●平成23(行ケ)10010 審決取消請求事件 特許権「ヒートポンプ式冷

 本日は、『平成23(行ケ)10010 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「ヒートポンプ式冷暖房機」平成23年9月29日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111014154803.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許無効審判の棄却審決の取り消しを求めた審決取消請求事件で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、実施可能要件に係る判断の誤りについての判断も参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 滝澤孝臣、裁判官 高部眞規子、裁判官 齋藤巌)は、


『(3) 実施可能要件に係る判断の誤りについて

実施可能要件は,当業者が,明細書及び図面に記載された事項と出願当時の技術常識に基づき,特許請求の範囲に記載された発明を容易に実施することができる程度に発明の詳細な説明を記載することを求めるものであるところ,前記(1)のとおり,発明の詳細な説明には,冷房運転,暖房運転のいずれの場合でも追設コンデンサーで,冷媒ガスを放熱して凝縮することが達成されることを裏付ける具体例が開示されているのであり,当業者が,明細書及び図面に記載された事項と出願当時の技術常識に基づき,特許請求の範囲に記載された発明を容易に実施することができる程度の記載がされているといえる。


イ 原告の主張について

(ア) 第3の2の〔原告の主張〕(2)のアについて

a 原告は,発明の詳細な説明には,減圧問題を克服して追設コンデンサーで凝縮を進める原理を正しく明らかにした記載がないと主張する。


b しかしながら,発明の詳細な説明には,各実施例により,追設コンデンサーで冷媒ガスを放熱して凝縮することが達成されることを裏付ける具体例が開示されている。


 なお,前記1のとおり,本件審決は,審決引用例を援用して,本件特許出願当時,「冷媒が流れる方向によって機能したりしなかったりするキャピラリチューブ」を設けることは,当事者が実施できたことであると認定しているところ,実願昭60−42257号(実開昭61−159769号公報)のマイクロフィルム(甲17)には,「冷房運転時,冷媒は,圧縮機から四方切換弁を通り分岐点で3つの分流され,室外側熱交換器の3つのサーキットを別々に流れる際にそれぞれ凝縮放熱してこれら各サーキットにそれぞれ接続された絞りに入る。ここで断熱膨脹した後合流して連通管を通り,再度分流して絞りに入る。ここで更に断熱膨脹した後室内側熱交換器に入り,ここでそれぞれ蒸発吸熱する」との記載があり,実願昭60−73444号(実開昭61−189153号公報)のマイクロフィルム(甲18)にも,同様の記載があって,連通管手前の絞りにおいても断熱膨脹(すなわち冷媒の減圧)が行われることが記載されているから,審決引用例から「冷媒が流れる方向によって機能したりしなかったりするキャピラリチューブ」の存在を認めることはできないが,このようなキャピラリチューブが存在しないとしても,発明の詳細な説明には,各実施例により,追設コンデンサーで冷媒ガスを放熱して凝縮することが達成されることが明らかにされているのであるから,「冷媒が流れる方向によって機能したりしなかったりするキャピラリチューブ」が存在しないことによって,実施可能要件が否定されるものではない。


c また,請求項1には,「ガスパイプ側にコンプレッサーより冷媒ガスを吐出して既設コンデンサーに送り,既設コンデンサーで大気又は冷却水と熱交換して凝縮させ,ガスパイプを通って追設コンデンサーに送って放熱してさらに凝縮させ,ガスパイプを通って蒸発器に設置したキャピラリチューブで減圧し,蒸発器に送って蒸発させたのち,ガスパイプで冷媒ガスをコンプレッサーに戻す冷房運転」,「コンプレッサーよりガスパイプに冷媒ガスを吐出し,蒸発器をコンデンサーとして作動させて冷媒ガスを凝縮させ,ガスパイプを通って追設コンデンサーに送って放熱してさらに凝縮させ,ガスパイプで冷媒ガスを既設コンデンサーに設置したキャピラリチューブに送って減圧し,既設コンデンサーに送って既設コンデンサーを蒸発器として作動させて冷媒ガスを蒸発させたのち,ガスパイプを通ってコンプレッサーに戻す暖房運転」と記載され,本件発明では,冷房運転,暖房運転のいずれの場合においても,冷媒が追設コンデンサー手前のキャピラリチューブを通過することは必須の構成とされていない。


 そして,四方弁により冷房運転と暖房運転を切り替えられるヒートポンプ式冷暖房機において,その熱交換能力を向上させるために室外に追設コンデンサーを設置する発想は,本件特許出願前から存在し(甲1〜5),そのような先行技術では,既設コンデンサーの凝縮温度と外気温度との差が小さい冷房運転時に二段階で凝縮を進めるために,追設コンデンサー入口側のバイパスする逆止弁付き回路が設けられていたものである(原告準備書面(2)9頁等)。このように,本件特許出願当時において,追設コンデンサー入口側にバイパス回路を設ける技術は周知のものであったところ,本件明細書には,バイパス回路を付加した構成を排除する旨の記載はないから,本件発明は,追設コンデンサー入口側にバイパス回路を設ける構成を含むものであるということができる。


 したがって,当業者は,発明の詳細な説明に記載された事項に当時の周知技術であるバイパス回路を付加することによっても,特許請求の範囲に記載された発明を容易に実施することができるものといえる。


(イ) 前記〔原告の主張〕(2)のイのについて

 原告は,発明の詳細な説明には,「冷房運転の場合,追設コンデンサーのガスパイプの径が,既設コンデンサー,蒸発器のガスパイプの径と同等以上であれば当然蒸発する。暖房運転では,追設コンデンサーは室外機に取り付けるので,既設コンデンサーの管径と同程度であれば当然蒸発するのである,追設コンデンサーの冷媒ガス回路の径の断面積を少なくすることが必要である」(【0013】)や,「一般にキャピラリチューブを出た冷媒ガスは,次の熱交換器では蒸発するのが当然であるが,本件発明は,追設コンデンサーのガス回路の断面積を少なくしているので,追設コンデンサーは常に凝縮器として作動する」(【0019】)など,誤った教示があると主張する。


 しかしながら,上記各記載は,追設コンデンサーのガスパイプの径の断面積を少なくすることにより,冷媒ガスが追設コンデンサーで減圧されて蒸発するのを防止するという趣旨であるところ,ガスパイプの径の断面積を少なくすることが冷媒ガスの減圧の防止に繋がるというのは,技術常識に反するものではないから,上記記載が誤った教示であるとはいえない。


(ウ) 前記〔原告の主張〕(2)のウについて

 原告は,発明の詳細な説明には,ヒートポンプ式冷暖房機の具体的な設計が記載されていないと主張する。

 しかしながら,本件発明は,請求項1のとおり,「コンプレッサーと既設コンデンサーを四方弁を介したガスパイプで結び,既設コンデンサーの冷媒ガス出口に設置したキャピラリチューブと,内部のガスパイプ回路の管を前記既設コンデンサー内のガスパイプ回路の管の内径の80%以内又は断面積を64%以下と細くした追設コンデンサーとをガスパイプで結び,追設コンデンサーと蒸発器のキャピラリチューブをガスパイプで結び,蒸発器の冷媒ガス出口とコンプレッサーとを四方弁を介したガスパイプで結んだ」構成のヒートポンプ式冷暖房機に関するものであるところ,コンデンサーやキャピラリチューブ等の部材は,本件発明についてのみ用いられるものではなく,冷暖房機の製造に一般的に用いられているものであるし,発明の詳細な説明に記載された構成や設計事項のほかに,各実施例に則して本件発明を実施する上で,ヒートポンプ式冷暖房機の構成や設計について,格別の配慮を要すべき事項はうかがわれないから,本件発明を実施するためのコンデンサーやキャピラリチューブの寸法等は,当業者による適宜の設計事項であるというべきであり,その具体的な設計が詳細に示されていなければ,その実施について,当業者に対して過度の試行錯誤を強いるものであるとはいえない。


(4) 小括

 以上によれば,取消事由2も理由がない。』

 と判示されました。