●平成22(行ケ)10402 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟(3)

 本日も、『平成22(行ケ)10402 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「抗菌,抗ウィルス,及び抗真菌組成物,及びその製造方法」平成23年12月26日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120104101453.pdf)について取り上げます。


 本件では、取消事由5(独立特許要件〔サポート要件〕の判断の誤り)についての判断も参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第1部 裁判長裁判官 中野哲弘、裁判官 東海林保、裁判官 矢口俊哉)は、


『ウ 取消事由5(独立特許要件〔サポート要件〕の判断の誤り)について

(ア) 前記2(1) イで述べたとおり,本願補正発明は,前記第3,1(2) ウに示した請求項1の記載によって特定される組成物が,バクテリア,ウイルス及び真菌類を破壊,殺菌するという課題を解決し得たとされるものである。


 そして,本願補正発明に適用される本願当初明細書及び図面(甲1)には,成分(A)として塩化第一銅を,成分(B)として過酸化水素補酵素NADPH及びアズレンキノン派生物を,(C)として塩化ナトリウム,重炭酸ナトリウム,リン酸水素カリウム,リン酸二水素カリウム,硫酸カルシウム及び塩化マグネシウムを含有する水溶液が記載されており(実施例1,段落【0011】),また,上記水溶液と脂肪酸を混合した場合に,上記脂肪酸の97%が30分以内に破壊され(実験例1,図2,段落【0015】),上記水溶液とDNAを混合した場合にDNAの99%が破壊される(実験例2,図4,段落【0016】)ことが記載されている。


 しかし,本願の当初明細書には,「抗菌,抗ウィルス,及び抗真菌組成物に用いられる(A)は,触媒機能を有する金属イオン化合物で,一般式は,M+aX−bで,Mは,ニッケル(Ni),コバルト(Co),・・・クロム(Cr),・・・鉄(Fe),銅(Cu),チタン(Ti),・・・白金(Pt),バラジウム(Pd),…からなる群から選択された金属元素・・・である・・・」(段落【0005】)と記載されているものの,M+aX−bで表される成分(A)のMとして「銅」以外の金属を使用する組成物については,発明の詳細な説明に具体的データの記載がなく,また,本願の組成物が脂肪酸やDNAを分解するメカニズムを説明する記載もなく,脂肪酸やDNAの分解において組成物中の各成分が果たす役割を実証する記載もない。


 他方,本件補正後の請求項1の記載によって特定される3つの成分を組み合わせることにより,脂肪酸やDNAが分解でき,その結果,バクテリア,ウイルス及び真菌類を破壊,殺菌できることについて,具体例をもって示さなくとも当業者が理解できると認めるに足りる技術常識はない。


 そうすると,本願の組成物の成分(A)のMとして「銅」以外の金属を使用するものが,脂肪酸やDNAを分解でき,バクテリア等を破壊,殺菌するという課題を解決できるということはできないので,本願における発明の詳細な説明は,本件補正の請求項1の記載によって特定される成分(A)のMの全ての範囲において所期の効果が得られると当業者において認識できる程度に記載されているということができない。


 したがって,本件補正後の請求項1(本願補正発明)の記載は,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものである」(サポート要件充足)ということはできない。


(イ) この点に関し原告は,「ニッケル,コバルト,クロム,鉄,銅,チタン,白金及びパラジウム」はいずれも,何らかの触媒機能を有する物質として周知であり,これらの触媒機能を有する金属イオン化合物であれば,程度の差はあれ,細菌,ウイルス,真菌の細胞膜に対して化学吸着し,水素添加,脱水素,酸化,還元等の化学的挙動が極めて高い蓋然性をもって推定できる旨主張する。


 しかし,本願の当初明細書等を検討しても,一般式M+aX−bで示される物質中の金属Mが,細菌,ウイルス,真菌の細胞膜に対して化学吸着し,その結果,細菌,ウイルス,真菌を死滅させると理解できる記載はないし,一般式M+aX−bで示される物質中の金属Mが,細菌等の細胞膜に対して化学吸着すること,その結果,細菌等を死滅させることが,当業者における技術常識であったということもできない。


 したがって,原告の上記主張は採用することができない。


(ウ) また,原告は,甲11の1文献には本願補正発明で使用される金属(Ni,Cr,Ti等)はH2O2及びO2をそれぞれOH・(ヒドロキシルラジカル)及びO2・−(スーパーオキシドアニオンラジカル)に変換でき,また,これらOH・及びO2・−が,抗ウィルス,抗菌効果を有する旨が記載されているので,金属イオン化合物による抗菌,抗ウィルス及び抗真菌の効果が説明できると主張する。


 しかし,甲11の1文献には,「鉄および銅を除く幾つかの遷移金属イオンはH2O2と反応して,OH・を形成する(・・・)。これらの金属イオンには,Cr(?),Cr2+,チタン(?),ある種のNi2+キレート,及び,恐らくはCo2+があるが,Mn2+は除かれる。」(591頁26〜30行。訳文は甲11の8による。)と記載されており,本願の当初明細書において,実施例に使用された金属である「銅」と,「ニッケル」,「コバルト」,「クロム」,「チタン」とでは,過酸化水素との反応性が異なると理解できる。そうすると,明細書に記載された金属として「銅」を使用し,これと過酸化水素水を混合して組成物を製造する実施例を,金属として「ニッケル」,「コバルト」,「クロム」,「チタン」を使用する場合にも適用できるとする理由はないから,原告の上記主張は採用することができない。


(エ) さらに,原告は,「銅」以外の各種金属イオン,すなわち,「ニッケル」,「コバルト」,「クロム」,「鉄」,「チタン」,「白金」及び「パラジウム」などの金属イオン化合物が触媒機能を発揮することを立証するため,「銅」以外の各種金属イオンを含有する抗菌,抗ウィルス,及び抗真菌組成物を本願明細書の実施例1と同じ手順で調製し,実験例1及び2で述べた手法で検証したところ,金属イオン化合物が本願補正発明において触媒機能を発揮し,これらの化合物を使用して組成物を調製した場合においても所望の抗菌,抗ウィルス及び抗真菌作用を奏することが示されたと主張する。


 しかし,明細書等に記載されていなかった事項について,出願後に補充した実験結果等を参酌することは,特段の事情がない限り,許されないというべきところ,原告が主張する上記実験結果は本願の当初明細書に記載されておらず,それがいつ,どこで行われた実験であるか明らかでないばかりか,同主張が平成23年8月26日付け「技術説明書」と題する書面により初めて主張されていることからすれば,上記実験は本件訴訟提起後に行われたと推認されるし,本願の当初明細書又は出願時の技術常識から上記実験の結果が示唆ないし推認されるような特段の事情も認められないから,そもそも上記実験結果を参酌することはできないというべきである。


 したがって,原告の上記主張は採用することができない。』

 と判示されました。