明の実施についての独占権を付与することによって,発明に対するインセンティブを高め,産業の発展を促進することを目的とする特許制度の趣旨に照らすならば,当該発明による格別の効果が,当初明細書に記載又は示唆されているか否かは,発明の容易想到性の判断を左右するに当たって,重要な判断要素になることはいうまでもない。


 特に,本件のような,アミノ酸配列を規定したペプチドに係る発明については,?特定のアミノ酸配列が,ペプチドにおける既知のアミノ酸配列を変化させて,ペプチドの物性を改良することは,全ての当業者が試みるものと解されること,?アミノ酸の数が少ないペプチドについて,当該発明の効果を切り離して,単に製造をするだけであれば,さほど技術的な困難を伴わないと解されること等の諸事情を勘案すると,容易想到性の有無を判断するに当たり,当該発明の効果は,重要な技術的意味を有する考慮要素とされるべきである。


 もっとも,当該発明の効果は,常に,当初明細書に記載されていることを要するものではなく,当初明細書に記載されなかった効果について,追加記載ないし事実主張や立証の補充が,全て排斥されるとまではいえない。しかし,前記特許制度の趣旨に照らすならば,本件のようなアミノ酸配列を規定したペプチドに係る発明については,当初明細書に記載されなかった効果についての追加記載及び事実主張や立証の補充が許容される場合は,限定される場合が多いものと解するのが相当である。


 以上の点を踏まえて,本件発明の容易想到性の有無を判断する。


2本件ペプチドの構成に関する容易想到性の判断の誤り(取消事由1)及び容易想到性の判断の前提としての本件ペプチドの効果に関する認定の誤り(取消事由2)について


 取消事由1及び2は,互いに重複する内容を含む主張であるから,併せて判断する。


 ・・・省略・・・



イ効果に関する記載の位置づけについて

 本件当初明細書の特許請求の範囲においては,発明に係るPTH改変体及びPTHrP改変体が,いわゆるマーカッシュ形式の化学構造式で記載されており(請求項1及び21は,別紙3記載のとおり),本件ペプチドは,請求項21の化学構造式で記載されたPTHrP改変体のうちの1個にすぎない。


 また,引用文献及び上記刊行物の記載によると,本願優先日当時,PTHやPTHrPの改変体について,置換する部位や置換に使用するアミノ酸により,活性に差異があり,改変後のペプチドの構成からその効果を予測することは困難であったといえること,本件ペプチドのように,34個のアミノ酸残基のうち8か所(全体の約4分の1)のアミノ酸残基が置換されたような場合,当業者において,事後に効果確認のための試験等をすることなく,特定の効果を認識ないし予測することは困難であったといえる。


(4)小括

 以上の事実を前提とすると,本件発明は,容易に想到し得た発明であったと判断すべきである。すなわち,

ア別紙1記載のとおり,ヒトのPTH(1−34)NH2とPTHrP(1−34)NH2とでは,1,5,8,10,11,14ないし19,21ないし23,25ないし31,33及び34位の合計23か所(本件23か所)においてアミノ酸残基が異なっている。このように,PTHとPTHrPは,アミノ酸配列が大きく異なるにもかかわらず,同様の生物学的特徴を示すことから,PTH又はPTHrPのアナログの構造活性相関や生体内動態を検証するための実験系において,PTHとPTHrPとを同等に取り扱うことは,本願優先日当時,当業者にとって周知の事項であったといえる。


また,前記のとおり,PTH又はPTHrPの改変体については,様々な部位で様々なアミノ酸残基への置換が行われていたが,置換する部位や置換に使用するアミノ酸によって,その改変体が示す活性に差異が生じており,その効果を予測することは困難であったこと,特に,本件ペプチドではヒトPTHrP(1−34)NH2のうち8か所においてアミノ酸残基の置換が行われており,その効果を予測することは極めて困難であったことからすると,PTHrP改変体をPTH改変体と同じように使用することができると考えられるとしても,本件当初明細書における上記記載内容のみでは,当業者において,本件当初明細書に本件ペプチドの効果について実質的に開示がされていたとはいえず,また,本件当初明細書に当時の技術常識から当業者が本件発明の効果を認識できる程度の記載があったとも認められない。


ウ「第4,1はじめに」において言及したとおり,本件のような,アミノ酸配列を規定したペプチドに係る発明については,?ペプチドにおける既知のアミノ酸配列を変化させて,ペプチドの物性を改良することは,全ての当業者が試みるものであり,かつ,?アミノ酸の数が少ないペプチドについて,当該発明の効果を切り離して,単に製造をするだけであれば,さほど技術的な困難を伴わないと解されること等に照らすならば,本件ペプチドは,当業者において,引用発明に基づいて,容易に,その構成に至ることができたものというべきであり,本件発明には,当業者が予測できない効果が存在すると認めることもできないことから,本件発明は,当業者が,引用発明に基づき,容易に想到し得た発明といえる。』

 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。