●平成22(行ケ)10348 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟

本日は、『平成22(行ケ)10348 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「飛灰中の重金属の固定化方法及び重金属固定化処理剤」平成23年9月15日 知的財産高等裁判所 』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110916143808.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許無効審決の取消を求めた審決取消訴訟で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、取消事由1(実施可能要件についての判断の誤り)についての判断が参考になるかと思います。

 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 滝澤孝臣、裁判官 障泄批チ規子、裁判官 井上泰人)は、

『1 取消事由1(実施可能要件についての判断の誤り)について

(1) 実施可能要件について

 本件特許は,平成7年12月1日出願に係るものであるから,平成14年法律第24号附則2条1項により同法による改正前の特許法(以下「法」という。)36条4項が適用されるところ,同項には,「発明の詳細な説明は,…その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。」と規定している。


 特許制度は,発明を公開する代償として,一定期間発明者に当該発明の実施につき独占的な権利を付与するものであるから,明細書には,当該発明の技術的内容を一般に開示する内容を記載しなければならない。法36条4項が上記のとおり規定する趣旨は,明細書の発明の詳細な説明に,当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の構成等が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになるからであると解される。


 そして,方法の発明における発明の実施とは,その方法の使用をすることをいい(特許法2条3項2号),物の発明における発明の実施とは,その物を生産,使用等をすることをいうから(同項1号),方法の発明については,明細書にその方法を使用できるような記載が,物の発明については,その物を製造する方法についての具体的な記載が,それぞれ必要があるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその方法を使用し,又はその物を製造することができるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。


 これを本件発明についてみると,本件発明1ないし5は,方法の発明であり,本件発明6ないし10は,物の発明であるが,本件発明は,いずれもその特許請求の範囲(前記第2の2)に記載のとおり,本件各化合物(ピペラジン−N−カルボジチオ酸(本件化合物1)若しくはピペラジン−N,N′−ビスカルボジチオ酸(本件化合物2)のいずれか一方若しくはこれらの混合物又はこれらの塩)が飛灰中の重金属を固定化できるということをその技術思想としている。


 したがって,本件発明が実施可能であるというためには,?本件明細書の発明の詳細な説明に本件発明を構成する本件各化合物を製造する方法についての具体的な記載があるか,あるいはそのような記載がなくても,本件明細書の記載及び本件出願日当時の技術常識に基づき当業者が本件各化合物を製造することができる必要があるほか,?本件明細書の発明の詳細な説明に本件各化合物が飛灰中の重金属の固定化剤として使用できること及びその方法を使用できるような記載があるか,あるいはそのような記載がなくても,本件明細書の記載及び本件出願日当時の技術常識に基づき当業者が本件各化合物を飛灰中の重金属の固定化剤として使用できる必要があるというべきである。


(2) 本件明細書の記載について

 以上の観点から本件明細書の発明の詳細な説明を見ると,そこには,本件発明についておおむね次の記載がある。


 ・・・省略・・・


(3) 本件発明の実施可能性について

ア 前記(1)?についてみると,以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明には本件各化合物の製造方法についての一般的な記載はなく,実施例中に,合成例1(化合物No.1)及び2(化合物No.2)として,本件化合物2の塩の製造例が記載されているにとどまる。

 他方,引用例3(昭和55年3月刊行)には,ピペラジンジチオカルバメート及びピペラジンビスジチオカルバメートのナトリウム塩が公知の方法で合成された旨の記載があり,また,甲19(昭和54年刊行)にもピペラジンジチオカルバミン酸ナトリウムを合成した旨の記載があることからすると,本件各化合物は,本件出願日当時において公知の化合物であり,その製造方法も,周知の事項であったものと認められる(原告も,この点を争っていない。)。

 したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載の有無にかかわらず,当業者は,本件出願日当時において,本件各化合物を製造することができたものと認められる。

イ 次に,前記(1)?についてみると,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件各化合物が,重金属に対するキレート能力が高く,高アルカリ性飛灰においても少量の添加量で重金属を固定化できる知見の裏付けとして,前記(2)エ(エ)に認定のとおり,BF灰(バグフィルターで捕集された灰)に,水と本件化合物2の塩を0.4ないし0.8重量%加え,混練したものから重金属の溶出が抑制されていることが記載されている(重金属固定化能試験)。したがって,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件各化合物が飛灰中の重金属の固定化剤として使用できること及びその方法を使用できるような記載があるということができる。

ウ 以上によれば,当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件出願日当時の技術常識から本件各化合物を入手して,飛灰中の重金属の固定化に使用できるということができるので,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者がその実施をすることができる程度に十分に記載されているものということができる。よって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,法36条4項に違反せず,これと結論を同じくする本件審決に誤りはない。

(4) 原告の主張について

ア 以上に対して,原告は,副生成物の生成を抑制しないと硫化水素が発生して本件発明が実施できないから,一般的な合成方法とは異なる異常に低い攪拌速度を採用して副生成物の生成を抑制する旨を記載していない本件明細書によっては,本件発明が実施不可能である旨を主張する。

 しかしながら,本件発明の特許請求の範囲の記載は,本件各化合物が飛灰中の重金属の固定化剤として使用できる旨を方法又は物の発明として特定しており,本件発明は,本件各化合物の製造に当たって硫化水素を発生させる副生成物の生成を抑制することをその技術的範囲とするものではない。したがって,本件明細書の発明の詳細な説明に副生成物の生成が抑制された本件各化合物の製造方法が記載されていないからといって,特許請求の範囲に記載された本件発明が実施できなくなるというものではなく,法36条4項に違反するということはできない。


 なお,本件明細書の発明の詳細な説明によれば,前記(2)エ(ウ)に認定のとおり,本件発明は,飛灰中の重金属を固定化する際にpH調整剤と混練し又は加熱を行うという条件下でも分解せずに安定である,すなわち有害な硫化水素を発生させないことも,その技術的課題としているといえる(安定性試験)。しかし,上記技術的課題を解決するという作用効果は,他の先行発明との関係で本件発明の容易想到性を検討するに当たり考慮され得る要素であるにとどまるというべきである。


 よって,原告の上記主張は,それ自体失当であり,採用できない。

イ また,原告は,前記アの主張を前提として,被告による甲12実験が本件明細書とは実験スケールを変更しているばかりか,本件明細書に記載がない異常に低い攪拌速度を採用しており,また,二硫化炭素の滴下には名人芸的なコントロールを要するところ,本件明細書にはこの点について記載がないから,本件明細書によっては本件発明が実施不可能である旨を主張する。

 原告の上記主張は,前記のとおり,その前提において失当ではあるが,事案に鑑み念のために検討すると,確かに,本件明細書には,合成例1及び2について,いずれも攪拌及び二硫化炭素の滴下の時間が4時間と記載されているが(前記(2)エ(ア)及び(イ)),攪拌速度及び二硫化炭素の滴下方法については記載がない。

 しかしながら,例えば合成例2と同様の方法でジチオカルバミン酸誘導体を製造する方法について記載した他の複数の文献(引用例4,甲18,乙4)は,いずれも攪拌速度及び二硫化炭素の滴下の詳細について記載がないから,当業者であれば,これらの条件の詳細が記載されていなくとも本件各化合物を製造することができるものと認められる。

 また,本件明細書に記載の「重量部」は,原料の配合比を規定したものであるから,その比に従って使用する原料の量を半分として再現実験を行うことは,何ら不合理ではない。そして,甲12実験の再現実験(甲6)においても,二硫化炭素の滴下及び攪拌に当たって特異な条件が与えられたり操作がされた旨の記載は見当たらないばかりか,合成例2は,合成例1に比較して二硫化炭素が過剰に存在する配合比であるから,副反応により目的とする本件化合物2の収量が低下するおそれがあり,これを抑制するために,攪拌速度を低下させることで緩やかに反応を進行させることは,当業者が技術常識を考慮して容易に見いだすことが可能なことである。

 したがって,甲12実験における攪拌速度及び二硫化炭素の滴下に不合理な点はない。

 よって,原告の上記主張も採用できない。』


 と判示されました。

 詳細は、本判決文を参照して下さい。