●平成22(ワ)9966 意匠権侵害差止等請求事件「マニキュア用やすり」

 本日は、『平成22(ワ)9966 意匠権侵害差止等請求事件「マニキュア用やすり」平成23年9月15日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110921110143.pdf)について取り上げます。


 本件は、意匠権侵害差止等請求事件で、その請求が認容された事案です。


 本件では、争点1(被告意匠は本件意匠に類似するか)についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、大阪地裁(第21民事部裁判長裁判官森崎英二、裁判官 達野ゆき、裁判官 網田圭亮)は、

『2争点1(被告意匠は本件意匠に類似するか)について

(1)意匠に係る物品の類似性について

 本件意匠の意匠に係る物品である「マニキュア用やすり」とは,爪の手入れ用のやすりを意味するから,爪やすりである被告意匠と本件意匠とは,意匠に係る物品が同一である。


(2)意匠の形態面における類似性について

登録意匠とそれ以外の意匠が類似であるか否かの判断は,需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行うものである(意匠法24条2項)。

 したがって,その判断にあたっては,意匠に係る物品の性質,用途,使用態様,さらには公知意匠にない新規な創作部分の存否等を参酌して,需要者の注意が惹き付けられる部分を要部として把握した上で,両意匠が要部において構成態様を共通にするか否かを中心に観察し,全体として美感を共通にするか否かを判断すべきである。


イ本件意匠の要部について

(ア)爪やすりの性質,用途,使用態様

 爪やすりは,主として女性が使用する,爪の形状を整えるための研磨具である。
そして,爪やすりは,やすり部を備えていれば本来的な機能を果たすことができるが,全体のデザインについては種々のものが考えられ(甲22),これが使い勝手を左右することになる。また,片手で把持して使用するものであるから,大きさも,そのことを前提としたものとなる。

(イ)公知意匠(甲3意匠)

 本件意匠の出願日(平成13年2月22日)より前である,同年1月29日発行の意匠公報(甲3)には,本体がD字状で,底面部が楕円形状のやすり面となっており,本体の外周縁部付近と底面部付近が隆起し,本体側面部の中央が窪んだ形状となっている,マニキュア用やすりが示されている。


(ウ)要部の判断

 前記(ア)からすれば,爪やすりについて,需要者は,デザイン全体に着目すると考えられるところ,前記(イ)からすれば,爪やすりにおいて,本体がD字状であること,下端面にやすりが配設されていること,把持する面に隆起部が設けられ凹凸がついていることなどの基本的な構成は,本件意匠の出願時において公知であったと認められる。

 したがって,本件意匠において,需要者の注意が惹き付けられる要部は,本体,隆起部,やすりに係る具体的な形状であると認められる。なお,被告大創は,本件意匠は甲3意匠と比較して新規性が認められないと主張するが,甲3意匠は,本体が厚みを持った左右対称のD字状で,底面部のやすりが楕円形状であるところ,本件意匠は,本体は一端が鋭角で立ち上がり他端が鈍角で立ち上がるD字形状板で,やすりは本体の下端部の湾曲した側面に設けられた凹部に貼付された長方形状であるし,両者は隆起部の具体的形状も異にするから,上記主張は採用できない。


(3)本件意匠及び被告意匠の共通点及び差異点

 本件意匠及び被告意匠の共通点及び差異点は,次のとおりである。

ア共通点

 本件意匠と被告意匠が,基本的構成態様(イ)ないし(エ)と具体的構成態様(ア)ないし(エ)において概ね共通することは,当事者間に争いがない。

イ差異点

(ア)大きさ
本体左右の幅が,本件意匠は約70?であるが(甲2),被告意匠は約52?である(弁論の全趣旨)。


(イ)鎖

 被告意匠は,本体の鋭角で立ち上がる一端部において球状鎖が遊貫されているが,本件意匠は,そのような構成を有しない。


(ウ)平面部との境界

 被告意匠は,平面部と隆起部内側の傾斜下端を区切る明確な境界があるが,本件意匠には,隆起部内側の傾斜と平面部とがなだらかな面で連続しており,平面と隆起部を区切る明確な境界(傾斜の下端線)はない。


(4)本件意匠と被告意匠の類否について

 前記(2)イ(ウ)のとおり,本件意匠の要部は,本体,隆起部,やすりに係る具体的な形状にあると認められるところ,前記(3)アの共通点は,この要部に係る共通点である。

 そして,前記(3)イの個別の差異が美感に与える影響については,以下に個別に述べるとおり,その差異から受ける印象が,前記(3)アの共通点から受ける印象を凌駕するものではないから,本件意匠と被告意匠は,視覚を通じて起こさせる美感を共通にしているということができ,類似するものというべきである。


ア大きさについて

 本件意匠のような,本体を片手で把持して使用するD字形状板の爪やすりは,その使用態様からして,大きさは自ずと一定の範囲に限られる一方で,当該範囲内であれば,種々の大きさのものが考えられる。原告も,原告実施品と類似のデザインで,やや大きなサイズの商品を販売しているところである(乙9)。

 確かに,約70?と約52?という大きさの違いは,現実の使用にあたって使い勝手の違いを生じさせることになるし,被告意匠の大きさは,被告商品に「小さくてかわいらしい」という印象を生じさせる要素の一つといえる。

 しかしながら,原告実施品にしても,やはり類似形態の商品の中では,小ぶりのほうであって,かわいらしいとの印象を与えないわけではないから,爪やすりという物品に考えられる大きさの範囲内の中での,上記大きさの違いは,それほど大きいものとはいえない。また,被告意匠は,本件意匠の要部において,本件意匠と構成を共通にするため,上記程度の差で大きさが違ったとしても,「同じデザインで異なるサイズのもの」との印象を与えるといえる。


イ鎖について

 鎖は,本件意匠には全く存在しない要素であるし,爪やすりに一般的に備え付けられているものでもないから,被告商品の特徴の一つである。


 しかし,被告意匠は,本件意匠と基本的構成を共通にし,要部を共通にするため,ありふれた形状の球状鎖が付属していたとしても,「同じデザインで鎖付きのもの」との印象を与えるにすぎず,全体として異なる美感を与えるものではない。


ウ平面部との境界について

 被告意匠では,隆起部内側の傾斜下端と平面部とが面で連続しておらず,これと認識できる境界を形成しているが,これは,本件意匠には存在しない要素であり,被告商品の特徴の一つといえる。

 しかしながら,上記境界は,視覚的に目立つものではなく,注意して観察して初めて,それと気づかれるものであるし,本件意匠においても,隆起部内側の傾斜と平面部とを区切る線こそ存在しないものの,隆起部,隆起部内側の傾斜,平面部の各範囲が,被告意匠と大きく異なるわけでもない。

 したがって,隆起部内側の傾斜下端と平面部との境界が存在することは,被告意匠に,本件意匠とは異なる美感を生じさせるだけの,強い印象を与えるものではない。』

 と判示されました。