●平成23(行ケ)10139審決取消請求事件 特許権「紙容器用積層包材」

 本日は、『平成23(行ケ)10139 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「紙容器用積層包材」平成23年12月8日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111215120627.pdf)について取り上げます。


 本件は、拒絶審決の取消を求めた審決取消請求事件で、その請求が認容された事案です。


 本件では、取消事由1(新規事項の追加禁止要件に係る判断の誤り)についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 滝澤孝臣、裁判官 井上泰人、裁判官 荒井章光)は、


『1 取消事由1(新規事項の追加禁止要件に係る判断の誤り)について

(1) 本件補正について

 特許法17条の2第3項は,「第1項の規定により明細書,特許請求の範囲又は図面について補正するときは,誤訳訂正書を提出してする場合を除き,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内においてしなければならない。」と規定しているところ,ここでいう「明細書又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。


 そして,本願発明1に対する本件補正は,その特許請求の範囲の記載について,?本願発明1ないし4の紙容器包材及び本願発明5及び6の紙包装容器がいずれも「液体食品用」である点を特定し,?本願発明の最内熱可塑性材料層等の樹脂層を構成する狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレンが「メタロセン触媒で重合して得られた」ものである点を特定し,?本願発明の最内熱可塑性材料層等の樹脂層の構成について「線形低密度ポリエチレンを少なくとも含有」するとの点を,「線形低密度ポリエチレン55〜75重量%とマルチサイト触媒で重合して得られた低密度ポリエチレン45〜25重量%とのブレンドポリマー」であると特定し,?本願発明1及び5の最内熱可塑性材料層の層厚が「20〜50μm」であるとの点を,「20〜30μm」であると特定し,?本願発明6の内側熱可塑性材料層の層厚を35μmと特定したものである。


 本件審決は,スウェリング率等の特性パラメータを持つ上に,更に,15ないし17のメルトフローインデックスの特性パラメータを持つ樹脂層を有する液体食品用紙容器用包材に係る本件補正発明1ないし4が,当初明細書に記載されていたとする理由が見当たらない旨を説示して,本件補正が当初明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえないと判断している。


 したがって,本件補正の適否は,上記の特定のうち?及び?が,当初明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるか否かにより判断されることになる。


(2) 当初明細書の記載について

 そこで,当初明細書をみると,そこにはおおむね次のとおりの記載がある。


 ・・・省略・・・


(3) 本件補正と当初明細書の記載との関係について

ア まず,本件補正が,本願発明の最内熱可塑性材料層等の樹脂層を構成する狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレンを「メタロセン触媒で重合して得られた」ものと特定した点(前記(1)?)についてみると,当初明細書には,前記(2)オに認定のとおり,「最内熱可塑性材料層」として「メタロセン触媒を用いて重合した狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレン(mLLPDE)を少なくとも含有するブレンドポリマーがある。このmLLPDEとしては,…メタロセン触媒を使用して重合してなるエチレン−α・オレフィン共重合体を使用することができる。」旨の記載があるほか,前記(2)キに認定のとおり,「最内熱可塑性材料層」として「上述のように,メタロセン触媒を用いて重合したエチレン−α・オレフィン共重合体がある。この発明に好ましい態様においては,メタロセン触媒を用いて重合したエチレン−αオレフィン共重合体と,マルチサイト触媒を用いて重合した低密度ポリエチレンとから成るものを用いることができる。」旨の記載がある。


 そして,本願発明1は,狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレンで最内熱可塑性材料層を構成しているから,上記記載は,本願発明1の最内熱可塑性材料層を構成する狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレンを,「メタロセン触媒で重合して得られた」ものとすることができることを明らかにしているといえる。


イ 次に,本件補正が,本願発明の最内熱可塑性材料層等の樹脂層の構成を前記線形低密度ポリエチレン及びマルチサイト触媒で重合して得られた低密度ポリエチレンとの特定の配合割合によるブレンドポリマーである(前記(1)?)と特定した点についてみると,当初明細書には,「最内熱可塑性材料層」について,前記(2)オに認定のとおり,上記線形低密度ポリエチレンを少なくとも含有するブレンドポリマーである旨の記載があり,前記(2)カに認定のとおり,上記線形低密度ポリエチレン及び上記低密度ポリエチレンによるブレンドポリマーについての記載があるほか,前記(2)キに認定のとおり,「最内熱可塑性材料層」における両者の配合割合についての記載がある。そして,本願発明1は,狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレンで最内熱可塑性材料層を構成しているから,上記記載は,本願発明1の最内熱可塑性材料層を,狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレン及びマルチサイト触媒で重合して得られた低密度ポリエチレンとの特定の配合割合によるブレンドポリマーで構成することができることを明らかにしているといえる。


ウ さらに,本願発明2ないし4も,ある樹脂層が「狭い分子量分布を有する線形密度ポリエチレンを少なくとも含有する」との構成を備えている点で本願発明1と共通しており,これらの樹脂層が,本願発明1の「最内熱可塑性材料層」とは異なる製造方法によるべき理由は見当たらないばかりか,当初明細書は,前記(2)カに認定のとおり,メタロセン触媒を用いて重合した狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレン(mLLPDE)と低密度ポリエチレン(LDPE)等とからなるブレンドポリマーについて記載しているが,その対象を,当初明細書で特性パラメータを示した発明(本願発明1ないし6を含む。前記(2)エ参照)であると記載しており,かつ,前記(2)クに認定のとおり,押し出しラミネートする際の接着性樹脂層を構成する押出し樹脂の材料として,本願発明1ないし6において「狭い分子量分布を有する線形密度ポリエチレンを少なくとも含有する」とされる各樹脂層を構成する材料を単純に列記しているから,これらの樹脂層の構成には相違がないことが窺える。


 以上によれば,当初明細書の前記(2)オ及びキに認定の部分に記載された,本願発明1の最内熱可塑性材料層に狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレンをメタロセン触媒を用いて重合するとの技術的事項(前記(1)?)及び当初明細書の前記(2)オないしキに認定の部分に記載された,本願発明1及び5の最内熱可塑性材料層を前記線形低密度ポリエチレン及びマルチサイト触媒で重合して得られた低密度ポリエチレンとの特定の配合割合によるブレンドポリマーであるとする技術的事項(前記(1)?)は,いずれも,同じく狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレンからなる樹脂層を有する本願発明2ないし4についても妥当するものと解するのが相当である。


 このように,当初明細書の上記記載部分は,本願発明1の最内熱可塑性材料層を例示しているものの,当初明細書の全ての記載を総合するとき,本願発明2ないし4において狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレンからなる各樹脂層についても,「メタロセン触媒で重合して得られた」ものであるとの技術的事項(前記(1)?)及び上記線形低密度ポリエチレン及びマルチサイト触媒で重合して得られた低密度ポリエチレンとの特定の配合割合によるブレンドポリマーであるとする技術的事項(前記(1)?)を,いずれも容易に導くことができるものというべきである。


エ したがって,本願発明1ないし4の最内熱可塑性材料層等の樹脂層を構成する狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレンをその製造方法により特定し(前記(1)?),かつ,本願発明1ないし4の最内熱可塑性材料層等の樹脂層の構成を上記線形低密度ポリエチレン及びマルチサイト触媒で重合して得られた低密度ポリエチレンとの特定の配合割合によるブレンドポリマーであると特定した(前記(1)?)本件補正は,いずれの点においても,当初明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものとはいえない。


(4) 被告の主張について

ア 以上に対して,被告は,「15〜17のメルトフローインデックス」との発明特定事項が,本件補正前には,最内熱可塑性材料層が「狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレンを少なくとも含有し」ているものを対象としていたのに対し,本件補正後には,最内熱可塑性材料層が「メタロセン触媒で重合して得られた狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレン55〜75重量%とマルチサイト触媒で重合して得られた低密度ポリエチレン45〜25重量%とのブレンドポリマーからな」るものを対象としているから,本件補正前後で実質的に変更されている旨を主張する。


 しかしながら,メルトフローインデックスとは,樹脂材料の熱溶融時の流動性に関する指標である(乙1)が,「15〜17のメルトフローインデックス」を有する樹脂材料は,例えば本願発明1においては,「狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレンを少なくとも含有」する「最内熱可塑性材料層」であったところ,本件補正は,上記「最内熱可塑性材料層」について,特定の配合割合からなる「メタロセン触媒で重合して得られた」線形低密度ポリエチレン及び「マルチサイト触媒で重合して得られた低密度ポリエチレン」とのブレンドポリマーである旨を特定したものであって,かつ,本件補正は,前記(3)ウ及びエに認定のとおり,当初明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものである。したがって,「15〜17のメルトフローインデックス」を有するとされる樹脂材料は,本件補正によって,より詳細に特定されたということはできるものの,本件補正の前後で実質的に変更されているものではない。


 なお,被告の上記主張は,本件補正により特定された「15〜17のメルトフローインデックス」を有する樹脂材料に関する当初明細書の記載部分(前記(2)オないしキ)が,当初明細書の本願発明6に関する記載部分の後に引き続いて記載されていることから,当該樹脂材料に関する記載部分が本願発明6のみに関する記載であるとの解釈に立脚するものであると推察されなくもない。しかしながら,当初明細書の前記(2)オに認定の記載部分は,本願発明6の特許請求の範囲の記載で用いられている「内側熱可塑性材料層」ではなく,本願発明1及び5の発明特定事項である「最内熱可塑性材料層」について記載しているから,本願発明6のみに関する記載ではないことが明らかである。


 よって,被告の上記主張は,採用できない。


また,被告は,当初明細書には本件補正発明1が「15〜17のメルトフローインデックス」を有する旨が記載されていない旨を主張する。


 しかしながら,当初明細書には,前記(2)エに認定のとおり,本願発明1ないし4及び本件補正発明1ないし4の最内熱可塑性材料層等の樹脂層が「5〜20のメルトフローインデックス」を有する旨の記載がある。そして,メルトフローインデックスとは,前記のとおり,樹脂材料の熱溶融時の流動性に関する指標であるところ,本願発明1及び本件補正発明1の特許請求の範囲の記載にある「15〜17のメルトフローインデックス」は,当初明細書の上記記載をより限定するものであり,当初明細書の記載を総合しても,この限定によって何らかの新たな技術的事項を導入するものとは認められないから,メルトフローインデックスを上記のように限定する補正は,明細書の範囲内においてされたものであって,当初明細書には,本件補正発明1ないし4の有するメルトフローインデックスについての記載があるとみて差し支えない。


 よって,被告の上記主張は,採用できない。


(5) 小括

 以上のとおり,本願発明に対する本件補正は,当初明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるといえるから,特許法17条の2第3項所定の「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。

 よって,本件審決は,この点の判断を誤るものというほかない。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。