●平成22(行ケ)10245 審決取消請求事件 特許権「相乗作用を有する

 本日は、『平成22(行ケ)10245 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「相乗作用を有する生物致死性組成物」平成23年10月24日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111025115518.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許無効審決の無効審決の取消を求めた審決請求事件で、その請求が一部認容された事案です。


 本件では、特許法29条1項についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 池下朗、裁判官 武宮英子)は、


『当裁判所は,本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)には,「CMIT(5−クロロ−2−メチルイソチアゾリン−3−オン)を含まない」との技術的構成により限定される旨の記載がされているのに対し,甲1には,CMITが含有されたことによる問題点(解決課題)及び解決手段等の言及は一切なく,したがって「CMITを含まない」との技術的構成によって限定するという技術思想に関する記載又は示唆は何らされていないにもかかわらず,審決が,本件発明1は甲1発明1であるとして,特許法29条1項3号に該当する(新規性を欠く)とした判断には,少なくとも,新規性を欠くとした判断の論理及び結論に誤りがあると解する。その理由は,以下のとおりである。


 特許法29条1項は,特許出願前に,公知の発明,公然実施された発明,刊行物に記載された発明を除いて,特許を受けることができる旨を規定する。出願に係る発明(当該発明)は,出願前に,公知,公然実施,刊行物に記載された発明であることが認められない限り(立証されない限り),特許されるべきであるとするのが同項の趣旨である。


 当該発明と出願前に公知の発明等(以下「公知発明」という場合がある。)を対比して,公知発明が,当該発明の特許請求の範囲に記載された構成要件のすべてを充足する発明である場合には,当該発明は特許を受けることができないのはいうまでもない(当該発明は新規性を有しない。)。


 これに対して,公知発明が,当該発明の特許請求の範囲に記載された構成要件の一部しか充足しない発明である場合には,当該発明は特許を受けることができる(当該発明は新規性を有する。)。ただし,後者の場合には,公知発明が,「一部の構成要件」のみを充足し,「その他の構成要件」について何らの言及もされていないときは,広範な技術的範囲を包含することになるため,論理的には,当該発明を排除していないことになる。


 したがって,例えば,公知発明の内容を説明する刊行物の記載について,推測ないし類推することによって,「その他の構成要件についても限定された範囲の発明が記載されているとした上で,当該発明の構成要件のすべてを充足する」との結論を導く余地がないわけではない。


 しかし,刊行物の記載ないし説明部分に,当該発明の構成要件のすべてが示されていない場合に,そのような推測,類推をすることによってはじめて,構成要件が充足されると認識又は理解できるような発明は,特許法29条1項所定の文献に記載された発明ということはできない。仮に,そのような場合について,同法29条1項に該当するとするならば,発明を適切に保護することが著しく困難となり,特許法が設けられた趣旨に反する結果を招くことになるからである。上記の場合は,進歩性その他の特許要件の充足性の有無により特許されるべきか否かが検討されるべきである。


 上記の観点から,新規性を否定した審決の当否を検討する。


1事実認定

 ・・・省略・・・ 

2判断

(1) 本件発明1の「CMITを含まない」との構成要件により,技術的範囲を限定したことの意義について


 本件発明1に係る特許請求の範囲の記載によれば,本件発明1は,概要,?「MIT,BITを含む」,?「CMITを含まない」,?「病原性微生物によって感染されるものに付与される生物致死性組成物」との各構成要件によって限定された技術的範囲からなる発明である。


 そして,「CMITを含まない」との構成要件によって,その技術的範囲に限定を加えた趣旨については,発明の詳細な説明欄の記載によれば,CMITは,バクテリア,真菌類(カビ)及び藻類に対して,高い抗微生物活性を有するという利点があるが,他方,アレルギー反応等人体に悪影響を引き起こし,産業排水中のAOX値(有機塩素等の濃度)を高めるため,産業排水規制の観点から,その使用が望まれない等の欠点があったため,そのような課題に対する解決方法として,MITとBITを同時に使用して,各成分を個々に使用した場合に必要な濃度に比べ,低い濃度で使用しても抗微生物効果を発揮させることができるようにし,かつ「CMITを含まない」との限定をすることにより,課題解決に至った趣旨の説明がされている。


 上記のとおりであるから,「CMITを含まない」との構成要件を付加することにより,その技術的範囲を限定した趣旨は明確であり,また,特許請求の範囲に記載された「CMITを含まない」との文言の意義も不明瞭な点はない。


(2)甲1発明の内容について

アこれに対して,甲1には,以下の技術が記載されている。すなわち,?直接ポジカラー写真を得る方法において,感光材料中に,公知の防腐剤・防黴剤を配合し,現像液の成分を工夫することにより,感光材料の防菌・防黴対策と,写真の性能低下防止を達成することを解決課題としていること,?その課題解決手段として,カラー写真感光材料を発色現像液で処理する方法において,一般式(1)ないし(3)で表される防菌剤,防黴剤の少なくとも1種を感光材料の支持体上の少なくとも一層に包含させること(判決注:防菌・防黴効果を有するものとして例が示された化合物の組み合わせは,1400種類を超える。),該発色現像液が一般式(4)ないし(6)で表される化合物の少なくとも一種,及び亜硫酸化合物を含有することを特徴とする直接ポジカラー写真感光材料が示されていること,?組合せの対象とされる化合物群(2)中には,MIT(2−1)のみならずCMIT(2−2)も挙げられており,また,化合物群(3)中にはBIT(3−1)が挙げられていること,?実施例1には,MITとBITを組み合わせた例が示され,【表1】に記載されたNo.107の試料は,ゼラチンを親水性コロイドの成分として含有する写真感光材料であって,ゼラチン1kg当たり,MITを0.5g及びBITを0.5gの割合で含有するものが示されている(段落【0001】ないし【0008】,【0029】ないし【0031】,【0131】)。


 しかし,甲1及びその引用文献には,防菌・防黴剤の組成物として用いられるMITについて,「CMITを含まない」ことについては言及がなく,CMITが含まれたことによって生じる欠点に関する指摘もない。したがって,甲1において,CMITが含まれることによる欠点を回避するという技術思想は示されていない。甲1に接した当業者は,「CMITを含まない」との構成要件によって限定された範囲の発明が記載されていると認識することはなく,甲1には,「CMITを含む発明」との包括的な概念を有する発明が記載されていると認識するものと解される。


イもっとも,甲1には,MIT及びBITからなる実施例(試料No.107を用いる例)が示されている。そこで,この点について検討する。


 甲1には,甲1に係る発明において用いるMIT等について,「これらの例示化合物は,米国特許第2,767,172号,米国特許第2,767,173号,米国特許第2,767,174号,米国特許第2,870,015号,英国特許第348,130号,フランス国特許第1,555,416号等に合成方法及び他の分野への適応例が記載されている。」と記載されているが,その他製造方法等を限定するような記載はない。また,米国特許第5,466,818号(甲40)に記載の方法によれば,「MITにCMITが0.4/98=1/245未満含まれている」こと,及び「実質的に純粋なMIT」を得ることは不可能でないことが示され,さらに,甲1が引用するフランス国特許第1,555,416号(甲20)において,引用された甲24には,MITの製造方法が記載されており,同方法によれば,CMITを生成しない方法が存在することも認められる。


 しかし,甲1に上記の記載があったとしても,上記アで認定したとおり,甲1に接した当業者は,「CMITを含まない」との構成によって限定された範囲の発明が記載されていると認識することはないというべきである。


 すなわち,?甲1発明には,上記のとおり,CMITが含まれたことによって生じる問題点に関する指摘は,全くされていないこと,?のみならず,甲1発明では,CMITが一般式(2)で示される化合物の具体例(2−2)として記載されていること,?本件優先日において,当業者が利用可能なMITとしては,CMITとの混合物しか市販されていなかったこと(甲7,甲34ないし39,乙6),?甲1の表2に示される実施例として用いられたMITにCMITが含まれるか否かを,原告において追試により確認した結果によれば,実施例は,純粋なMITからなるものではなく,むしろMITにCMITが含まれたものであると推測されること(甲25,28,42,43),?甲1の出願人と同一の出願人の特許出願に係る明細書において,「MITの合成法では,CMITの生成が避けられず,仕方なくこれまで両者の混合物を使用してきた」,「MITを単一に得ることは難しく,製造コストの点からわざわざ分離してまで使用することはしなかったからである。」(甲46,平成16年3月出願)などの記述があり,本件発明の出願日(優先日)当時においても,一般に,上記明細書に記述されていたとおりの認識がされていたと推認されること等の諸事実を総合すれば,当業者であれば,甲1発明において使用されるMITは,当然にCMITを含有するものであり,製造コストをかけて,CMITを除去するような化合物を使用することはないと認識していたものと解するのが合理的である。


 そうすると,甲1には,MIT及びBITからなる実施例が示されていたとしてもなお,同実施例の記載から直ちに,「CMITを含まない」との構成要件を充足する発明が記載,開示されていると認定することはできない。


ウなお,審決は,本件明細書において,?MITを作成することができるとして引用された米国特許第5,466,818号明細書(甲40)によれば,MITは,CMITとMITとの混合物を分離することによって得られるものであって,MIT中のCMITが1/245未満含まれているものは,実質的に純粋なMITであるとしていること,?本件明細書に「この方法で得た反応生成物を,たとえばカラムクロマトグラフィーで精製してもよい。」【0021】との記載を指摘して,カラムクロマトグラフィーによる精製でも特定の物質を完全に除去することはできないことは当業者の常識であるから,本件発明において,「CMITを含まない」とは「CMITが僅かな量を含んだものを許容する」趣旨であると解釈した上,本件発明におけるCMITの含有量と甲1発明におけるCMITの含有量の差異が明らかにされなければ,相違点ウは,実質的に相違しないと判断している。


 しかし,「両者の含有量の差違が明らかにされなければ」差違があるものとすることはできないとの点につき,本件発明1が甲1発明であること(すなわち,本件発明1が新規性を有しないこと)を根拠付ける事実は,審判請求人(被告)において,その事実が存在することの主張,立証を負担すべきであるから,審決の判断は,その点において失当である。


3小括(1)取消事由1について

 以上のとおり,甲1には,CMITが含有されたことによる問題点(解決課題)及び解決手段等の言及は一切なく,したがって「CMITを含まない」との技術的構成によって限定するという技術思想に関する記載又は示唆は何らされていないから,審決が,本件発明1は,甲1発明1であるとして,特許法29条1項3号に該当する(新規性を欠く)と判断した点は,その限りにおいて誤りがある。』

 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。