●平成22(行ケ)10404 審決取消請求事件 特許権「パンチプレス機に

本日は、『平成22(行ケ)10404 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「パンチプレス機における成形金型の制御装置」平成23年9月8日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110909162856.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許無効審決の認容審決の取消を求めた審決取消請求事件で、その請求が認容された事案です。


 本件では、取消事由(容易想到性に係る判断の誤り)についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 滝澤孝臣、裁判官 障泄批チ規子、裁判官 斎藤巌)は、


『3 取消事由(容易想到性に係る判断の誤り)について


 ・・・省略・・・


ウ 本件審決の判断

 本件審決は,プレス機における加工のためのデータとして「パンチおよびダイのいずれかの成形位置」があり,被加工物の材質及び板厚に応じて当該成形位置を変更すべきであることは,周知例2,甲12及び13のとおり従来周知の技術にすぎないと認定判断した上,引用発明に上記周知技術を適用して相違点2に係る本件発明のように構成することは当業者が容易にし得たことであると判断した。

エ 周知技術の内容

 周知例1(甲2)は,パンチプレス機の制御装置についての発明ではなく,NC工作機械の制御に関するものである。被加工物であるワークの材質の影響を受けない無関係な加工条件を決定するためのデータ,すなわち第1の関数部と,ワークの材質の影響を受ける第2の関数部とに分割し,第1の関数部と第2の関数部とを合成して加工条件を生成するものである。ワークの加工条件は,主軸回転数や工具送り速度についての条件であって(【0023】),ダイの成形位置についての記載はない。

 周知例2(甲3)は,プレス機の制御装置についての発明であり,選択工具のメモリチップの記憶内容を読み出して,NCプログラム上で指定された加工条件に,材質,板厚に関連する軸制御条件を加えて,実際軸制御のための加工パターンを自動的に演算するプレス機械の加工パターン発生装置である。ラムに設けられたストライカが,パンチヘッドを打圧し,これを押し下げることにより,パンチボディの下方刃物を,ダイに対して突き出してワークを打抜加工するものである(【0022】)。パンチの加工パターンが板厚に応じて求められることは記載されているが(【0040】【0041】),ダイの成形位置を補正することや,変更することについての記載はない。

 周知例3(甲4)は,パンチプレス制御装置についての発明であり,あらかじめ基本パンチプログラムすなわちワークの板厚及び材質に影響を受けないデータが入力されたディジタルサーボコントローラと,入力手段により入力されたワークの板厚及び材質のデータを記憶するワークデータ記憶部,ワークデータ記憶部に記憶された板厚及び材質の値から所定項目のデータを演算する演算手段を有する数値制御装置とを備え,数値制御装置の演算手段により演算された前記所定項目のデータをディジタルサーボコントローラに転送し,駆動指令を生成するパンチプレス制御装置である。アクチュエータのラムにより,タレットのパンチ工具がパンチ駆動されるものであって(【0010】),パンチ速度やストローク途中におけるパンチ速度変化位置の座標を,板厚及び材質に応じた適正な値として加工(【0025】)するものであるが,ダイの成形位置を補正することや,変更することについての記載はない。

 甲12はパンチプレス機,甲13はプレス機械の駆動装置に関するものであるところ,いずれも,パンチの位置補正についての記載はあるが,ダイの成形位置を補正することや,変更することについての記載は見当たらない。

 以上のとおり,周知例1ないし3並びに本件審決が指摘した甲12及び13のいずれにも,パンチのみの成形位置を変更,補正するものが開示され,ダイの成形位置を変更,補正することの記載はない。

オ 相違点2の判断について

 上記のとおり,周知例1ないし3並びに本件審決が指摘した甲12及び13のいずれにも,パンチのみの成形位置を変更,補正するものが開示され,ダイの成形位置を補正することや,パンチとダイの双方の成形位置を変更,補正することについての記載はない。よって,まず,本件審決が,被加工物の材質及び板厚に応じてパンチ及びダイのいずれかの成形位置を変更,補正することを,上記証拠によって,従来周知の技術であると認定したことは,誤りである。

 そして,そもそも,引用発明は穴明機の制御装置に係る発明であり,「穴明機」の制御装置である引用発明に,上記周知技術を適用したとしても,その結果が相違点2に係る本件発明の構成になるものではなく,引用発明から本件発明を想到することは容易とはいえない。

 しかも,前記1,2のとおり,引用発明は,ドリルを用いて上下に移動して被加工物に穴を明けるといった,単純な加工を行う穴明機の制御装置であるのに対し,本件発明においては,異なる成形金型を使用することを前提にして,種々の加工ができる,パンチプレス機の制御装置である。そして,広義の工作機械の中でも,穴明機は除去加工用機械に属するもので,パンチプレス機は塑性加工用工作機械に属するものである。引用発明に係る穴明機は,ドリルという一つの工具の上下移動のみを制御するものであり,穴明機の加工条件は,例えば工具回転数や穴明速度等のデータである(甲1,25,26)。他方,本件発明においては,パンチとダイといった成形金型をともに制御することをその本質としており,成形金型が2つあることによる制御パラメータの増大に加え,パンチ,ダイのそれぞれについて,他方との相対的な制御タイミングを制御パラメータとして規定する必要がある。

 そうすると,制御の対象がドリルのみである引用発明に基づいて,パンチとダイといった成形金型を制御の対象とし,パンチのみならずダイの成形位置を変更,補正し,パンチとダイとの相対的な制御タイミングを制御パラメータとして規定する本件発明の構成に,容易に想到することはできないものといわざるを得ない。


(2) 相違点1について

ア 本件審決の判断

 本件審決は,加工機及び加工具に関して,本件発明は,「パンチおよびダイを備え,ストローク量に応じて被加工物の成形加工量が変更可能な成形金型を用いて被加工物の成形加工を行うとともに,打抜加工も可能なパンチプレス機における成形金型」であるが,引用発明は,「プリント基板の穴明加工を行う穴明機の工具」である点を相違点1と認定した上,引用発明の制御装置を,工作機械の数値制御装置として共通するパンチプレス機の制御装置に適用することに,格別の困難性があるものということはできないと判断した。その上で,パンチプレス機が,複雑な制御を必要とするとしても,それは,パンチプレス機の制御装置が元来備えているべき特性というべきであって,パンチプレス機のそれぞれの加工方法に対して,引用発明の制御装置が備える制御方法を適用することができるとして,引用発明をパンチプレス機に適用することが困難であるということはできないと判断した。

イ パンチプレス機と穴明機の相違

 しかしながら,前記のとおり,引用発明は穴明機の制御装置に係る発明であり,周知例1ないし3並びに本件審決が指摘した甲12及び13のいずれにも,本件発明に開示された,被加工物の材質及び板厚に応じてダイの成形位置を変更,補正するパンチプレス機の制御装置に関連する周知技術が開示されていないことは,前記のとおりであるから,穴明機の制御装置に係る引用発明に,上記周知例等を適用しても,パンチとダイという複数の成形金型を制御の対象とし,パンチのみならずダイの成形位置を変更,補正し,パンチとダイとの相対的な制御タイミングを制御パラメータとして規定する本件発明に想到することは容易とはいえない。しかも,当業者が,ドリルしかなく制御パラメータが極めて少ない引用発明の穴明機を出発点として,わざわざ,パンチとダイという複数の成形金型を制御の対象とし,パンチのみならずダイの成形位置を変更,補正し,パンチとダイとの相対的な制御タイミングを制御パラメータとして規定するパンチプレス機における成形金型に置き換える動機付けはないから,引用発明をパンチプレス機に適用することが困難でないとはいえない。


 なお,本件審決は,相違点1の検討において,甲5及び6を挙げて「打抜加工も可能なパンチプレス機」の制御装置と,「穴明機」の制御装置は,工作機械の数値制御装置である点で共通し,同じような制御方法であれば相互に適用可能であることは技術常識であったと判断し,被告も,穴明機の制御装置とパンチプレス機の制御装置とが本質的に異ならないものとして,乙2ないし7を提出する。しかし,甲5及び6,乙2ないし7のいずれにも,被加工物の材質及び板厚に応じてダイの成形位置を変更,補正することは記載されていないし,穴明機から出発して,パンチプレス機の制御装置に想到することには,阻害要因があるといわざるを得ない。


(3) 顕著な作用効果の看過について

ア 前記のとおり,本件発明は,特許請求の範囲に記載された構成をとることにより,?加工対象としての被加工物の材質や板厚に変更が生じても,金型の調整や交換等の段取り作業を不要にし,1つの金型で所望の成形加工を行うことが可能となり,こうして,被加工物の材質・板厚が変わる生産であっても,金型の調整と試し打ち確認が不要になり,生産性を向上させることができること,?材料供給装置等を連動させた自動運転・連続運転で材質・板厚の変更が生じた場合でも,オペレータによる手動のプレスモーション変更作業が不要になるので無人化・省人化運転が可能となり,生産性の向上を図ることができること,?従来のような同一の成形加工を行う金型を各々の材質・板厚毎に調整しておき,パンチプレス機に装着して運転する方法と異なり,金型をパンチプレス機に実装するタレットステーションが1ステーションになり,余ったステーションに他の金型が実装できるので,段取り回数の削減につながり,より生産性の向上が期待できること,?同一の成形加工を行う金型の保有個数を減らせるのでランニングコストの低減が期待できること,以上の作用効果を奏する(【0008】)。


イ 本件審決は,複数の対象に対して共通して用いられるデータ等を同じ番号や記号によって対応付けて記憶するようにし,データ量を削減するようなことも,通常行われていた程度のものであるとして,データ入力作業が不要となることをもって格別の作用効果とはいえないと判断した。

 しかしながら,本件発明に係るパンチ及びダイを備えたパンチプレス機の成形金型の制御装置は,成形金型の金型番号に対応してプレス動作を示すプレスモーション番号を設定・記憶し,そのプレスモーション番号ごとに設定された詳細設定データを生成するものであるから,複数の成形金型を使用する際に,共通のプレスモーションがあれば,そのプレスモーション分,詳細設定データを減らすことができ,またその分データの修正の作業量も少なくなる。そして,新たな成形金型を追加する場合でも,既に利用できるプレスモーションがある場合には,そのデータ入力作業が不要になるのであって,成形金型が2つあることによる制御パラメータの増大に加え,パンチとダイのそれぞれについて,他方との相対的な制御タイミングを制御パラメータとして規定する必要があるパンチプレス機において,データ入力作業が不要になることは,格別の作用効果と評価すべきである。


ウ また,本件審決は,同一の成形加工を行う金型の保有個数を減らせるということをもって格別の作用効果であるとはいえないと判断した。

 しかしながら,従来技術において,複数個の金型を準備しておく必要があってコスト高になるほか,収納部分が必要以上に多くなって生産量に限界があったことが本件発明の課題の1つであったのであり(【0003】),本件発明の特許請求の範囲に記載された構成をとることにより,被加工物の多種多様な成形加工や打抜加工のために予め準備すべき成形金型の数が少なくてすむことになり,金型の調整や試し打ち確認の作業も少なくできる効果を奏するものであり,同一の成形加工を行う金型の保有個数を減らせることによりランニングコストの低減が期待できることも,複雑なパンチプレス機にあっては,格別の作用効果ということができる。

エ 本件審決は,金型の調整や交換などの段取り作業を不要にし,無人化・省人化運転が可能となり,生産性の向上を図ることができるものであるとしても,それは,引用発明に本件発明に係る構成を適用することにより予測し得る作用効果であって,格別の作用効果とはいえないと判断した。

 しかしながら,そもそも,引用発明に係る穴明機にあっては,ドリルという一つの工具の上下移動のみを制御するものであり,パンチ及びダイといった複数の成形金型を同期制御することを本質とし,制御パラメータが極めて多いパンチプレス機と異なり,制御すべきパラメータが極めて少ないのであるから,パンチプレス機に係る本件発明において,上記のような効果を奏することは,予測し得る作用効果とはいえない。

オ 以上のとおり,本件発明は,特許請求の範囲に記載された発明特定事項により,上記の作用効果を奏するものであり,この点に関する本件審決の判断も誤りである。


(4) 本件発明の容易想到性

 以上のとおり,本件発明は,引用発明に,周知例1ないし3等の周知技術を適用することにより,容易に発明することができたものということはできない。』

 と判示されました。