●平成22(ワ)3846 不当利得金返還請求事件「送受信線切替器」

 本日は、『平成22(ワ)3846 不当利得金返還請求事件「送受信線切替器」平成23年10月27日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111102093507.pdf)について取り上げます。


 本件では、争点1−1(被告製品は本件特許発明の構成要件を文言上充足するか)についての判断も参考になるかと思います。


 つまり、大阪地裁(第26民事部 裁判長裁判官 山田陽三、裁判官 達野ゆき、裁判官 西田昌吾)は、


『1 争点1−1(被告製品は本件特許発明の構成要件を文言上充足するか)について

(2) 以上を踏まえて,本件特許発明の技術的範囲について検討すると,以下の理由から,被告製品は本件特許発明の構成要件C?ないし?を文言上充足しないというべきである。


ア 本件特許発明の構成要件A,C?ないし?の解釈

(ア) 信号線,送受信線の意義

 本件特許発明の構成要件Aの文言は,「IEEE802.3 規格の10BASE-Tに準拠するツイストペア線を使用したネットワークにおいて,MAU 又はDTE に接続される送受信線を切り替えるための切替器であって」というものである。このうち送受信線が何を指すかについて検討すると,文言自体からすれば,ツイストペア線を構成する信号線を指すものと解される。


 また,前記(1)アのとおり,本件明細書では,従来の技術として,ツイストペア線が送受信線として用いられていること,その接続方法にはストレート接続とクロス接続の2種類があることが記載されており,この記載も上記解釈を裏付けるものである。他にこれと異なる解釈をとるべき根拠となる記載は,本件明細書に見当たらない。


 したがって,送受信線とは,ツイストペア線の8本の信号線,すなわち物理的な配線を指していると解される。


 また,構成要件C?ないし?における信号線の意義について,構成要件Aにおける送受信線と区別する理由はなく,前記(1)の本件明細書の記載においても,区別されてはいないから,同義のものであると認めることができる。


(イ) 送信線か受信線かの判断

 次に,本件特許発明の構成要件C?の文言は,「リンクテストパルス検出手段の検出結果から送信線か受信線かを判断して」というものである。

 この文言からすると,被告製品に接続されている信号線のいずれが送信線で,いずれが受信線かを判断するものであると解するほかない。


 また,前記(1)エのとおり,本件明細書には,「リンクテストパルスは,信号線の接続を検査するために送信器から受信器に伝送されるものであるから,リンクテストパルスが検出されれば,そのツイストペア線の先には送信器が接続されているということであり,反対に,リンクテストパルスが検出されなければ,そのツイストペア線の先には受信器が接続されているということである。このことから,信号線切替制御部3では,ツイストペア線が送信線であるか受信線であるかを判断」すると記載されている。


 この記載からすると,本件特許発明の構成要件C?の信号線切替制御部は,リンクテストパルスが検出されたツイストペア線を送信線であると判断し,検出されないツイストペア線を受信線と判断することが明らかである。


(ウ) 送受信線の判断と切替えの関係

 さらに,本件特許発明の構成要件C?ないし?は,「リンクテストパルス検出手段の検出結果から送信線か受信線かを判断して信号線を切り替える信号線切替制御部とを備えることを特徴とする」というものである。この文言からすると,信号線切替制御部は,「リンクテストパルス検出手段の検出結果から送信線か受信線かを判断」した後に,「信号線を切り替える」ものと解するのが自然である。


 前記(1)エ及びオの記載からしても,本件特許発明の構成要件C?は,C?よりも時間的に先行すると解するほかない。また,前記(1)カの実施例においてツイストペア線と信号線切替制御部との間にリンクテストパルス検出手段が設けられていることからしても,やはり上記先後関係を前提としているものとしか解釈できない。


(エ) 信号線の切替えの意義

 原告は,「信号線を切り替える」の意義について,信号線の接続が未確立の状態から接続が確立した状態に移行させることをいい,上記図2は,被告製品の構成を開示したものであるとも主張する。


 しかしながら,前記(1)イないしオのとおり,本件明細書の記載によれば,本件特許発明はツイストペア線を用いることを前提としていること,リンクテストパルスの検出結果に基づいて信号線を切り替えるものであることが認められるのであり,上記(ア)で検討したところからしても,物理的な配線を切り替えるものと解するほかなく,信号線が上記の物理的な配線以外のものを指していると解すべき記載は,本件明細書の中には見当たらない。上記図2からMDI モードとMDI-X モードとをランダムな時間間隔で繰り返し遷移させるという被告製品の構成を読み取ることができないことも明らかである。


 この点に関する原告の主張は,本件特許発明が解決しようとする課題及び作用効果のみから解釈を重ねたものであり,本件特許発明の請求項の文言及び本件明細書の記載のいずれとも整合しないものであって,採用することはできない。


イ 被告製品の構成

 被告製品が,標準規格である自動MDI/MDI-X 構成に準拠した構成であることについては,当事者間に争いがない。

ウ 被告製品の構成要件C?ないし?の充足性

(ア) 被告製品の備えている自動MDI/MDI-X 構成が,MDI モードとMDI-Xモードとをランダムな時間間隔で繰り返し遷移させた上,リンクテストパルスが検出された時点で,この遷移を停止させる構成のものであることも当事者間で争いがない。


 本件特許出願当時の技術常識からすると,リンクテストパルスは,送信線がMAU の受信端子に正しく接続されているかを確認するものであるところ,上記のような被告製品の構成からすると,リンクテストパルスを検出した時点で,MDI モードとMDI-X モード間の遷移を停止させるに過ぎず,被告製品は,ツイストペア線が送信線か受信線かを判断しているとはいい難い。


(イ) 仮に,被告製品において,リンクテストパルスが検出されたツイストペア線を送信線であると判断し,そのことにより,もう一方のツイストペア線を受信線と判断していると評価することができたとしても,被告製品では,上述したとおり,リンクテストパルスを検出した時点で,必ず,ストレート結線とクロス結線の遷移を停止させるのであって,リンクテストパルス検出後,信号線を物理的に切り替えることは,その構成上予定されていない。したがって,「リンクテストパルス検出手段の検出結果から送信線か受信線かを判断」した後に「信号線を切り替える」ものでもない。


(ウ) そもそも,本件特許においては,ツイストペア線の使用を前提としているから,送受信線の接続の誤りを自動的に修正する(信号線を切り替える)ことは,本件特許発明の課題に過ぎず(前記1(1)イ),課題の解決手段として,切替えの具体的方法を特許請求しているものと理解すべきであり,その具体的方法は,構成要件Cの構成に基づく「切替え」ということになる(上記具体的方法について,実施例に限定する趣旨ではない。)。


 被告製品(MAU が想定されている。)は,DTE と接続する場合はストレートケーブル,MAU と接続する場合はクロスケーブルによるべきところ,ケーブルの選択を誤った際に,これを自動的に修正しようというものである。確かに,その点で,本件特許発明と課題において共通しており,その奏する効果も共通している。しかし,その具体的方法(切替えの手段についての技術的思想)が異なるというべきである。


 すなわち,被告製品では,リンクテストパルスを検出するまでは,MDIモードとMDI-X モードとの遷移を繰り返し(これは,リンクテストパルスを検出しない限り,物理的な接続の切り替えを繰り返し,そのため,接続は未確定の状態にあるといえる。),リンクテストパルスを検出した時点で正しい接続状態となったことが判明し(ストレートケーブル又はクロスケーブルの選択の誤りがなかった場合,もしくは,信号線切替部において適切な切替え〔被告製品では,この場面において,物理的な信号線の切替えがされているといえる。〕が既に終了した状態となった場合),上記遷移を停止して,接続を確定するものであるが,リンクテストパルスを検出した後に,誤った接続を修正するために,切り替えるという動作は全く予定されていない。


 一方,本件特許発明では,MAU とDTE とのいろいろな組合せにおける接続に際し,正しいケーブルを選択した場合は,リンクテストパルスの検出により,送信線か受信線かを判断し,その結果,正しい接続であると判断するため,信号線を切り替えることはしないが,送受信線の判断の結果,誤った接続であると判断した場合は,信号線の接続を物理的に切り替えることとされており,この点において,被告製品と本件特許発明との間で,課題を解決するための具体的方法(作用)は異なっているといわざるを得ない。


(エ) したがって,被告製品は,本件特許発明の構成要件C?ないし?の「リンクテストパルス検出手段の検出結果から送信線か受信線かを判断して信号線を切り替える信号線切替制御部とを備えることを特徴とする」という構成を充足しない。


(3) よって,その余の点について判断するまでもなく,被告製品は本件特許発明の構成要件を文言上充足しない。』

と判示されました。