●平成23(行ケ)10032 審決取消請求事件 特許権「送受信線切替器」

 本日は、『平成23(行ケ)10032 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「送受信線切替器」平成23年11月29日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111130152921.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許無効審判の棄却審決に対する審決取消請求事件であって、その請求が棄却された事案です。


 本件では、取消事由1(本件発明と甲1発明の相違点に係る構成の容易想到性の判断の誤り)についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第2部 裁判長裁判官 塩月秀平、裁判官 古谷健二郎、裁判官 田邉実)は、


『1 取消事由1(本件発明と甲1発明の相違点に係る構成の容易想到性の判断の誤り)について


(1) 特開昭62−299138号公報(甲1)は,データインターフェース装置(DIU)とこれに接続される装置との電気的接続条件の選択方式に関する発明に係る公報であるところ(1頁右下欄下から2行〜2頁左上欄上から1行),これには,電気的接続条件の異なるデータ端末装置(DTE)及びデータ回線終端装置(DCE)とRS−232Cケーブルによる接続に対応するために,接続相手のタイプに応じて半導体スイッチにより信号線を切り替えること(2頁右上欄1行〜左下欄13行),より具体的には,DIUのレシーバ27(受信器)の入力電圧を監視し,これが所定の範囲内にあるときのみ半導体スイッチの切替動作を停止して,信号線の組合せを固定し,信号の伝送を受け付けること(2頁右下欄14行〜3頁左上欄14行)が記載されている。そして,甲1発明の目的は,接続される装置のいかんによって電気的接続条件,すなわちどの信号線とどの信号線を接続するかがそれぞれ異なるところ,DIUの半導体スイッチの切替えを手動で行う従来の方式では,使用者が手動スイッチの設定を誤った場合,一方のDIUのドライバ(送信器)から他方のDIUのドライバに過大な電流が流れ,ドライバが破損するおそれがあったという技術的課題を解決することにあり,またRS−232C規格を外れた市販のRS−232Cコネクタであっても,過大な電流によるドライバの破損を防止することにある(2頁右下欄2行〜3頁右上欄18行)。他方,本件発明は,IEEE802.3規格の10BASE−T準拠のネットワークケーブルであるツイストペア線(ツイストペアケーブル)には,MAUの送信線(送信器)とDTEの受信線(受信器)を接続するように配線されたストレートケーブルと,例えばMAUの送信線(送信器)とMAUの受信線(受信器)を接続することができるように,ストレートケーブルの一端の送信側と受信側を付け替えたクロスケーブルとがあるが,使用するローカルエリアネットワーク(LAN)機器の内容を熟知していないユーザーがストレートケーブルクロスケーブルとを取り違えて使用し,送信線と受信線を誤接続することがあるという技術的課題を解決するためのものである(甲9の段落【0002】,【0003】)。


 そうすると,本件発明と甲1発明とは,誤接続の問題の解消という点で共通するとしても,機器に使用されるケーブルが10BASE−T準拠のツイストペア線か(本件発明),RS−232Cケーブル(甲1発明)かも異なる上(相違点1),解決すべき技術的課題も,ストレートケーブルクロスケーブルの取り違えによる誤接続の問題の解消か(本件発明),接続すべき機器の電気的接続条件の違いに起因する誤った設定等に基づくDIUのドライバ(送信器)の破損の防止か(甲1発明)という点で大きく異なる。


 また,甲1発明では,DIUに接続される機器の電気的接続条件の違いに着目した正しい接続の実現が目指されているだけで,RS−232Cケーブルにストレートケーブルクロスケーブルの区別があることや,その取り違えのおそれがあることは甲第1号証中には記載も示唆もされていない。他方で,本件明細書中には,10BASE−T準拠のストレートケーブルクロスケーブルを取り違えて接続することで,DIUのドライバ等が破損することは記載も示唆もされていない。


 したがって,甲1発明に基づいてストレートケーブルクロスケーブルの取り違えによる誤接続の問題を解消する構成(例えば本件発明と甲1発明の相違点4に係る構成)に至る動機付けがないし,また本件発明によって解決される技術的課題と甲1発明によって解決される技術的課題の相違のために,かかる動機付けを抱いたとしても,当業者において相違点に係る構成に想到することが容易ではないということができる。なお,10BASE−T準拠のツイストペア線において,接続障害の検出にリンクテストパルスを利用することが技術常識であるとしても,甲1発明はツイストペア線に関係する発明ではなく,これとは別種のRS−232Cケーブルに関係するものであって,甲1発明の「レシーバの入力電圧」を「リンクテストパルス」に置換するのに格別の動機付けが不要であるということはできない。


(2) 原告は,RS−232Cケーブルとツイストペア線とはいずれも送受信に用いられるケーブルである等として,甲1発明の「レシーバの入力電圧」を「リンクテストパルス」に置き換えて相違点4に係る構成に至る動機付けがあると主張する。


 しかしながら,10BASE−T準拠のツイストペア線とRS−232Cケーブルとがいずれも機器間の送受信に用いられるケーブルであるとしても,前者は専ら複数(しばしば多数に上る。)のパソコン等の端末(DTE)とハブ等の中継機器(MAU)や中継機器同士を繋いでネットワークを構築し,ファイルやプリンタ等を共有したり,電子メール等のデータを送受信したりする目的で使用されるのに対し,後者は典型的にはパソコンとモデム(DCE)とを接続する目的で使用され(甲1の2頁左上欄8〜11行参照),少なくとも多数のDTEとMAUを繋いだり,MAU同士を繋ぐ目的で使用されるかは不明である。甲第1号証の第2図には,DTE(データ端末装置)5がRS−232Cケーブル3でDIU(データインターフェース装置)1と接続され,DIU1はディジタル交換機7の加入者回路9と接続されて,DTEがディジタル交換システムの一部として機能する様子が図示されているが,RS−232Cケーブル3はDTE5とDIU1を接続するだけで,DIU1と外部の回路ないし端末を接続しているものではない(DIU1がモデムであれば,加入者回路との間の接続は電話線になる。)から,RS−232Cケーブルがシステムないしネットワークの全体の構築に寄与しているわけではなく,システム等の一部に関与しているに止まる。そうすると,ツイストペア線とRS−232Cケーブルとの間で,用途の違いがあることは否定できず,原告が主張するように,両者の機能が共通し,その違いが規格上のものだけであると過度に単純化ないし抽象化するのは相当でない。


 また,原告のハードウェア技術部のA作成の写真撮影報告書(甲17)によれば,RS−232Cケーブルとして,例えばDTEの送信線(送信器)と例えばDIUの受信線(受信器)を接続するように配線されたストレートケーブルと,ストレートケーブルの一端の送信側と受信側を付け替えたクロスケーブルとが市販されており,両者を外観上区別することが困難であることが認められ,「マンガ パソコン通信のRS−232C大入門」(甲14)中には,ストレートタイプのRS−232Cケーブルはパソコンとモデムの接続に使用され,クロスタイプのRS−232Cケーブルはパソコン相互の接続に使用される旨が記載されている(30頁)。


 しかしながら,甲第14号証中には2台のパソコンをクロスタイプのRS−232Cケーブルで接続することしか記載されておらず,3台以上,殊に多数のパソコン等と中継機器との間や,中継機器相互間をRS−232Cケーブルで接続することは記載されていないし,かかる接続が可能であることも示唆されていない。そうすると,ストレートタイプのRS−232CケーブルとクロスタイプのRS−232Cケーブルをその外観で区別することが困難であるとしても,前記のツイストペア線とRS−232Cケーブルの用途の相違を左右するものではないし,そもそも甲第1号証に該当する記載も示唆もない以上,ストレートタイプのRS−232CケーブルとクロスタイプのRS−232Cケーブルの区別の困難性が甲1発明の技術的課題の一つとなっているとみることもできない。


 そして,前記のとおり,甲1発明は,「レシーバの入力電圧」が所定の範囲内にあるときにデータの伝送を受け付けているから,「レシーバの入力電圧」のいかんがデータの送受信のきっかけになっているとはいい得るが,10BASE−T準拠のツイストペア線では,データの送受信がされないときでもReceive Data(RD)回路(RD+信号線とRD−信号線で構成される。)及びTransmit Data(TD)回路(TD+信号線とTD−信号線で構成される。)に一定の時間間隔でリンクテストパルスが送受信され,リンク・セグメントが機能しているかの確認がされており,リンクテストパルスが受信されて初めてMAUやリピータセットが機能し,回線確保が行われ,データの送受信が可能な状態になるのであって(甲5の28,29頁),甲1発明の「レシーバの入力電圧」と10BASE−T準拠のツイストペア線で送受信される「リンクテストパルス」とは,いずれも所定の正しい接続がされ,データの送受信が可能であるかを検査するためのものではあるが,両者の技術的な作用ないし機能は異質なものである。


 そうすると,甲1発明の「レシーバの入力電圧」を「リンクテストパルス」に置き換えて相違点4に係る構成に至る動機付けがあるとはいえない。


(3) ところで,「IEEE Standards 802.3i-1990」(甲4)は,10BASE−Tに関するIEEEの規格に係る文献であるところ,「14.2.1.7 リンク・インテグリティ・テスト機能の要件」として「ネットワークを単一リンクセグメント障害という結果から守るために,MAUはRD回路をRD入力とリンクテストパルス活動について監視する。’リンクロス’の期間にRD入力もリンクテストパルスも受信されなければ,MAUはリンクテスト障害状態に入り,入力アイドルメッセージがDI回路に送られ,TDアイドルメッセージがTD回路に送られる・・・」(28頁25〜34行)との記載があるから,10BASE−Tでは,MAUがRD+信号線とRD−信号線からなるRD回路でリンクテストパルス及びRD入力が受信されるか否かを監視し,一定の時間(リンクロス)内にいずれも受信されなければ,MAUとDTEや他のMAU等との間の接続ないし交信(リンク)が障害されたものと判定される旨が開示されている。


 そうすると,甲第4号証では,リンクテストパルスを端末と中継機器等の間の接続の障害の検出にリンクテストパルスやRD入力を利用することが開示されているから,かかる技術的事項を甲1発明に組み合わせれば,甲1発明のRS−232Cケーブルをツイストペア線に置換した後にリンクテストパルス等を誤接続の検出に利用する発想に至ることになりそうである。


 しかしながら,甲第4号証は10BASE−Tに準拠する標準的な機器等の仕様を記載した規格書にすぎず,ストレートケーブルクロスケーブルの取り違えによる誤接続の問題を解消するためのものではないのはもちろん,ケーブルの誤接続によるDIUのドライバの破損防止等の問題の克服を技術的課題とするものでもない。また,甲第4号証には,リンクテストパルスの検出結果を利用して,当該信号線の接続先が送信器であるか受信器であるかを判定し,この判定結果に基づいて自動的に電気的接続を選択することは記載も示唆もされていない。そして,前記のとおり,甲1発明の「レシーバの入力電圧」と10BASE−T準拠のツイストペア線で送受信される「リンクテストパルス」とで,技術的な作用ないし機能は異質であるから,甲1発明において「レシーバの入力電圧」を「リンクテストパルス」に置き換えて相違点4に係る構成に至る動機付けがあるとはいえない。


 だとすると,本件出願当時,当業者において甲1発明に甲第4号証に記載された周知技術を組み合わせることが困難であるか,仮に組み合わせることができたとしても相違点4に係る構成に想到することが容易でないというべきである。


 「10 Mb/s twisted pair CMOS transceiver with transmit waveform pre-equalization」(甲6)も,10BASE−Tネットワークに用いられるカスタムICに関する一般的な文献にすぎないところ,リンクテストパルスの検出結果を利用して,当該信号線の接続先が送信器であるか受信器であるかを判定し,この判定結果に基づいて自動的に電気的接続を選択することは記載も示唆もされていない。だとすると,甲第4号証と同様に,本件出願当時,当業者において甲1発明に甲第6号証に記載された周知技術を組み合わせることが困難であるか,仮に組み合わせることができたとしても相違点4に係る構成に想到することが容易でないというべきである。


「特集’90年代LANのエース『ツイスト・ペアEthernet』」(甲5)中には,ツイストペア線からなるリンク・セグメントに送出されるリンクテストパルスが受信されて初めてMAUやリピータセットが機能し,回線確保が行われることが記載されているが(28頁),甲第4号証と同様に,甲第5号証も,10BASE−Tに準拠する標準的な機器等の仕様や動作を記載した文献にすぎず,ストレートケーブルクロスケーブルの取り違えによる誤接続の問題を解消するためのものではないのはもちろん,ケーブルの誤接続によるDIUのドライバの破損防止等の問題の克服を技術的課題とするものでもない。また,甲第5号証には,リンクテストパルスの検出結果を利用して,当該信号線の接続先が送信器であるか受信器であるかを判定し,この判定結果に基づいて自動的に電気的接続を選択することは記載も示唆もされていない。そうすると,甲第4号証と同様,甲1発明に甲第5号証に記載された周知技術を組み合わせることが困難であるか,仮に組み合わせることができたとしても相違点4に係る構成に想到することが容易でないというべきである。


 結局,本件出願当時,当業者において,甲1発明に甲第4ないし第6号証に記載された周知技術を組み合わせる動機付けがないし,仮に組み合わせたとしても,本件発明と甲1発明の相違点4に係る構成に容易に想到することができないというべきである。なお,審決が説示するとおり,「本件発明は,送信線か受信線かを判断する手段としてリンクテストパルス検出手段を採用することにより,『10BASETにおいて,MAUとDTEを接続するときにはストレート接続,MAU同士あるいはDTE同士を接続するときにはクロス接続が要求されるという10BASETに固有の問題点を,リンクテストパルスという10BASE−Tに元々備わっている機能をうまく利用して解決したものであるから,コストの増加を最小限に抑えることができる』・・・という作用効果」を奏するものであるが(9頁),かかる作用効果は甲1発明や甲第4ないし第6号証に記載された周知技術からは当業者において予測し難い格別のものといい得るから,かかる作用効果の観点からも本件発明の進歩性を否定することはできない。


(4) したがって,その余の相違点に係る構成の容易想到性につき判断するまでもなく,本件出願当時,当業者において,甲1発明に甲第4ないし第6号証に記載された周知技術を組み合わせることに基づいて,本件発明と甲1発明の相違点に係る構成に容易に想到することができないから,この旨をいう審決の判断に誤りがあるとはいえず,原告が主張する取消事由1は理由がない。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。